145.剣の原点
お久しぶりです
「おやすみ。ゆき、百瀬。また明日な。」
「うん。ありがとう翔太君。また明日。」
神城と百瀬の二人を部屋まで送ると、翔太は先ほどまで勉強をしていた部屋へと戻る。戻った頃には全員がのっそりと起き上がり各々の部屋に帰ろうとしているところだった。
「あれ? 翔太どしたん? 何か忘れ物?」
「ああ、まあ物もだけど……さっき約束しただろ?」
そう言って翔太は部屋の隅に放置していた木剣と剣を拾い上げ、木剣の方を多田に投げ渡す。乱雑に投げ渡されたそれを多田は両手でしっかりとキャッチし、呆然と翔太を見る。
「え……? イヤイヤ……今から?」
「そう、今から。俺も2日ほど修行サボってたしついでに教えようかなと。無理ならやらなくてもいいけど。」
「……ずるいなぁ。そんな言い方されちゃあ引き下がれないに決まってんじゃん。」
「よっしゃ! じゃあ戦い方を知りたいやつは外に出ろ! 剣術しか教えられねえけど教えてやる!」
翔太が声をかけると数人の生徒が立ち上がり、準備を整えると翔太の前に立つ。
「えーっと全部で……4人か。んじゃ先に外に出てストレッチでもして待っててくれ。俺は準備整えていくから。」
「なー……俺たちがあいつの剣術教えてもらってあのレベルまでたどり着けると思う?」
「無理じゃないかしら。あんなの一朝一夕で身につくようなものじゃないわ。」
多田の問いかけに答えたのは尾崎だ。たしかに多田にも訓練したくらいであそこまで速く、鋭い剣戟を繰り出せるとは思わない。しかしそうなると多田には一つ疑問が浮かんだ。
「でもさー……翔太って別にあっちの世界でも剣道とかやってなかったじゃん? それなのにこっちに来て2ヶ月くらいであそこまでいけたんならできるんじゃね? って気もするんだよなー」
「お前なぁ……翔太だってそんなに簡単に身につけたわけじゃないだろ。逆に言えばあいつはこの2ヶ月であそこまでの技術を身につけるほどの死闘を繰り返し続けていたってことだろ。」
そう言いながら若本は翔太のことを思い出す。昨日の夜、水浴びをしていた時にちらりと見た翔太の体には、無数の傷が残っていた。その傷はどれもこれもが激戦の跡を感じさせるほどの存在感を放っており、翔太がここに来るまでに払った犠牲を嫌でも感じさせられた。
「だよなぁ……やっぱそれができたのも神城への愛ってやつ?」
「改めて口に出すと恥ずかしいが……まあそうだろうな。それだけであそこまで強くなるなんてな……」
「悪い、待たせたな。剣の代わりになりそうなものかき集めてきた。誰がどれ使うかはじゃんけんな。」
そう言って戻ってきた翔太の手には4本の武器が握られていた。木剣が1本に真剣が1本、そして木の枝が2本だ。
「こっちの真剣はグレンから借りたやつだから壊すなよ。こっちの枝だけだな。壊していいやつは。」
「いや……そんな棒で剣術が身につくとは思えないのだけれども……」
「まあ剣も棒も似たようなもんだよ。大して変わらんって。」
「達人とは思えない適当さだな……」
そう言うと若本は手を前に突き出し、じゃんけんを取る姿勢を作る。
「剣は危ないし棒は論外……木剣一択ね。これは負けられないわ。」
「そう? 俺は剣振ってみたいけどな。とはいえ棒が論外なのは同じく! 負けられねーぞー!」
「僕も木剣かな。剣なんて重いものを触れる筋力はないから。」
尾崎、多田、山田の三人も同じ姿勢を取る。ちなみに山田とはこの場にいたもう一人の訓練志望者だ。
「はい、じゃーんけーん……ぼん。」
翔太のかけ声とともに四人はじゃんけんの手を作る。三人がグーで一人がパー、一人勝ちだ。
「よっしゃ勝ったぁぁぁぁ!!!」
「……まあ多田くんなら剣を取るでしょうし構わないわ。」
「そのとーり! 俺はその剣ね!」
「オッケー。刃はほとんどないけど危ないから気をつけてな。」
翔太が多田に剣を投げ渡す。もちろん鞘に収められた状態だが、それでも多田は少し身構えて受け取る。
「わわっ……あぶ……ってか重っ! 剣ってこんな重いん!?」
「まあそこそこ重い。正直慣れてないうちから真剣振るのはあんまりオススメしないけどまあガンバ」
「うぉぉぉぉぉ!!! 唸れ俺のコスモォォォォ!!」
「あいつ頭いいのか悪いのかわかんねぇな。」
叫びながら剣を振る多田を見て若本がそうこぼす。剣を持ってはしゃぐ多田の姿はとても天才少年には見えない。
「間違いなくアホだろ。んじゃもう一回じゃーんけーんぽん」
その後も特に波乱なく勝負が決まる。2回のあいこの末、木剣を獲得したのは山田だった。
「……この枝持ち手のところがささくれているのだけれど。」
「我慢で。」
「あの……やっぱり僕の木剣と交換しようか? 手に刺さったら危ないし……」
「私は施しは受けないわ。それはあなたが勝ち取ったものよ。あなたが使うべきだわ。」
静かながらも強い口調で尾崎が言い切るも、聞きようによればかっこいいセリフだが、枝の持ち手のささくれを丁寧に取り除きながらなので微妙に締まらない。
「それじゃ早速初めていこうか。まず素振りからだな。俺が前でやって見せるからそれを見ながらやってみて。」
翔太がその場で剣を青眼に構える。四人の注目を受けながら剣をゆっくりと振り上げ、まっすぐと振り下ろす。空を切り裂く音が響き、周囲の木の葉が軽く舞い散った。
「うおっ……」
「……さすがね。」
続けて翔太は剣の持ち手を返し、そのまま切り上げる。そしてバックステップを取り、平青眼の構えから突きを放つ。流れるように繋げられたコンボにその場にいた四人は息を飲む。
「初めはゆっくりでいい。丁寧に動きを真似ていけば速さは後からついてくるから最初はしっかり見て、真似てくれ。」
めっちゃ長持ちする木剣さん
グリモリアの城からずっと折れずに保ってます。あと翔太の持っている剣とはガイラスのスピリトゥスのことです。