144.しっかり目を見て話す
「よし、これで終わりだ。私が今教えたことを全部覚えてりゃこっちの人間とも会話できるだろうよ。」
「ごめん半分くらいしか覚えれてない」
アンナの授業が終わった頃、最後までついてきていた数少ない生徒である翔太が答える。ちなみに残っているのは翔太、多田、ゆき、サリアの四人だけである。
「まあそんだけ覚えてりゃ大丈夫だ。あとは無理矢理にでも町の奴らと話して吸収するんだな。机の上で教えられるのは基礎だけだから。」
「ありがとうアンナ先生!」
「……ふん、そういう約束だからな。一日で済んだだけ楽だ」
そう言ってアンナは感謝を告げる多田から目をそらす。急に目をそらされた多田は不審に思いアンナの両頬を掴んで無理矢理自分の方を向かせる。そしてその顔を見て笑みを浮かべた。
「アンナ先生照れてんの? かわいい!」
「なっ……なにを……かっ……かわいいとかそんな冗談は……」
「かわいい!」
「〜〜〜ッ! もういいからっ! そう言うのいいからもうさっさと寝なさいよ! あと離して!」
アンナが多田の手を振り払い、その場から逃げるように去っていく。その場に残された多田はケラケラと笑いながら座り込む。
「アンナ先生クソちょろいな。あの人変な男に騙されないか心配だわ。」
「今まさに変な男に騙されてたな。ってか多田お前よくあんなことできんな。現実であんなことやるの瀬川だけだと思ってたわ。」
「瀬川君もいないし今なら俺でもワンチャンあるかなって。あ、ゆきちゃん俺どう? 翔太に飽きたらいつでも俺のとこ来てくれていいんだよ?」
「殺すぞ豚が」
軽口で神城を口説いた瞬間、翔太が多田の目の前に立ちふさがる。ちょうど神城と多田を遮るような立ち位置で多田を睨みつけた。
翔太に睨まれすくみ上る多田。そんな中渦中の少女が恐る恐る声を上げる
「しょ……翔太君! そんな怖いこと言ったら……だめ……だよ……」
「ごめんなさい!」
「はやい!」
消え入りそうな神城の声に即座に反応した翔太は頭を下げる。そのあまりの早さに先ほどまでに怯えていた多田は笑っていた。
「はぁ……こーんなバカそうなのに君たち全員私より覚えはやいって……ヘコむ……」
「大丈夫っすよ! 俺バカな娘も好きっすから!」
「バカじゃないからね!? 君たちがちょっとおかしいレベルなだけで……普通私くらい覚えれてても驚かれるくらいだと思うんだけど……」
そう言ったサリアの覚えた言語の理解率は40%近くにまで及んでいた。後半になると単語だけでなく文法なども教えられ、全て覚えていればネイティブになれる量での40%だ。人間が一晩に覚える量としては驚異的だと言える。
「まーそっか。俺も魔法なければここまで覚えれはしなかったと……できないかな?」
元学年4位の成績を持つ秀才、多田次郎。
そんな彼が学習魔法まで使って本気で覚えた言語の理解率は実に80%にも及んでいた。サリアの倍近く理解しており、それはもはや一般常識以外はなんの問題もないレベルであった。
「だとしても……魔法なしで私以上に覚えてるそっちの二人は何なのさ……わけわかんない……」
「努力と集中力」
「えっと……聞いたことを何度も反復して……自分のペースでついていく……みたいな……」
「さすがゆき!」
無表情で答えた翔太は、しかし神城の答えを聞いて笑顔で神城に向き直る。その豹変ぶりにサリアは大きく溜息を吐いた。
「はぁ……全く参考にならない……もういいや、とりあえず私部屋に戻るから……ほら芽衣子、凛、戻るよ。」
「……ん? ああ、終わったのか。」
「頭痛い……」
そう言ってサリアは完全に熟睡していた樋口と途中から処理能力が限界を超えて頭を抱えていた小林を連れてこの部屋から出て行ってしまう。連れてといってもサリア自身もかなり疲労しているのか引きずるように二人の手を引き、最終的には樋口に連れられて三人は部屋を去る。
「それじゃここでお開きってことで。ゆき、部屋まで送るぞ。」
「あ……うん、ありがとう翔太君。えっと……百瀬さんも一緒に戻ろう? みんなも、こんな所で寝てたら風邪引いちゃうよ?」
神城が近くでうつ伏せになっている百瀬達に声をかけるが、反応はない。それでも諦めずに声をかけ続けると、やがて観念したのかちらほらとクラスメイト達は起き上がり始める。
「……せっかく空気読んで寝たフリしてたのに……」
「……これもしかして俺と2人になるの避けられてんのかな?」
「いや……多分違うよ。ただ天然なだけじゃない?」
神城に聞こえないように翔太と百瀬が小声で会話をする。二人きりになりたくないと言う意味が込められているのかと深読みする翔太と、ただ天然なだけと笑みを浮かべて言い切る百瀬。解釈が異なる二人だが、考えていることは二人とも同じだった。
「? 何を話してるの?」
「いや、ゆきは可愛いなって。そう話してただけだよ。」
その言葉を聞いて神城は一気に顔を赤くする。結局のところ、二人ともどうしようもないほど神城ゆきのことが大好きなのだ。その気持ちは、昔から変わっていない。
「……俺にあんなこと言っといて、自分も真顔で可愛いとか言ってんじゃんか……」
その言葉は誰にも届かず霧散する。
そう一人呟いた少年は軽く溜息を吐くと、三人の様子を笑って見ていた。
しっくりこないんで神城ゆきの三人称を「ゆき」から「神城」に変えました。前話までの修正は気が向いたらやります。