61衛生面とか……
おっさんに言われた通りに路地を進むとすぐに目的の建物は見えてきた。周囲の建物に比べて明らかにボロボロな木造の建物で家とも呼べない小屋だった。小屋からは生臭いような異臭が漂い、道行く人を遠ざける。
「なあ……ここでいいのか?」
「いい……はずでござる。」
「いやいやいやいや。傷の治療だろ? ここで? 衛生面最悪じゃねぇか。」
「そんなこと言っても仕方がないでござるよ。
とりあえず話をしてみるでござる。」
フォウルが小屋の扉をノックする。扉を叩いただけなのに小屋全体からギシギシという音が響いてくる。……本当に大丈夫? これ、家崩れたりしない?
音が鳴り止むと今度は奥から人が走ってくるような音が聞こえる。この衝撃もまた小屋全体を振動させ、ボロ小屋を倒壊させかねない。
「はーい、どちらさん?」
扉をあけて出てきたのは見た目20代後半ほどの美人な人だった。でも……残念な感じがする美人だ。綺麗な金色の髪を無造作に伸ばし、外人のような澄んだ青い目は眠いのか半開きの状態になっている。数日洗っていないであろう服を着ていてだらしない格好をしているが、そのだらしない格好がダイナマイトボディを強調させている。
「誰? あんたら。物乞いなら他所でやってくんない? うちは他人に施してるような暇はないの」
「いや物乞いじゃないでござるが……」
「あらそうなの。ボロ雑巾みたいな服着てるからてっきり物乞いかと……」
言われて気づいたが俺達の服はゴブリンキングとの戦いで泥や血にまみれてぐしゃぐしゃになっている。そりゃこんな服装してたら物乞いと間違えられても仕方ないわな。
「えっと……あなたがニコさんですか?」
「そうよ。私はニコ・エストランド。ここで薬草についての研究をしているわ。」
「俺はショウタ、こっちのがフォウルです。」
「どうも、フォウルでござる。」
「ふーん……で? 何の用なわけ?」
「俺の怪我治して欲しいんです。両手右足がもう動かなくなっちゃって。あと脇腹も。」
「いや脇腹はもともと動かないわよ。」
「わかっとるわい」
脇腹がひとりでに動いたらこわい。
「治して欲しいったってあんた金持ってんの?
治療なら金貨10枚くらいもらわないと割に合わないんだけど。」
「金貨10枚……フォウル、今いくら残ってたっけ?」
「テントに残っていたお金全部合わせてちょうど金貨10枚でござる。ぴったりでござるな。」
ええ……ぴったりって稼いだお金全部無くなるのか……ただでさえ稼げてないのに……
「ショウタ殿、使うでござる。
元々ショウタ殿が稼いだお金故、誰も文句は言わんでござるよ。」
「フォウル……」
なんて優しいやつなんだ。優しい上にイケメンとかこいつこそ勇者やれよ。
「んで? どうすんの? 払うの?」
「払います。金貨10枚即金で。」
「ん、わかった。じゃあ中に入りなさい。」
ニコさんがドアを開けて中へ入るよう促す。
家の床には足の踏み場がないほどの資料や割れた試験管やフラスコなどが散乱している上に、埃が降り積もっている。正直入りたくない。
「どうした? 早く中に入りな。怪我治して欲しいんでしょ?」
「あ……あははは……」
いや無理っしょ。怪我治すところじゃねぇよここ。怪我治っても変な病気とか感染るんじゃねぇの?
「ショウタ殿、我慢するでござる。
どの道拙者が入ればショウタ殿も入ることになるでござるよ。」
「うっ……くっ……わかった……」
「揃いも揃ってボロクソ言って……入室拒否するわよ」
「「ごめんなさい」」
「だいたいそんなボロクソに言うような建物に住んでる女によく怪我治してもらおうと思ったわね。私だったら絶対頼まないわ。」
自覚あんのかよ。
「ってかあんたらなんで私のこと知ってんの?
誰かに紹介されたわけ?」
「あ、はい。おっさ……ガイラスさんに怪我をここで見てもらってこいって……」
「あー……あのおっさんか……
じゃあやっぱ金はいらないわ。」
「へ?」
「私もなんだかんだあのおっさんには借りがあるからねぇ。これで返せるとは思っちゃいないけどまあ返済の足しにはなるだろうさ」
ニコさんは軽く笑ってそう言う。おっさんについての話をするニコさんはどこか嬉しそうだ。
「えっとニコ……さんはあの人とどういう関係なんですか?」
「秘密。まあ昔の話をするほど年はとっちゃいないってね。んで? 回復魔法を使わないで私のところに来たってことはそれなりの理由があるんだろ? 話してみなよ。」
「なるほどね……だから私のところに治療を求めて来たと。」
「はい、そうなんです……
っていうかかなり重症なんですけど治りますか?」
「そりゃあんた次第よ。」
「えーっと……それどういう……」
「入りな。中で説明してあげる。」
ニコさんに招かれて、俺たちは埃まみれの家に入っていった。
「ゴホッ、ゲホッ」
決心して家に入ってみるも何この埃っぽさ……ここは人が生きていける場所なのか? なんであの人当たり前のようにいられんの? なんでむせないの?
「ゲホッ、ゲホッ」
むせてた
「あー……はい、じゃあこれ。」
そう言ってニコさんが差し出したのはフラスコに入った紫色の毒々しい液体だった。…………えっ? 何これ、飲めと?
「飲んで」
差し出したフラスコを受け取らないのを不満に思ったのか、笑顔で俺の方に押し付けて飲むよう促してくる。普通はこんな美人に笑顔を向けられたら嬉しいはずなのだがなぜだろう。すごい怖い。命の危険を感じる。
「えーっと……これ何っすか?」
「何って、薬よ。この流れで薬以外の何を飲ませるってのよ」
「いやそりゃわかるんですが……えっと……傷を見たりしないで薬を飲むんですか?」
「はぁ? 傷見たって何も変わらないでしょ。あんた何言ってんの」
「いや……火傷に効く薬とか切り傷に効く薬とか……そんなんあるんじゃないんですか?」
「いや……そんなんないけど……
うちにあるのは自治能力を活性化する薬だけ」
「自治能力を……?」
「そう、自然治癒能力ともいうわね。
あんたにもあるでしょ? 切り傷が塞がったりとかそう言うの。」
「ああ! はい、ありますね。」
「その能力があんたにもあるならステータスがなくても大丈夫でしょ。自然治癒能力を活性化させることで普段は1年で治る傷を1日で治したりすることもできるの」
「……ってことはこの傷も!?」
「ところがどっこい。絶対に治るとは言い切れない。本来自然治癒には大量のエネルギーを必要とするの。毎日コツコツエネルギーを消費して傷を治すところをドカッと一気に治すわけ。もしエネルギーが足りていないと悲惨よ。生命維持に必要なエネルギーさえ傷の修復のために搾り取られて……」
そこまで言ってニコさんは親指で首を切るジェスチャーを取る。そんなある意味毒薬みたいな薬を説明なしで飲ませようとするとかどうなん?
「いや……無理ですよ。俺今エネルギーそんなにありませんし。」
アイムハングリー状態だ。テントに置いてた肉も全部食われてたし。ゴブリン許すまじ。
「ふぅん……仕方ないわね。
じゃあなんか食べて来なさいよ。」
「いやでもこの傷だと……
ニコさんは応急処置とかできないんですか?」
「……しょーがないわね。応急処置だけはしておいてあげる。《ウォーター》」
ニコさんはそう言うと俺の傷に水で濡らした包帯を巻きつける。簡単な処置だが放置されていた状態よりマシだ。
「よし、これでオッケー。それで飯だけどこの家の正面にある『マルクト』とかオススメよ。安くて量も多いし。」
「ん……じゃあそこ行くか、フォウル。」
「そうでござるな。拙者もそろそろお腹が空いてきたでござるよ。」
「じゃー行ってきな。なるべく早く戻ってきてね。」
「わかりました。じゃ、行ってきます。」
「あ、ちょっと待って。これあげるわ。
マルクトの割引券。メニューは選べないけど10%引きで大分お得よ。」
「本当ですか! ありがとうございます。」
「んーんー、気にしなさんな。ちゃんと食べてきなさいよ。」
「はい、行ってきます。」
「行ってくるでござる。」
そう言ってショウタたちは家を出る。
二人が家を出たのを確認してからニコが口の端を釣り上げて笑う。
「ちゃんと完食……してきなさいね?」
あとがき
ニコさんはきっとS
ニコ様とお呼びっ!




