50.王
遅い。
はい、わかっております……
遅い上に短いっていいとこあれへん……
ラビッツを倒した時には感じなかった感覚。いや、感じなかったのではない、気づかないふりをしていたのだろう。生き物を『殺す』感覚。自分の意思で、自分の都合で、自分の手で殺す感覚。俺はその場で胃の中の物を吐き出した。
覚悟はしていた。ゆきを取り返すために立ちはだかるのであればなんだって排除してみせると。だが俺はその本質からは目を背けていたのだろう。倒すでも、排除するでもない……殺すということから。
吐く。吐く。吐く。
いくら胃の中身を吐き出そうと、胃液すら出てこないほどになろうと、吐き続ける。
どれくらい吐き続けただろうか。
またもガサガサと草の揺れる音が聞こえてくる。
ただ今度は先ほどとは違い、四方から聞こえる。間違いない。囲まれている。
声をあげなきゃならない。このままでは殺される。そう頭では理解していても声が出ない。大きな声を出さなきゃと思えば思うほど俺の口からは掠れた声とも言えぬ音が漏れ出るだけで何もできない。
ゆっくりと、複数の音が鮮明に聞こえるようになって来る。最初はガサガサと草をかき分けるような音だったのが、地面を踏みしめる音へと変化する。闇の中から溢れ出すように緑色の生物がにじり寄って来る。刻一刻と、俺とテント周りの包囲陣を狭めて来る。しかし俺の足は震え、まともに動かない。腕も、体もだ。
するとまるでそんな俺を嘲るかのように突然周囲を囲んでいたゴブリン達が騒ぎ出した。とうとう俺を殺しに来るのだと思い、必死に抗おうとしても俺は何もできない。
ただただ目前に迫る死をを受け入れるしかできなかった。
しかし何秒待っただろうか。いつまで経っても俺の元へはゴブリンが迫って来ない。来るはずだったゴブリン達は俺の元ではなく……みんなが眠るテントの方へ向かっていた。
あれだけ動かなかった足が動いた。
さっきまでの震えなどまるでなかったかのように剣を持ってテントの方へと駆けていた。ゴブリンより先にテントの入り口へとたどり着くと、テントの前に仁王立ちし、近寄ってくるゴブリンを切りつけた。
切りつけるといっても魔物の肌だ。切れるはずもないが、吹き飛ばすことはできた。俺は無我夢中で近寄るゴブリン達を切り飛ばし続けた。
「敵襲でござるか!?」
するとすぐにテントの中から声がした。フォウルの声だ。どうやら敵襲に気づいたらしく急いでテントから出てきた。それから数瞬遅れてサリアとリリア、そしてグレンもテントから出てきて、それぞれ武器を構える
「これは……多すぎるね。とてもじゃないけど倒しきれない…………《フレイムランス》」
サリアが1メートルほどの炎による槍でゴブリンを貫きながら言う。
確かに倒しても倒しても一向に減っていかない。
「一点突破で逃げるでござるよ!
《フレイムランス・S》」
今度はフォウルにより3メートルほどもある巨大な炎の槍が精製される。
そしてその槍は横並びのゴブリン達をまとめてなぎ払い、消し炭にした。
「いまでござる! 逃げるでござるよ!」
そしてそれにより開けた道をフォウルが走って逃げる。俺たちもフォウルに続いて逃げて行く。後ろからゴブリン達の奇声が聞こえるが、足は速くないのか振り切れたようだ。
「はぁ……はぁ……振り切れた……か?」
逃げ延びた先は探索者によって切り拓かれた道ではなく、木の根や葉が鬱蒼と生い茂り奇妙な虫がうぞうぞと足元を蠢く場所だった。
「大丈夫でござるよ。ゴブリン達は足は遅いでござるからな。十分撒けたはずでござる。」
「それにしても……どうしてあんなに集まっていたんだい?」
「わからない……気づいたらあんなことになってて……」
そこまで言うとサリアは苛立ったように舌打ちをし、こちらを睨みつける。
「じゃあ聞き方を変えようか
『どうしてあんなに距離までゴブリン達の接近を許したんだい?』」
「……は?」
「魔物が出たらすぐに起こすって決めただろ? どうして声をあげなかったんだい?」
「それは……」
「これは命に関わることだ。聞いておかなくちゃならない」
「わかった……実はーー」
俺はさっき起こったことをすべて話した。剣の修行をしていたこと、ゴブリンと戦ったこと、戦った後動けなくなったこと。全て話すとサリアが眉間を抑えてため息をついた。
「……ゴブリンを殺す時は声を上げさせる間も無く殺さなきゃダメなんだよ。ただでさえ夜の静寂の中なんだからその声が響いて仲間が呼び寄せられる。だから魔物が出たら起こせって言ったのに……」
「ごめん……」
「ま……まあまあ。失敗は誰にでもありますし……」
「あっちゃダメなんだよリリアちゃん。そりゃこういう場面じゃなければいいかもしれない。でも今回はダメだ。もしかしたら僕達が死んでたかもしれないんだ。命がかかっている時は失敗をしたらダメなんだよ」
「僕はこんなところで死ねない。
死ぬわけにはいかない。目的があるから。それは君も同じだろ?」
するとリリアは押し黙った。
サリアの考えに納得だのだろう、下を向いて目を合わせない。
「悪かった……もう2度とーー」
「GYAAAAAAAAAAAA!!!」
俺が言い終わる前に森中に響き渡るような雄叫びが聞こえる。木々から鳥が飛び立ち、大地が揺れるかのような大声に俺はつい怯んでしまった。
その隙を……
「ショウタ殿! 危ない!」
隣にいたフォウルが俺を突き飛ばす。するとさっきまで俺が立っていた場所に巨大なハンマーが振り下ろされ、クレーターができている。
「なっ……」
「あ……ははは。こりゃ参ったね。
こりゃゴブリンロードなんてかわいいもんじゃない」
そのハンマーを振り下ろしたのは鬼だった。見覚えのある緑色の体に、鋼のような筋肉を纏い、3メートルほどもある巨大な体躯で俺たちを見下ろしている。その真っ赤な双眸はまるで品定めをするかのごとく俺たちを観察していた。脳がけたたましいほどの警鐘を鳴らす。体が、本能が逃げろと叫ぶ。
「……ゴブリンキングだ」
ゴブリンリーダー<ゴブリンロード<ゴブリンキングの順番です。
キングはゴブリンの最強種ですね




