167.暴獣
超おひさ
景色が一瞬にして変化する。さっきまでいた屋敷の人工的な視界が緑と青の自然的な景色へと切り替わっていった。恐らくあれが魔道具ってやつなんだろう。驚きはしたけどすぐに気持ちを立て直し、周囲を確認した。
修行として送り込まれた場所にしては、綺麗な景色で空気も澄み渡っている。どちらかというと避暑地のような雰囲気だ。真夏とかに遊びに来たい。とはいえ……
「こんなとこでどうしろと……」
とりあえず腰に掛けていた剣を引き抜……うわめっちゃ血付いてる。これ血振りせずに鞘に納めてるせいか全然鞘から抜けない。アホすぎる。
結局無理やり引き抜き、湖の水で鞘と剣を洗う。洗えば洗うほど湖に赤色が溶け出し、湖を汚していく。ぜんっぜん取れない。これ鞘の奥で血固まってねぇ?
「グルルルルゥ……」
「魔物か、丁度いい。」
濡れた剣を振り、背後から現れた魔物の方へと向き直る。敵は一体。大型犬ほどのサイズの狼型の魔物だ。確かガルム種。王城の図書館で読んだ本では見なかったタイプのガルムで、その毛並みが鮮やかな紅さのガルムだ。
目を合わせ、ジリジリと距離を詰める。やがてガルムが踏み込み、低い位置から鋭い牙でこちらに襲い掛かる。
「読み通りだ。ワンパターンなんだよ。」
開いた口の下側、顎の辺りを狙って切り上げる。大きく開いた口は勢いをつけて閉じ、ガルムの口を縦一文字に斬り上げる。
「じゃあな。」
そして勢いよく振り上げた剣を、再度深く踏み込みガルムの背面を狙って振り下ろす。あっけないほど狙い通りに俺の剣がガルムを捉え、斬り伏せる。赤い毛皮をくすんだ赤が染め、その血の量はガルムの死を確信する。
「今時修行に森籠りって……は?」
とりあえず剣の血を振り払うと、突如として目の前に蒼い光が現れる。その光が目を眩ませるほどの強さにまで巨大化し、そして弾けた。
弾けた光の中心から長い黒髪を魔力に靡かせ、神秘的な現れ方をした少女はそのまま力なく崩れ、地面に倒れ伏した。
「ゆ……ゆき!?」
翔太はその場に駆け寄り、地面に倒れた少女を抱え起こす。そして呼吸を確認すると安心したのかほっと小さく息を吐く。
「なんで……ってシュヴァインしかありえねぇよな……とりあえずどこか安全な所……」
周囲を見渡し、安全な場所を探す。しかしこの付近に人工物と思われるものは何一つとして無く、また洞窟のような場所も皆無であった。
見渡す限り森と湖。ある意味では最高のロケーションだが今の翔太にとっては最悪だった。
「グルゥウルゥ……」
「グゥガルゥゥ……」
「ワォォォォォォン!!」
「チッ……こんな時に……」
そこに血の匂いを嗅ぎつけたのか新たに3体、そして5体と翔太達の元に魔物達が増えていく。先ほど翔太が倒した赤いガルムと同種の魔物に加えて他にも多種多様な魔物達が翔太の周りをジリジリと詰めていた。
翔太は意識のない神城の前に立ち、彼女に背を向け魔物達へと向き直り大きく息を吐く。それが開戦の合図となった。
翔太はその場を動かず眼前の敵を斬り伏せていく。しかしその攻撃もそう長くは持たなかった。次第にあぶれた魔物達が神城を狙うようになり、それを防ぎ弾く。自らの身への攻撃も、神城への攻撃も全て防ぐ。攻撃を挟む暇などなく、また一本の剣では間に合わないほどの攻撃を、全身を使いはじき返す。
「ゆきっ! 起きてくれ! ゆきっ! このままじゃ危ないんだ! 頼む起きてくれ!」
攻撃を防ぐ。物理的に防げる数ではなくなってきても翔太は自分の体を盾にして神城への攻撃を無理やり防ぐ。しかしいくら騒ぎ立てても神城が起きることはなく、翔太の焦りを加速させる。
「クソッ! こんなのどうしろってーーッ!」
魔物を斬って、肉を抉られて、その身が死に瀕してようやく翔太はシュヴァインの意図を理解する。あいつは俺にあの力を使えと言ってるんだ。本当に死の淵を飛び降りることで得られるあの力を使わせるためにこんなことをしたんだ。
いいぜ。乗ってやる。
「がぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
翔太は剣で自らの腹を切り裂く。激しい痛みや血と共に自らの生命が流れ出ていくのをゆっくり俯瞰的に感じる。気が狂いそうな痛み、それを耐えて耐えて耐え続け……そしてやがて何かが弾けた。