146.強くなるための近道
気がついたら1ヶ月経ってる
時が経つのは早いものです
1時間ほど剣を降り続けると、翔太以外の全員の顔に疲労の色が表れ出す。
「きゃっ……」
「おっと、大丈夫か?」
とうとう限界が来たのかバックステップに足がついていかず尾崎がその場で崩れ落ちる。しかしそれを見た翔太が尾崎の体を支え、立ち上がらせる。
「え……ええ……ごめんなさい……大丈夫……よ……」
尾崎は呼吸を荒げながらも無理やり立ち上がる。
「辛いだろうけど頑張れ。極限状態でこそ見えてくるものがあるから。それを掴めば一気に慣れるはずだ。
「うぉぉぉぉぉ!!! 翔太ぁぁぁぁぁ!!! 腕めっちゃ痛い!!! ちぎれる!!!」
「安心しろ。俺も痛い。でも意外とちぎれないから安心しろ。ガチでヤバかったら勝手に意識飛ぶから。」
「ス……スパルタァァァ!!!」
辛そうな顔をしている多田だが、剣を振る腕は止めていない。その剣は最初と比べて目に見えてわかるほど上達していた。
「大宮君……ごめ……もう……動けない……」
そして次に根を上げたのは田中だった。彼はかなり小柄で、腕力もあまりない。ただの素振りでさえ彼の体は耐えきれなかったようでその場に倒れるのを翔太が優しく受け止める。
「太一! 翔太これやべーんじゃねーの!?」
「わからんけどとりあえず二人倒れたしもう今日はやめといたほうがいいな。全員今日は部屋に戻って休んどきな。」
翔太が山田を抱え上げ、部屋に戻ろうとする。それに合わせて全員剣を下ろし、構えを解く。
「……はぁ、1日程度で追いつけるとは思ってなかったが全く追いつけている気もしない。参考までに聞きたいんだが翔太は毎日どのくらいの訓練をしたんだ?」
「毎日気絶するまで。最近は加減がわかるようになってきたから気絶する一歩手前で辞めてる。」
「……全く参考にならん。」
「骨だけは折らないように気をつけろよ。骨折ったら治すの大変だからな。」
「いや骨折るまでやるつもりねーよ……翔太は? 帰らねーの?」
「俺はあと少し素振りするから気にすんな。この程度じゃやったうちに入らねーし。」
翔太の発言にドン引きしながら三人は自らの部屋に戻る。全員が全員体にきているようで、ゆっくりとした歩き方だ。
「若本、お前あれ毎日続けれる?」
1時間。時間だけで聞くとそう長くは感じないが常に全力で振ることを求められた訓練は、決して軽いものではなかった。今回倒れたのがたまたま山田と尾崎だっただけで多田も若本もいつ倒れてもおかしくはなかった。
「続けるさ。いつまでも翔太達におんぶに抱っこでいるわけにもいかないだろ。」
「そーだけどよ……身体中痛くて痛くて……せめて途中休みでもなけりゃやってらんねーよ。」
「休みたければ勝手に休めばいいじゃない。別に誰もあなたにやれなんて言ってないわ。」
「そりゃそーなんだけどさー……尾崎さんもやる気なの?」
「ええ。私はもうあんな目はごめんだから。もう二度と理不尽に巻き込まれないように。例え理不尽に巻き込まれても跳ね返せるくらい強い力が欲しいの。」
「でもさー……尾崎さんみたいに強い魔法あるならそっち伸ばした方が強くね? 俺と違って固有魔法単体で十分強いんだからさ。」
多田が吐いた言葉は羨望に近いものだった。多田の固有魔法「学習魔法」は体感した限り学習能力が高まる魔法だ。それはどうしても努力が前提で、最初から強いものではない。しかし尾崎の「氷魔法」は違う。彼女の魔法は強力で、その威力は基礎の四魔法とはレベルが違う。事実彼女は王宮での訓練で制限付きではあるが騎士団副団長に勝利を収めている。それは多田の憧れる「強さ」の一つの形と言えるものだった。
しかしその言葉の意味を理解した上で、尾崎はその言葉を鼻で笑った。
「バカね。それだけじゃ届かないことはわかりきってるじゃない。このままじゃ大宮君達にすら勝てないわ。」
「そーだけどさぁ……辛いとはいえあんな訓練いくら続けても翔太に追いつける気がしないんだよ。実はあいつ特殊な魔法を授かってましたとかあるんじゃねぇ?」
厳しいとはいえやっていることはただの素振りだ。どれだけ素振りが上達しようとそれが全て強さと直結するとは思えなかった。
「……それは……そうだけど……」
「な? な? だからさ、ちょっと翔太の訓練覗いてみね? 俺たちに隠れて何か特別なことやってるかもしれねーし。もしかしたらそれ見た方が早く上達するかもよ?」
そう言って悪戯げに笑って来た道を引き返そうとする多田。尾崎達は呆れながらも多田の後をついていくのだった。