163.爆弾
「……痛ッ」
ふと目を覚ますと全身に激しい痛みが走る。いや、正確に言うと常に痛みが伴っていたことを知覚した。
[おっ、こいつ生きてやがった。]
[時間の問題だろ。明日までは保たねぇよ。]
そして目の前には鉄格子があり、その向こう側にはさっき俺を押さえつけていた男達が嘲笑しながらこっちを見ていた。
[おま………ぁっ!?]
そいつらの元に駆け寄ろうとすると肩が引きちぎれそうなほどの激痛が走り、どこから出たのか分からないような声が漏れる。痛みに耐え、冷静になってみると両腕が手枷で繋がれ、頭上に張り付けられていたことに気づく。
[本当に元気のいいガキだな。]
[てめぇ……これ外せ! ここから出せ!]
[おーおー頑張るねぇ。《フレイム》]
男が魔法を唱えると足元に小さな炎が生み出される。立ち上る煙と熱気に思わずむせ返る。
[ちょうど今日のゴミ捨て俺の当番だったんだよ。処理の目処がついてよかった良かった。]
[おい! 待て……やめて……!]
炎をつけた男が牢屋越しに足元の炎にゴミをくべる。小さかった火は少しづつ燃え上がり、同時に恐怖心が大きくなっていく。
[はははっ! 泣いてやがるぞこいつ!]
[可哀想になぁ、こんな子供が。]
[キャハハハッ! そう言いながらオメー火にゴミくべてんじゃねぇか!]
怖い。怖い。怖い。怖い。
足元からゆっくりと燃え上がる炎が、煙によってだんだん苦しくなっていく呼吸が、焼ける音が、匂いが、熱が、その全てが怖い。
「なんで……もう……もう……いーー」
もう嫌だ。と喉元まで出かかった言葉を飲み込む。ダメだ。その言葉は言うな。それを言ってしまうともう戻れない。
[おっ、静かになりやがった。]
[んじゃ追加〜。ほら、じゃんじゃん燃やせ。]
「ああ〝っ! ぐぅっ!!」
[あー……本当いい声で鳴きやがる。こりゃいいオモチャだ。]
[あの四人はアークガルドさんが独り占めしちまったからなぁ。その分こいつで楽しまねぇと。]
煙と熱気で薄まっていく意識の中、聞き逃せない言葉が耳に入る。体はとんでもなく熱いのに背中に冷や水が垂れたような冷たさを感じた。
[あっ……あの……四人だと!?]
[おう、お前が助けに来たクルニードのお嬢さんだ。]
[おい! それはーー]
[いいじゃねぇか。どうせ生かして帰すつもりはねぇんだ。お前の助けに来たお嬢様達はもうすぐアークガルドさんの慰み者になる。なんなら首だけ引きちぎってその光景を見せてやろうか?]
その言葉を聞いて、俺の中の何かが切れた音がした。そして自らこみあがるその感情に流れを任せ、壁に全力で拳を叩きつけた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
[な……なんだこいつ! 何やってやがんだ!]
[ついにとち狂いやがったか!?]
壁を殴る。骨が砕け、血が噴き出す。それでもなお壁を殴り、殴って殴って殴り続けた。
[なっ!?]
[手枷が!]
拳が砕け、手が歪んだことで手枷をすり抜ける。そんな状況になっても不思議と痛みを感じなかった。足が燃えていることも気にならない。ただ目の前の二人を殺す。それだけが頭の中を支配していた。
「ラァァッ!」
砕けた手を全力で振り回す。骨が鉄格子と激しく衝突し、はじき返される。それでも止まることなく、拳と蹴りを繰り出し続ける。翔太の常軌を逸したその行動に、監視達は腰を抜かし、後ずさる。それほどまでに鬼気迫るものがあった。
[やめ……おい! 殺せ! 《フレイムランス》!]
[ 《ウィンドピアサー》 !]
新たに精製された炎の槍も、風の弾丸も。翔太の体を貫くことはできても彼の殺意を砕くことはできない。
数分鉄格子を殴り、蹴り続けるとぐにゃりと歪んだ。やがてその歪みは広がってゆき、人一人が通れるほどの歪みを作り上げた。
[やめ……嫌だ! 助け……]
[き゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!?!?!]
二人に飛びつき、腕を鈍器のように扱って殴りつける。そして相手が倒れるより先に切り返して背に蹴りを放ち、顔面に頭突きを連打する。
理性のかけらもないようなその戦いぶりは、見るもの全てに恐怖を与えた。
「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
やがて目の前にいた二人が動かなくなってから、翔太は足を引きずりならふらふらと歩いていった。