番外編.お正月
ギリセーフ! まだ1月1日だ!
この話、時系列的にはエイプリルフールの前です。
「翔太ー! あけましておめでとうー!」
のんびりとした雰囲気の蔓延る街中に、一人の少女の声が響き渡る。少女は正月の雰囲気にそぐわぬほどの大声で誰かに語りかける。
「あれ? 聞こえてないの!?
翔太、あけましてーー」
「やかましい! 人の家の前で何騒いどるかぁ!」
最後まで言い切る前に家主が扉を蹴り破って現れる。5〜60歳ほどの男だ。
「あっ……ってぇぇ!? なんで!?」
「こっちのセリフじゃわい! なんで正月早々見ず知らずの子供に挨拶されにゃならんのじゃ! あけましておめでとう!」
家主……岡田さんが怒鳴りつける。7町会の菩薩と呼ばれるおじさんも流石に毎日家を間違えられるのには耐えられなかったようだ。……挨拶は返してくれてるけど。
「岡田さん……すいません。この子ちょっとアレなんで……」
「ああ……わかっとる。わかっとるよ……頼むよ本当に……」
向かいの家から急いで出てきて岡田さんをなだめる。岡田さんももう慣れたもので疲れたような顔でゆきを俺に任せて家に戻っていく。本当に申し訳ない。また今度なんか差し入れしないと……
それにしても俺引っ越してきて1年くらい経つんだけど。ゆきはいい加減俺の家覚えてくれないかな……
「翔太!? なんでそこから!?」
「いい加減俺の家覚えような。俺の家はこっち、そっちは岡田さんの家。ってか表札見たらわかるだろ。」
「あえっ!? 本当だ……」
本当なんでゆきが特待生なんだって思うほどのアホっぷりだ。こんな天然なくせにテストで俺よりいい点とってドヤ顔で見せびらかしてくるんだ……くっそう可愛い。結婚したい。
「はいはい……で? 今日は先生に俺を誘ってくるように院長先生に言われたん?」
「いや……そうじゃなくてね……」
なんだか言いづらそうにゆきは体をもじもじさせる。なんだ? ……ああもうかわいい。大好きだわ。
「翔太! ちょっと私と付き合って!」
…………は? 付き合う? 付き合うってあれ? 男と女がアレしてアレしてアレするアレ? マジで? 俺と? 誰が? ゆきが? 付き合う? マジ? かわいい。
返事がないためかゆきが少し落ち込んだ声で続ける。
「ダメ……かな?」
「だ……だだだダメなわけあるか! もちろん! ふつつかものですがよろしくお願いします!」
「やったぁ! じゃ行こ!」
ゆきが俺の手を握って走り出す。ああ……柔らかい……
ゆきに連れられた先は大型ショッピングモールだ。正月だというのに多くの人が詰め寄り買い物を楽しんでいる。
「福袋を買いたいんだけどお一人様一つ限りでね。翔太がいてくれて助かったよ!」
「ああ……付き合ってってそういうことな……」
勝手に期待した俺が悪いんだけどなんだか裏切られた気分だ。いや、違う。見方によっちゃこれはデートだ。正月デート。全然いいじゃないか! すまんな非リア共。
「ほら、ゆきイチゴ好きだったろ?」
ゆき目当ての福袋を二つ購入した後、モール内のベンチでクレープを食べる。俺はバナナクレープ、ゆきはイチゴクレープだ。
「ありがとう! 翔太! 今日は翔太に助けられっぱなしだね。何かお礼するよ! 何でも言って!」
なん……だと……? なんでも……? 今なんでもするって言ったな? くっ……俺の中の悪魔と悪魔が俺に囁く……ダメだダメだ! あくまで俺とゆきはプラトニックな関係なんだ!
「気にすんなって。このくらい。困った時はお互い様だろ?」
涙をこらえ、無理やり紳士的に振る舞う。これでいいんだよ……ぐぅっ……
「えー? そんな訳にはいかないよ!
先生も借りた恩はちゃんと返せって言うし……このままじゃ私先生に怒られちゃうよ。」
そういや院長先生そんなことよく言ってたな……そんな言いつけを今でも守るなんて……なんていい子なんだ結婚したい。
「あー……じゃあこの後買い物に付き合ってくれないか? 丁度冬服買いたかったんだよ。」
嘘です冬服なんか足りてます。ゆきと一緒にいたいだけです。でもこの程度に抑えた俺を褒めて欲しい。
「本当!? 行こう行こう!」
ゆきが立ち上がり、俺を手招きし駆け出そうとする。あっ……その先には……
「ゆき危なーー」
俺が言い切るより先に、ゆきは走り出してしまう。その結果近くに立っていた男とぶつかってしまい、派手に転ぶ。
「きゃっ!」
「大丈夫かゆき!? そっちの人も大丈夫ですか?」
「あー? てめぇ俺の服にべったりクリーム付いちまったじゃねぇか!」
「ご……ごめんなさい……」
「ごめんで済んだら警察はいらねぇんだよ! とりあえずクリーニング代、100万払えや」
こんな古典的な……今時こんな人がまだいるのか……
「そんな……そんなお金ありません……」
「じゃあ体で払うしかねぇわな。ほら! こっち来い!」
「嫌っ!」
ヤンキー風の男はゆきの手を掴み連れて行こうとする。
「流石にそれは勘弁してもらえないですか?」
その男の手を俺が掴んで止める。足ガックガクだがここで退くわけにはいかない。
「あぁ? 女の前だからってかっこつけてんのかてめぇ!?」
男が迫力のある声で怒鳴りつける。そのせいか周囲に壁ができたかのように人が寄り付かないようになり、遠巻きに人がこちらを見ている。
「そういうんじゃなくて……いくらなんでもクリーニング代100万なんて言い過ぎでしょ。」
「買い換えるに決まっとるやろ! お前俺にクリームで汚れたスーツ着ろ言うんか!?」
「知ったこっちゃありませんよ。こっちが悪いのは認めます。でもゆきを連れて行くのは認められません。これはこっちが悪くても関係ない。」
「ほー……かっこええやんけ。んじゃあお前ぶん殴って無理やり連れて言ったるわ!」
そう言うと俺の顔に衝撃が走り、横に吹き飛ぶ。人混みの中に吹き飛ばされ、何人かの足に激突する。くそっ……撮ってんじゃねぇよ……
「一発で終わりか。口だけ立派で情けないのぉ! それじゃあもらってくで」
「まだだ……」
「まだ立つんか……やるやんけっ!」
また男の拳が俺の顔にめり込む。その後も立ち上がるたびに殴られ蹴られ身体中から血が流れる。
「やめて! もういいから! 立ち上がらないで!」
「そんな訳にはいくかよ……ここで立ち上がらなかったら俺が俺でいられなくなる……男の子の意地ってやつだよ」
「調子のんなやっ!」
何発殴られただろうか、気がついたら目の前の男は警察に連行され俺たちは事情聴取に近くの交番へ連れて行かれていた。朦朧とする意識の中、なんとなく警察の人が手当てしてくれたこと、ゆきが号泣していたのをぼーっと見ていた。
「今日はごめんね……翔太……」
今日はもう遅いからと交番から帰る途中、ゆきが俺の顔に手を当てて泣きそうになりながら謝る。なーに言ってんだこいつは。
「謝らなくていいよ……結果的にゆきも俺も無事でよかった。」
「えっ……うっ……翔太ぁぁぁ……」
目に涙を浮かべ俺に抱きついてくるゆき。自然とゆきの背中に手を回し抱き返す。
「無事でよがっだぁぁぁ〜ありがどう翔太ぁぁ〜〜怖かっだぁぁ〜〜」
胸の中のゆきはとても細くて、小さくて……少しいい匂いがした。
「今日はありがとうね。翔太。」
その顔は涙の跡が滲んでいるものの、とてもいい笑顔だ。その笑顔が見れただけでも頑張ってよかったと思える。
「こちらこそ。なんだかんだ楽しかったよ。」
「ふふっ。」
「どうしたんだ? 急に笑い出して」
「いや……変わってないなぁって。覚えてる? 中学生の頃。私がいじめられてるのを翔太だけが助けてくれたよね。女の子相手でも容赦なくて……『ゆきをいじめるやつは女でも許さん!』って……」
「ああ……そんなこともあったな。」
懐かしいな。ゆきをいじめてた女子達を殴っちゃって教師と向こうの親と院長先生にブチ切れられたっけ。
「あの時ね、私本当に嬉しかった。私のために女の子達に立ち向かってくれて……暴力は良くないことだと思うけどね。」
そう言ってゆきはクスッと笑う。
「今日あの人に立ち向かってる翔太の姿を見てね……ああ、翔太は昔と変わらないな……って思ったんだ……ありがとう。大好きだよ、翔太。」
そう言ってゆきは俺の頬にキスをする。その後少し恥ずかしそうにはにかんで、その顔を隠すように走り去っていく。
走り去る途中、ゆきは一瞬こっちに振り返り……
「あけましておめでとう! 翔太!」
満面の笑みでそう言った。
翔太は年明けの時点でこんな告白紛いのことされてたんですね。こっからエイプリルフールを経てまだ告白しない翔太君。そりゃヘタレ言われますわ。
ちなみに翔太はこの後家に帰ってようやく自分の身に起こったことに気がついたようで丸一日家で悶絶していました。




