129.ありがとう
「《フレイムランス・トリプル》」
「《ウィンドピアサー》」
グレンとサリアの放った魔法が目の前の魔物に命中する。炎と風の槍により魔物を焼き払うも、目の前の熊のような魔物は全て受け止め、まっすぐに襲いかかってくる。
「くっ……グレン君! 攻撃は任せた!」
そう言ってサリアは魔物の目の前に立ち、迎撃に専念する。敵意のこもった鋭い攻撃を、うまく剣で逸らし続ける。
「はいっ! そおっりゃっ!」
そしてグレンはサリアに注意を惹きつけられている魔物の背後に回り込み、攻撃を仕掛ける。攻撃するグレンのその手にはホーンビーツの角が握られていた。
一度だけでは致命傷には至らず、その後も何度も繰り返し攻撃を仕掛ける。そうしているうちにだんだんと魔物の力が弱まっていき、そして地面に倒れた。
「はぁ……はぁ……何この魔物……めちゃくちゃ強い……」
「ほんとですよ……一体倒すのにこんなに……」
そう言ってグレンは先端が丸まり、ヒビの入った武器を見せる。
「魔王城の近くだからか強い魔物が多いですね。」
「リリアちゃん、そっちは大丈夫だったの?」
一時的に後方を二宮に任せリリアとアンナが状況説明をしに来る。彼女達も数匹の魔物と交戦した後だった。
「はい、アンナさんがほとんど一人で何とかしてしまっていました。」
「エレメントグリズリーをこっちで見たのは初めてだったけど……弱点も同じでよかったわ」
「弱点知ってたなら教えてくれればよかったんじゃないかなー?」
「あれー? あのサリアさんともあろうお方がエレメントグリズリー程度もまともに倒せないっておっしゃるんですかー?」
「チッ……まあ私じゃなくて……」
そう言ったサリアの視線の先には数十にも及ぶ魔物達の死骸の上に立つ翔太の姿があった。かろうじて致命傷は避けているが全身から血を流し、ところどころ肉も抉れている。ほとんど戦闘不能状態だというのに倒れることはせず、幽鬼のように立ち尽くしていた。
「あー……なるほどね。確かに戦い方見たけどすごかったよ。下がってろって言ったのにふらーっと前に出てきて、それで致命傷以外の攻撃ほとんどかわさない。ほんと死にたいのかって感じの戦い方だったわ。」
「フォウル君もフォローせずに消えて行っちゃうんだもんなぁ……」
そう言ってサリア達が話していると中央の集団から一人が飛び出し翔太の元へ駆け寄る。
「……大丈夫? 身体中ボロボロだよ?」
「ゆき……」
歩み寄った少女……ゆきが翔太に語りかける。ボロボロでありながらも、ゆきの語りかけに翔太は力なく応じる。
「回復魔法……えっと、《ライフタッチ》」
「俺に回復魔法は……ってえ?」
ゆきの使う回復魔法が翔太の体を癒していく。魔物によって裂け抉られ肉も、激しい訓練によって砕けた骨や筋肉も、その全ての傷がまるで早送りのビデオのように元の状態に復元されていく。
「効いてる……まさか……《ステータス》」
そのことを異常に思った翔太は、自身にかけられたステータスレスの効果が失われたのかと思いこの世界に来て以来のステータス開示を試みる。しかし相変わらず自分のステータスは表示されず、存在しないままだ。
「えっと……よくわからないけど助けてくれたお礼に……助けてくれてありがとう。」
それはゆきにとっては今魔物達から助けてくれたお礼だったのだろう。事実サリア達にもお礼を告げて回っている。しかし翔太にとってはその言葉はなによりも効果的だった。
ゆきが殺され続けたと聞いて最初に考えたことは強大な罪悪感だった。彼女の身を案ずるのではなく、約束を守れなかったことへの罪悪感が最も強く残った。それを晴らすために無謀にも魔王や魔物に命を捨てるつもりで挑んだ。しかしそれらは決してゆきのためじゃなかった。自分が許されるためだったと、今ゆきの言葉を聞いて思い知らされた。
ゆきのためを思って魔王に仇討ちを挑む?
違う。ゆきのためを思うならゆきのそばにいてあげるべきだった。本当にゆきの心配をしていたなら、何がなんでもその場からゆきを連れて逃げるべきだった。それをしなかったのはただの俺のワガママだった。
しかしゆきは違った。記憶を失い見知らぬ人間に囲まれた中で魔物に襲われても、それでも逃げることもせず、怒ることもなく俺のことを心配し、感謝の言葉を述べた。
昔からそうだった。自分のことなんか二の次で、人のことばかりを気にしていた。
俺はそんな彼女に憧れたんだ。記憶がなくなっていても関係ない。目の前にいる彼女こそが、俺の好きになった神城ゆきだ。
「ごめん……ごめん……今度こそ……2度とお前を離さない……絶対にお前の側から離れないから……」
「ちょっ……やめてくださいっ!」
ゆきに抱きつくも腕を間に挟まれ、弾き飛ばされる。さすがにゆきの腕力で転ぶことはなかったが、少し剥がれた隙に距離を取られる。
「もうっ! いきなりそんなこと言われても困ります!」
「ゆき! 大好きだ!」
「話聞いてないっ!?」