134.積み重ねた重み
いける……いけるか?
樋口芽衣子はクラスの中でもかなり強い生徒だった。威力のある魔法を連発し、魔物の群れをも一人で壊滅させるほどの強さを誇り、クラスの中では『一軍』と呼ばれ、レベルも相当に高かった。おそらく今ここにいる中では一二を争うレベルだろう。そんな彼女が容易くあしらわれたという事実は勇者達の自尊心を砕くには十分すぎた。
「んじゃ次俺行っていいかなぁ?」
そんな中もう一人の『一軍』、神崎隼人が名乗りをあげた。彼は戦闘訓練をほとんどサボり、レベルも低いというのにトップ連中と渡り合っていた生徒だ。
「いいよ、相手は私でいいのかな?」
「いいや……大宮! いいか?」
神崎が翔太を選んだことにより、一気にクラスメイト達はざわめき立つ。片や勇者トップクラス。片や勇者ですらない落ちこぼれ……だった者。しかし道中での闘いぶりを見た今、翔太が強いのではないかと全員が察し始めていた。
「わかった。やろうか……ゆき、ちょっと下がっててくれ。」
特に何も思う所のないように翔太は木剣を取り出す。
「あーちょい待ち。そっちだけ武器持ってるってのもずりいからさ、俺にも武器貸してくれねえ?」
「確かにそうだな。グレン! 木剣持ってるか?」
「持ってないです!」
「んじゃ普通の剣でいいや、貸してやってくれ。」
「はい!」
グレンから剣を手渡されると、神崎は嘲笑うように言葉を紡ぐ。
「なにそれ? 余裕の表れってやつ? これで負けたら恥っずいよ? 神城ちゃんも見てるしさ〜」
しかし神崎のその言葉への返事はない。翔太は木剣を持った状態で、構えもせずに集中していた。
「俺なんか眼中にねぇってか? ムカつくなぁ、落ちこぼれの勇者もどきのくせによぉ!」
神崎が駆け出し、翔太に斬撃を繰り出す。その斬撃は荒いが暴風雨のように翔太に降り注ぐ。
「魔法で来ると思ったかぁ!? 甘えよ! お前の得意な分野で叩きのめしてやるよ!」
翔太は全ての斬撃をかわし、いなす。するとその剣筋を見て、何かを思い出したかのように呟く。
「なるほどな、そういえばお前の魔法は……」
「くっちゃべってる余裕あんのかぁ? ほらほらほらほらぁ!」
『模倣魔法』それが神崎隼人の持つ魔法。文字通り誰かの動きを模倣する魔法だ。それにより彼は今、翔太の剣を模倣していた。彼の強みは他社の動きを模倣する『能力』と、それをうまく扱う『センス』だ。縦横無尽に襲いかかる斬撃を受けることにより翔太の木剣は削られていく。彼は完全に翔太を圧倒してみせた。
「やっぱり落ちこぼれは落ちこぼれだなぁ! 自分の得意分野で負けるってどんな気分だぁ?」
神崎が何を言おうと翔太は返事をしない。本当に聞こえているのかと疑ってしまうほどなんの反応もないのだ。そんな翔太の態度に神崎は軽く舌打ちをし、また口を開く。
「喋る余裕もないってか? そうだ、これで俺が勝てば俺が神城に告白しようか、記憶がない今なら案外ポロっとオッケーしてくれたりな?」
小さな声で翔太にだけ聞こえるように囁かれたその言葉を聞いて翔太は目を見開く。そしてすぐあとに明らかに動きが変わる。全ての攻撃を完全に読んでいるかのように回避し、そして予測していた一つの斬撃を真っ向から迎撃し、神崎の剣を真っ向から打ち砕き彼の腹部を打ち付けた。
「かっ……はっ……」
「確かに俺のものに似てる剣筋だけど……それでも。」
翔太が木剣をベルトに固定し直す。旅の初めから使い続けてきた木剣は、もはやかろうじて形を成しているほどにボロボロだった。
「魔法一つ簡単に手に入れられるほど、軽いものじゃねえよ。剣もゆきもな。」
腹を打ち付けられた神崎は、苦しそうにもがいたのち地面に力なく倒れ落ちる。
「サリア、治療頼……」
そして倒れた神崎を見てゆきは駆け寄り、すぐさま傷を治してみせた。彼女の手のひらから漏れ出す温かな光が神崎の体を包み込む。すると彼の表情が苦しそうなものから安らかなものへと変わっていく。そしてその表情を見るとホッとしたように胸を撫で押し、すぐに悲しそうな目で翔太を睨みつけた。
「なんで……」
「いや……違うんだ! これは……」
翔太が弁明するより先にゆきは部屋へと走り去っていく。走り去る彼女の目には薄っすらと涙が浮かんでいた。
「待ってくれ! 違うんだ! ゆきぃぃぃぃ!!!」
そしてゆきが走っていったすぐ後に翔太は彼女を追いかけ去っていく。二人がいなくなって、残されたのは微妙な空気だけだった。
「えーっと……まあこんな風にね……うん。よし! レベル上げよう! 強くなりたいやつはついてこーい!」
その空気に耐えかねたサリアは宿の入り口を開け放って外へと駆け出す。一拍置いた後にリリア達や、倒れている神崎を担いだグレン、そして勇者達もサリアについて駆け出した。
街の外に出て、自分たちが来た道を辿っていく。情報収集もろくにしていないため、あまり街から離れないように常に街を視界に入れた状態で魔物を探して歩く。
目当ての魔物は少し歩くだけですぐに見つかった。大きな熊のような姿をした魔物、エレメントベアだ。2匹のエレメントベアがサリア達の前に立ちふさがる。
「うおっ! やっぱでかくて強そうだな……」
「さて……私たちは戦わないから最初は君たちだけで戦うといいよ。2匹くらいなら多分なんとかなるだろうしもし危なくなったら助けてあげるからさ。」
「えっちょっ待っ……うぇぇっ!?」
完全に気を抜いてエレメントベアに近づいた男子生徒。しかし当てにしていたサリア達が戦わないと聞いてすぐに後ろに逃げ出し、ついさっきまで男子生徒がいた場所をエレメントベアの爪が切り裂いた。
「戦ってくんねぇんっすか!? なんでぇ!?」
「いや私たちが戦っちゃ君たちのレベル上げにならないでしょ……」
レベルはダメージを与える、もしくは戦闘によって何かコツを掴んだり経験を積めば上がります。全く何もせずに馬車にいる仲間のレベルが自動的に上がったりはしません。ドラ○エではないのです。