158.これからよろしくね
「えーっと……えっ?」
目の前にはゆきがいてゆきがこっち見ててゆきがかわいくて……えっ? なんで?
「ごめんね、急に来て迷惑……だったかな?」
「いやいやいやいや!!? 全然迷惑なわけないけど……なんで?」
ちょっとまだ準備整ってないってか……心の準備? それだ。全然整ってない。もっと心の準備整ってからこっちから向かう感じだったんじゃないの!?
「ちょっと話したいことがあって……よかったらちょっと外で話せないかな?」
「あっうん。」
とりあえずゆきを部屋の中に入れようとソファーに促す。
「いや外で……」
「あっそうか。外ね、うん外ね。」
「えっと……それじゃ行こうか?」
「あっうん……行こうか。」
翔太は神城の手を取ろうと自らの手を差し出すが、すぐに思い直して手を引く。そして二人は近くもなく遠くもない微妙な距離を保ったままホテルを出て外を歩く。
「ゆき……は。あー……大丈夫か? 記憶がなくなったままで……」
「うーん……あんまり実感がないんだよね……皆から聞く神城ゆきと私があまり一致しなくて……本当に私の話してるのかなって。」
「例えばどんな話を聞いたんだ?」
「どんな人にでも優しい女神だとか小動物みたいな可愛さがあるとか翔太君のこと大好きだとか……」
「そうだよ。付け加えるならすげぇドジ。」
昔自分の制服と弟の制服を間違えて登校してたことがあるくらいだ。まずズボン型の時点で気付けよ。
「えー? そんなことないと思うんだけどなぁ……やっぱりそれ私じゃないんじゃない?」
「いやいやいやいや。そんなわけないって。この前なんて数学の教科書忘れたって言って隣のクラスから間違えて科学の教科書借りてきたんだぞ。」
「それドジって言うか……ちょっとあの……アホ?」
「実際紙一重だったな。その前も……」
「ふふっ。」
翔太が話を続けようとすると、その顔を見て神城が柔らかく笑う。その鈴を転がすような笑い声に、翔太は思わず釣られて笑ってしまった。
「え? 何急に?」
「いやぁ? 翔太くんは本当に私……っていうか神城ゆきのことが好きなんだなって。」
「そりゃそうだよ。初めて会ってから10年近くずっと好きだ。」
「へ〜」
翔太は軽く笑いながらそう言って、すぐに自分の言った言葉が恥ずかしくなり、神城の方から目をそらす。すると神城はその照れた様子の翔太の顔を見るようにニヤニヤしながら翔太の正面に回り込む。
「ちょっ……やめ……」
「 あははははっ、顔真っ赤だよ! かわいい。」
翔太の顔を見てひとしきり笑うと、神城は改めて翔太の前に立ってその手を取る。
「うーん……」
「えっ? えっ!? 何!?」
急に手を繋いだことで翔太はさらに顔を赤くし、心臓の鼓動を早める。
「正直ね、今こうやって話すまで翔太くんのことちょっと怖かったんだ。」
「えっ!? なんで!!?」
「だっていきなり魔物? と闘って血塗れになって……あの戦い方は本当に怖かった。なんていうか……本能的な怖さ?」
「でも今はそうじゃないんだよね。正直あの時の翔太くんは今でも怖いけど……今の翔太くんは怖くない。」
「そんなに違うかなぁ……?」
日本にいた頃から俺は怖いだなんて言われたことがない。それはゆきはもちろん他の友達の誰にもだ。だからこそゆきにそう言われてしまって少し落ち込む。
「全然違うよ。二重人格だって言われても信じちゃうくらい。」
「確かに闘ってる時はあんまり余裕がないから……だからかな?」
「うん。今の翔太くんの方がいいよ。まあドキドキはしないけど。」
ドキドキしないって……男として、って言うか彼氏として一番致命的な言葉をさらりと言うなこっちのゆきは。でもーー
「いいよ、いつかときめかせてやるから。」
「……へー、かっこいいことーー」
「あ、ごめんやっぱ今のなしで。恥ずかしい。」
「肝心なところでヘタれるな!」
ゆきのけらけらという笑い声が空に溶けていく。今はこれでいい。冗談めかしても、ゆきにはっきり言えなくても。それでも自分にはしっかり言い聞かせるんだ。
「そういえばさ。」
「ん? 何?」
「私この前福田君? に告白されたんだよね。」
「えっ!? ちょっ……それはずりぃ!」
あの野郎ゆきが記憶なくしてる時を狙いやがったな! 確かに今のゆきはフリーみたいなもんだけどさぁ! 汚ったねぇ!
「そっ……それでどう答えたんだ?」
「んー……内緒。」
そう言ってゆきは唇に指を当て、俺に悪戯っぽく笑いかける。
「だからさ、あんまりゆっくりしてる時間はないかもよ?」
……やっぱりさっきの発言取り消さない感じで進めれませんかねゆきさん……