121.潜入
2週間はあかんて……せめて1週間やろ……
「ショウタの目的はカミシロの救出だろ。ならばそれを第一に動く。他の勇者たちもだな。それを達成できればあとは逃げる。もし魔王と戦うにしてもそれは今じゃダメだ。……それでいいか?」
「拙者はそれで構わないでござるよ。そもそも拙者は魔王討伐なんてそこまで興味がないでござる故。」
「今戦えないのは残念ですけどまた今度戦えるって言うなら俺も大丈夫です!」
「私も、今のままで勝てるとは思ってませんから。それで大丈夫です。」
「うん、うん。それで行こう。確かに魔王は危ない。魔王はダメだ。」
「私もそれでいいよ。こうして聞くと意外と魔王討伐に固執してるのってリリアちゃんだけじゃないかな。」
全員が賛同する。サリアの言う通りこの中で魔王を倒したいと思っているのはリリアだけだ。俺も思うところはないでもないがゆきへの想いの方が強い。
「……それは確かに理想的だけど、できるのか?」
何が何でも魔王と戦わないといけないってわけじゃない。確かにタドムとの約束もあるが、それよりも俺はゆきを救いたい。約束を果たすのはその後だ。
「魔王倒すよりかはまだ可能性はあるな。大前提として魔王城に隠密しなけりゃならないが……」
「それなら大丈夫よ、城内の道は殆ど覚えてる。人……魔族通りの少ない道を行けばなんとか……」
おっさんの言葉に今まで黙っていた二宮が割り込む。そして今までまっすぐに飛んでいた彼女は少し高度を上げる
「さて、もう後3分も飛べば魔王城に到着するわ。準備はいいかしら?」
そう言われて視線を前に向けると、その先には巨大な山脈、そしてその頂にそびえ立つ巨大な城が目に入る。城といっても荘厳な雰囲気のものではなく、禍々しい魔力が溢れ出すものだ。
「……最後に状況だけ確認させてくれ。二宮はゆきが捕まってる場所を知ってるんだよな?」
「ええ、魔王城の地下よ。ちなみに魔王は最上階だからなんとか会わずに済みそうね。」
「わかった。最短距離でそこまで辿ろう。ゆき達を救出し次第すぐに脱出する。もしその道中で接敵した場合は速攻で倒す。」
俺の言葉に皆黙って頷く。唯一アンナだけはよくわかっていないような顔をしているがそれでもいい。むしろそれでよく付いてきてくれたもんだ。
「……準備オッケーだ。いつでも乗り込んでくれ。」
「……オッケー、城についたら私が先導する。結構なスピードを出すから遅れないでね。」
そう言うと二宮は加速し、ぐんぐんと城に近づいて行く。そして減速することなく城と地面のスレスレを飛行し、城目前で変身を解く。急に足場を失うものの、乗っていた皆は全員上手く着地を決め、地面に降り立つ。
そして全員が無事なのを確認し、二宮は城の壁を切り取って入り口を作る。当然のごとく無詠唱魔法だ。
「今からなるべく声を出さないように、出すとしても極力小さな声で、聞こえるか聞こえないかくらいにして。」
二宮の言葉に全員頷き素早く走る。さすがと言うべきか二宮の速度はかなりのもので、普通ならかなり大きな足音が響くはずだ。
「《音殺し・範囲指定》《探音》」
リリアが三重に魔法を展開すると、俺たちの発する音が消える。遺跡でリリアが使っていた魔法だ。
「これで私の声以外の私たちの発する音は私の声以外完全に消えました。返事はいりません。敵がいれば私が伝えます。行きましょう。」
リリアの言葉を聞き頷く。何人かは返事の声を出そうとしていたみたいだけど誰も声を出せない。リリア以外の声も殺しているんだろう。
「そこ右から来ます。もう少し速度を上げて駆け抜けましょう。」
「その先に2人います。別の道を行きましょう。」
「さっきの二人がこちらに向かっています。速度を上げて引きちぎりましょう。」
リリアの言う通りに二宮が道を駆け抜ける。時折見つかりそうになることもあるが、音がなければ案外気付かれないものらしい。幸い今まで誰にも気付かれていない。
「さあ、ここから真っ直ぐの道は敵は一人もいません。一気に行きましょう。」
リリアの言う通りに真っ直ぐの道を突っ走る。その道の先には地下への階段があり、目的地は近いことを感じられた。
そう思い勇み足で踏み出すも突然襟首を引かれ後方に吹き飛ぶ。文句を言おうと口を開いたその瞬間に、先ほどまで俺がいた場所に轟音とともに何かが降ってきた。
見上げんばかりの巨大な体躯、鋭い爪に牙、さらに金色の毛に覆われたその体は毛の上からでもわかるほどの筋肉に包まれていた。
「ふっはぁっ! うまく忍んでいたようだが俺の鼻は誤魔化せんぞ!」
犬……いや、狼のような顔をした男がそう叫ぶ。人間の体に狼を混ぜたようなその男は笑みを浮かべ歩み寄ってきた。
「……ッ! 死を司る冥界の王よ、彼のもののーー」
「カァッ!」
リリアが詠唱に入ると同時に動き出していた狼の魔人はリリアに向け鋭い蹴りを放つ。くの字に折れ曲がったリリアの体は凄まじい勢いで後方に吹き飛び、数十メートル後ろにあった壁に激突する音が聞こえた。
「ーーーリリアッ!」
「リリアちゃんっ!」
リリアが吹き飛ぶと同時に周囲の音が蘇る。相当なダメージを受けたのだろう、急いでリリアの元に駆け寄るとリリアは力なく地面に倒れ込んでいた。その姿を見たサリアが急いでリリアに回復ポーションを飲ませることでなんとか意識は取り戻したが未だ危険な状態だ。
「貴様ァッ!」
皆がリリアを追って引き下がる中、おっさんだけは狼魔人へと斬りかかっていた。
狼魔人の首を狙った一閃はその場にいた誰もが視認できないほどの速度で斬りかかる。音を置き去りにするその剣を、狼魔人はほとんど反射だけで回避した。
「く……くぁっはっはっ! 流石はあの魔王を一度倒した勇者と言うべきか!」
狼魔人の首から血が吹き出す。かすり傷程度の傷ではあるが、狼魔人は首を切られても全く動じずに、むしろ笑っている。
「なかなか鋭い一閃である! しかし浅いわぁっ!」
「ショウタァッ! お前らは先に行けぇっ! こいつは俺がなんとかする!」
狼魔人とおっさんの爪と剣が甲高い音を立て打ち合う。そんな中で一際大きな声でおっさんが叫ぶ。
「馬鹿言うなよおっさん! 俺たちだって……」
「さっさと行けって言ってんだろうがぁっ! こんなとこでもたついてカミシロが助けられなくなってもいいってのか!」
「……ッ! 絶対後で追いかけてこいよ!」
「ったりめぇだバカ! 早く行けっ!」
俺はリリアを背負い、おっさんの脇をすり抜けて前へ進む。フォウル達もその後をついて走り抜けられるようにおっさんが狼魔人を食い止めてくれていた。
「ガイラス殿! 拙者達も残った方が……」
「いらん! それよりショウタを助けてやってくれ! あいつは弱っちいからな。」
フォウルの申し出をおっさんは一蹴する。事実おっさんの言う通りフォウルがこちらにいてくれればかなり心強い。なんだかんだでフォウルはこの世界で一番信用していると言っていい人間だ。
「……武運を、ガイラス殿。」
フォウルが決心した顔で跳躍する。狼魔人とガイラスの遥か頭上を飛び越えこちら側へと着地する……身体能力すげぇな、意味ないとこで使ってるけど。サリア達はふつうにおっさんの隣駆け抜けてるし。
翔太たちがガイラスを置いて地下への階段を下る。その音を聞き届け、ガイラスは息を吐く。
「ふむ。もう良いかな? 奴らは降りたようであるが……」
「はっ、わざわざ待っててくれたのかよ。優しいんだかバカなんだか。」
「なに、どうせやるのなら万全の状態の貴様とやり合いたかったのでな。守りに入った貴様を叩きのめしたいわけではない。それに……」
狼魔人は後ろに跳びのき、両の手の爪を突き出して構える。それに応じるようにガイラスは剣を正眼に構え、心を鎮める。階段を背にしたガイラスと、それに向き合う狼魔人。二人の間には異様な空気が流れていた。
「貴様を倒した後に、のんびりと追いかければ良い。」
「言ってくれるじゃねぇか……」
その二人がぶつかり合う。剣と爪がぶつかり合う音が激しい雷鳴のように何度も響き渡った。