85.正義
その男は誰よりも正義感が強かった。きっかけは些細なことだった。『ありがとう』。そう言われたのが嬉しくて、正しい人であろうとし続けた。いじめ、恐喝……彼は目につく悪人達を許さなかった。
そんな風に正しく。ただ正しく生きてきた彼が周囲の信頼を得るのは当然のことだった。そして彼自身、みんなに感謝されるその生き方に誇りを感じるようになっていた。自分より強いものに立ち向かうことなんて何も怖くない。自分にとって誰かを助けられない方が怖い。
それが真実だとそう思っていた。
しかしそんな生き方は長くは続かない。
いつしか周りの人々は彼の正しさについていけなくなっていた。しかし彼は諦めず、自分の正義を貫いた。いつしか『ありがとう』すら言われなくなっても、腐ることなく正義を貫き続けた。
そんな彼がこの世界に来たのは突然だった。仕事の帰り、真っ暗な路地を歩いていたはずなのに、気がついたら太陽の光に照らされた広い草原に立ち尽くしていた。
爽やかな風が吹き抜ける中、生臭い匂いを嗅ぎつけた彼はある惨状を目にすることになる。
それは行商人の一団が、盗賊によって襲われている光景だ。この世界ではそんなことは珍しくもなんともない。行商に出る馬車の3割は帰ってこないし、それを見越して商人達はギルドに金を積んで強い冒険者を護衛につけてもらう。死んだとしたらそれは護衛役をケチった商人たちの自己責任だ。
しかしそんなことを彼が知るはずもなく、いつもの通り助けようとした。しかし盗賊達の戦いは男の心を揺るがせた。剣という殺意を握り、魔法という悪意を飛ばす。彼にとって初めて見る殺し合いは、今までの生き方を変えるのに十分過ぎるものだった。
彼は岩の陰に隠れて盗賊たちがその場を去るのを息を潜めて待っていた。商人たちが殺される瞬間も、顔を伏せ、ガタガタと震えて目を背け続けた。
そこで男は初めて自分の正義を捨てたのだ。
「そこを退き翔太君。ワシは君を斬りたくない。」
ニッタは翔太に剣を向ける。命を奪ったということを再認識させられて顔を伏せた翔太からは、もはや抵抗する気持ちが感じられない。
「……確かに、俺はいくつもの命を奪いました。」
ゆっくりと、翔太が顔を上げる。その顔はニッタをじっと見据えている。少なくとも絶望した男の表情ではない。
「自分の都合で、命を奪うことから目を逸らし続けて奪いました。」
「それでも俺は後悔はしません。自分のやったことを棚に上げて、俺の信念を貫き続けます。俺はやったことに後悔はしない。まっすぐ進んでいってみせる。」
「……話にならへん。人間がみんなそういう生き方できる奴やないやろ! 何度も失敗して、それを悩んで悔やんで……進むことを止める。そういう生き方する奴だっておるんや!」
激情に任せてニッタが斬りかかる。首筋を狙った一撃は、翔太の肉を抉り、その首から鮮血を吹き出させる。翔太は腰に差した木剣を抜く暇もなく死んだ。
「さよならや。翔太君。君のこと……嫌いやなかったで。」
血まみれになった剣を握ったまま、ニッタは冒険者の元へ歩み寄る。恐怖のあまり気絶した彼の肩をニッタが軽く突き刺すと、冒険者はすぐに目を覚まして薄汚い鳴き声を発する。
「それじゃまずは腕を切り落とす。せいぜい泣き喚け。」
「ひ……ひぃ……やめ……たすけ……」
冒険者は涙で顔をぐちゃぐちゃにしながらも必死に後ずさる。まともに動かない足を回し、立ち上がろうと何度も手を回す。
「奇遇だな。俺もニッタさんのこと、嫌いじゃないぜ?」
「なっ……!?」
背後から聞こえる声に、ニッタは慌てて振り向く。
ニッタが振り向いた先には折れた剣を手で遊ばせ、笑みを浮かべて立つ翔太の姿があった。
「何だか憎めないって感じだよ。ニッタさんは。お父さん……は嫌だな。……出来の悪い兄貴みたいな?」
「ぐっ……殺し損ねたか! 今度はちゃんと仕留める!」
二度目のニッタの斬撃が、今度は翔太の腹を切り裂く。辛うじて反応したものの、その斬撃を止めることは叶わずまたもその命を散らす。
「今度こそ……」
「だから殺されないっての。さあどうする?
今回は殺しても話は終わりにならねぇよ?」
「なんや……なんなんや君は! なんで死なへんのや!」
何度急所を断ち切り、幾筋もの致命傷を与えるも死ぬことなく立ち上がる。そのあまりに異常な現実から目を背け、ニッタは叫びながら斬りかかり続ける。
「いい加減に……しろぉ!」
続く斬撃の中、甘い斬撃を翔太が折れた剣で受け止める。
「別に立ち止まることを悪いとは言わねぇよ俺は。でも、俺はやりたくない……こんなこと本当はしたくないって……そんな顔して……こんなことしてんじゃねぇ!」
翔太は受け止めたニッタの剣を逆の手で掴む。剣の先からは血が滴り落ちる。
「さあ。これでゆっくり話ができるな。」
「……イカれとる。なんでこうまでしてわしと話そうとするんや。」
「……多分、ニッタさんが俺に似てたからだと思う。この世界に来てからか、向こうの世界にいた頃からかは知らないけど、きっとニッタさんは大切なものを失ったんだろ。……俺も大切なものを失くしたら、きっとニッタさんみたいになる。でもその生き方は寂しいから。だから俺はニッタさんに、大切なものを取り戻させるよ。それで新しい生き方を押し付けてやる。」
翔太の言葉にニッタは目を見開く。どこから……いやどこまで勘づいていたというのか。
「……はは、気づいとったんか。そうや、わし……新田正義はもう大切なもんを失くしてる。でもそれは自業自得なんや……失くすべくして、失くしたんや。」
そうして男は語り出した。ある男の……新田正義の人生を。
この間見たら評価点がたくさん入ってました。
それにブックマークなんかも少しずつ増えて来ててこういうの見た時ほんっと書いてよかったと思います。
ブクマ、評価ありがとうございます!
自分の妄想から始まった作品ですがこれからも書き続けさせていただきますのでよろしくお願いします。




