S.魔王軍の坂本弘樹
「……」
静謐な室内に男の足音が響く。豪華に飾られた廊下を歩く男の服装は、それとは対象的にボロボロになっており、激戦の跡をより強く匂わせる。
「おーおー、魔王さまのお気に入りともあろう方が随分素敵な格好をしているなぁ?」
「……クレストか。」
男……坂本にチンピラ風の男が絡む。クレストと呼ばれたその男は弱みを握ってやったと言わんばかりに坂本に畳み掛ける。
「こないだまで幽閉されてたくせにもう自由行動かぁ? さすが魔王様に取り入るのが上手いだけはあるなぁ?」
「……そうだな。」
クレストの嫌味に坂本は歩みを止めることもなく生返事を返す。その態度がクレストには気に入らなかったのか坂本の進行方向に一振りの刀を突き刺す。
「おいおいおい? お前なんか眼中にありませんってか? 随分調子に乗っちまってんなぁ?
勇者の分際で? またお前をあの部屋に送ってやってもいいんだぜ?」
そこまで言うとクレストはどこから取り出したのかその手にいくつものナイフを遊ばせ、ちらつかせる。 すると坂本はふっと笑い……
「お前には無理だ」
その言葉が戦闘開始の合図となった。クレストは無言でナイフを坂本に向け投げる。5色の魔法に彩られたナイフは、自在に軌道を操り5方向から坂本に襲いかかる。しかし坂本の卓越した反応速度により、ナイフは全て坂本の剣によって叩き落される。
「いいぜぇ……そこまで言うならお前に教えてやろうじゃねえか! どっちが上なのかをなぁ!」
クレストはいつの間にかその手に刀を構え坂本に接近していた。坂本が剣を振り自身の視界を遮った瞬間に距離を詰めていたのだろう。もうあとは刀を振り下ろすだけとなっていた。
「やめろ」
坂本とクレストの間に、いつの間にか老人が割り込んでいた。いつの間に現れたのか、いつクレストの刀を止めたのかすらもわからないほどに卓越した技術を持ち、見るもの全てをひれ伏せさせる程の覇気に満ち溢れた老人だ。
「……チッ、なんで止めんだよ。」
「我の眷属を害されたとあれば止めるのは当然であろうに。サカモトも、刃を引け。」
クレストの刀を止めていた方の手とは逆の手で老人は坂本の突き出された爪を受け止めていた。彼が割り込まなければ、双方無事では済まなかっただろう。
「ここでお主らが交戦するのは得策ではない。ここはわしの顔を立てて退かぬか? クレストよ」
「……フン、とにかく俺はお前が魔王軍にいることを認めねえからな。いつか必ず追い出してやる。」
老人の言葉を聞き、軽く息を吐くとクレストの持っていた刀が消失する。そしてクレストは踵を返しきた道を引き返していった。
「悪い、助かった。」
「構わん。それよりもその傷はどうした」
坂本の謝罪を、そんなことは重要でないと言わんばかりに切って捨てる。彼は厳しい表情で坂本の傷を睨みつけていた。
「旧時代の英雄共にちょっとな。」
「殺したのか?」
「……いや、すんでのところで邪魔が入った。おかげで撤退する羽目になったよ」
「ほう……誇り高き我の眷属ともあろうものが撤退したと?」
老人から発せられる威圧がより強くなる。まともな人間であれば目の前で立っていることすらままならないほどのその圧力は、目の前の男ただ一人に注がれていた。
「……そりゃ相手があんたの弟子だからな。俺も一応撤退したわけだよ。」
「フォウルに会ったのか?」
坂本が弟子という言葉を出すと老人はかすかに眉を釣り上がらせる。
「会ったよ。あんたの弟子だからわざわざ殺さずに帰ってきたんだ。この俺の気遣い。むしろ褒めて欲しいもんだ。」
強い威圧を受けているにも関わらず、坂本はそれを飄々とかわし、時にはおどけた様子さえ見せる。その姿から彼の強さも計り知れないものであるということがわかる。
「いらん気遣いだ。あれはもうわしの手から離れた。ならば死のうが生きようがわしには関係のないことだ。」
「厳しいもんだな。さすがは『至高の種族』ってやつか?」
「違う。龍が誇り高いのではない。我が誇り高いのだ。今の龍は誇り高くもなんともないわい」
そう言うと老人の威圧が解かれ、呆れたような表情を見せる。その姿はまるで普通の老人のようだ。
「全く……相変わらずだな。治せよそのジジくさい考え方。若い奴に嫌われるぞ」
「やかましいわい。それじゃあワシはもう行くぞ。そろそろエルフィン王国を落とさねばならんのでな」
老人もクレストの去って言った方向と同じ方向に去って行こうとする。
「……あ、ゾルガルム。待ってくれ。」
「なんじゃ?」
しかし坂本の呼びかけに立ち止まって振り返る。
「地下牢の場所教えてくんねぇかな?」
「お主こそいい加減城の道を覚えんかい。馬鹿者め」
先ほどまでの絢爛な道とは異なり、じめじめとした雰囲気の通路を俺は歩いていた。
通路のサイドには鉄格子に区切られた部屋がいくつもあり、その部屋の中には簡素な寝藁と骨が生々しく放置されている。
その中で最も大きな鉄格子が取り付けられた部屋の前で立ち止まる。部屋の前にはこの世界で一番安いパンが放置されており、牢屋内の奴らは現状に絶望しているのか皆顔を伏せっている。俺にとって馴染み深く、忘れることのできない場所だ。
「よう、元気か?」
「坂本ぉぉぉぉ!!! お前ぇぇぇ!!!」「裏切り者! 死んじゃえ!」「死ね! 死ね! 死ね!!! この悪魔が! 地獄に落ちろ!」
俺が一声呼びかけるとその十倍にも及ぶ怨嗟の声が牢の中から投げかけられ、思わず苦笑する。牢の中の奴らは先ほどまでの力無い体制からすっと立ち上がり激しい怒りに顔を歪ませ、力任せに鉄格子を叩く。
「はは、嫌われたもんだな。1ヶ月前までは仲良くクラスメイトやってたのによ。」
「お前が! お前が俺たちを売って魔族に着いたからだろ!」
そう。確かに俺は魔族側に着いた。
王城で気絶させられた俺たちは気がついたら牢屋の中に入れられていた。牢屋にはクラスメイトが入れられており、そこで一人一人魔王様に謁見させられたのだ。その際に俺は魔王様に取り入った。魔王様の手下となり、ゾルガルムの眷属となった。だがその代償はこいつらなんかじゃない。その代償は……
「履き違えるなよ。俺が売ったのは神城だけだ。俺は神城を売って魔族になった。神城に恨まれこそすれお前らに恨まれる筋合いはねぇよ」
反対側の鉄格子を軽く叩く。そこには魔王様の作った機械に全身を固定され、地獄の苦しみを味わい続けている神城がいる。
「俺を恨んでいいのは神城と、翔太。あと福田だけだ。本気で神城のことを心配していないお前らにその資格はねぇんだよ。」
「心配してないなんてそんなことは……」
「あるんだよ。翔太は神城を助けるために死ぬ思いで戦ってる。福田は神城を苦しみから救うために自分を犠牲にした。それに対してお前らは現状を嘆いているだけだ。お前らとこいつらは根っこのところからまるで違う。」
そう言って福田の方に目をやる。福田は牢屋の奥に寝転がっていて起き上がる気配はない。生きてはいるのだが、右腕を肩から無くしている。右腕の機能を停止させており立ち上がることすらできない。その上熱を出したままで放置されているみたいで、息が荒く放置していると死ぬ可能性すらある。それどころか所々殴られたような跡まである。……救われねぇ。
福田がこうなった原因は神城に繋がれている機械だ。この機械は生物のエネルギーを吸い上げるもので、神城のエネルギーを吸い続けている。そこに設置された瞬間、福田が瞬移魔法を使って神城の元へ移動し、神城を解放しようとしたのだ。しかし神城を救い出すことはできず、逆に福田の両腕のエネルギーを奪われた。右腕を無くし、左腕を壊した。それ以来牢屋内では魔法も使えなくなるようになった為、福田は回復もできず倒れている。
「挙句お前らは福田をなぐって、殺すんだろうな。それで福田が死んだら俺のせいだとキレる。どっちが悪魔の子だって話だよ」
……それでも間違いなく俺の方が悪魔なんだろうがな。
「ま……魔法だって福田のせいで使えなくなったんだ! 当然の報いだろ!」「それに初めに福田くんを殴ったのは森田くんよ! 私は悪くない!」「なっ……、それを言うならお前だって……」
そしてこいつらから出てきた言葉は懺悔でも反省でもなく言い訳だ。皆口を揃えて自分は悪くない。悪いのは彼だ、彼女だと責任をなすりつけ合う。
「……そうやってお前らはずっとそこで責任をなすりつけ合ってろ。決断もせず、なんの責任も持たずに家畜のように生きていればいい。」
もはや話すことすらない。こんな奴らを友達と呼んでいたのが恥ずかしいくらいだ。
クラスメイト達に背を向け、そして神城の方に向き直る。……ごめんな。俺は俺の為にお前達を殺すよ。
許してもらうつもりはない。許されるはずもない。それでも謝らずにはいられなかった。俺が神城を犠牲にしようとした時、神城はもはや抜け殻のようだった。目の前で翔太が死んだところを見せられ、友達の変わって行くところを目にして、彼女は何を思ったのだろうか。その上俺の理屈で彼女に地獄の苦しみを味あわせているのだ。この場で本当の被害者と言えるのは、神城だけだ。俺は心の中で神城に謝り、俺はその場を去ろうとする。
「待って!」
すると牢屋から声をかけられる。平々凡々な顔立ちでクラスでも目立たない子だった女子だ。名前は確か……香川だったか。
「瀬川くんは……他のみんなは無事なの?!
それだけ教えて!」
「ああ……無事だよ。」
この牢屋にはクラスメイト全員はいない。
謁見の後見込みがあったやつだけは他の場所に連れていかれた。しかし俺のように魔族側に完全についたということもない。
「そう……なんだ。よかった……」
俺の言葉に心底安心したように香川はその場に崩れ落ちる。他の奴らはまだ鉄格子を殴っているが。
地下牢を出て、次に俺の向かった場所は玉座の間だ。そこには魔王様が頬づえをついて全てを見下すように煌びやかな王座に座っていた。
「魔王様、ただいま戻りました。」
「……どこ行ってたの?」
片膝と拳を地面につけながら頭を下げる。すると魔王様は年相応の可愛らしい話し方で俺に語りかけてくる。
「魔王様の障害になるものを片付けておりました。」
「そう……まだそんなのいたんだ……」
魔王様はため息をつく。心底どうでもいいように、全く興味を示していない。
「それで? 何の用で来たの?」
「遠征の許可を、頂きに参りました。」
「……なんで?」
「俺が今より強くなる為です。今のままでは貴方を守れない」
「ふーん。まあいいよ。行って来ても」
驚くほど簡単に、外出の許可を出してくれる。俺が裏切るなんて考えてもいない顔だ。まあそれはそうだろうが。
「ありがとうございます。それでは失礼します」
そう言って魔王様の御前から退き、魔王城から飛び立つ。翔太は必ず魔王様の前に立ち塞がる。なら……あいつをも殺せる力を、絶対に身につけてみせる。例えその結果この身を滅ぼすことになろうとも。
坂本サイドのお話。
久しぶりにクラスメイトでたくせにゆきも福田もまともに喋らない。なんでや!
坂本弘樹 レベル22 魔族 勇者
HP700/700
MP1000/1000
筋力120
素早さ95
魅力14
知力50
固有魔法 伝心魔法
適正魔法 火、風、水、地、闇




