111.ガイラス
ある村にガイラスという少年がいた。
その少年は村で一番の才覚の持ち主で、文武どちらにも長けていた。
村の魔法使いでさえ敵わぬほどの魔法の構築速度、精度を身につけ、それでいて身体能力も村一番の傑物だった。
そのことをよく思わない者たちもいた。戦闘を専門とし戦い続けてきた凡人達には、生まれついて才能を与えられた少年の存在は疎ましかった。
自身に向けられた悪意に耐えきれなかったガイラスは、その力を抑え、極力出さぬように、大人達を刺激せぬように努めて細々と生きることとした。
そんな少年の住む村に魔物が現れる。
珍しいことではない。普段なら村の自警団や魔法を使える者たちが数の暴力で押し返す。だがその魔物は強すぎた。
魔法使いの攻撃を弾き、自警団たちの守りを容易く突き破る。それは戦闘ではなく一方的な蹂躙だった。
だがそんな状況をひっくり返したのがガイラスだ。全身をボロボロに打ち砕かれながらも、魔法でその魔物をなんとか仕留めることに成功する。
周囲の人間達はガイラスの鬼神の如き戦闘に怯えていたものの、当の本人にはそんなことは気にならなかった。村の疎まれ子である自分が村の皆を救った。その事実にひどく高揚した。
「ああ、自分の力はこのために与えられたのだ」と
そのことをきっかけにガイラスは才覚を持ちながらにして、しかしなお驕ることなく研鑽を重ねる怪物と化した。
自らの力を研ぎ澄まし、皆を守ることは才能を与えられた自分の使命なのだと、本気でそう考えるようになっていた。
周囲から孤立し、友と呼べる存在を失い、かつて親だった存在と疎遠になっても研鑽を止めることはなかった。周囲から理解されない。それは力を持った人間の宿命なのだと受け入れた。
寂しくなかったわけじゃない、叶うのならば周りのみんなと同じような生活を送りたかった。友人と談笑し、畑を耕し、家族と過ごす。しかしそんな普通の幸せはもはや自分には許されない。それが力を持って生まれた自分の運命なのだ。
そんな男が世のため人のため、魔王を倒そうと思ったのは必然だった。
村を飛び出し、近くの町で冒険者登録を行い瞬く間に冒険者ランクを上げていった。村の外でもガイラスに敵うものはおらずあっという間に期待の新人として有名になった。
しかし冒険者ランクがBになった時、初めて敗北を経験する。
ミノタウロス。巨牛の悪魔と呼ばれる最強クラスの魔物であり、個体によっては竜種すらも上回るほどの力を持つという怪物。そんな怪物にガイラスは立ち向かう。もちろん理由もなくこんなことをしたわけではない。彼の背後には馬車を破壊され、腰を抜かして必死に逃げまどう商隊があった。
特段彼らと仲が良かったわけではない。せいぜい旅の道すがら二言三言会話を交わした程度の仲だ。しかし、それでもガイラスは彼らのために命を投げ捨てることをためらわなかった。
ガイラスほどの実力者ともなれば相手の力量を見極めることは容易い。目の前の化け物は自分では勝てないと、そう理解していながらも立ち向かった。
自分の命を削り時間を稼ぐ。1分でも、1秒でも戦闘を長引かせ商隊が逃げる時間を作る。ミノタウロスは手に持った大斧をまるで小枝のように振り回す。その猛攻はガイラスに魔法を放つ暇を与えず、ガイラスはギリギリ剣でいなすことしかできなかった。
一撃を凌ぐたびに骨が軋む。筋肉が裂け、血が噴き出そうとも、魔力が尽き、剣がボロボロになろうともガイラスは時間を稼ぐべく立ち続けた。
やがて手に持った剣は砕け、立ち上がることすらできぬほどに全身ボロボロになってもなお、ミノタウロスと戦い続けた。
しかしやがて終わりはやってくる。相手の攻撃を受けきれなくなり、大斧が頭に向かって振り下ろされる。そうしてガイラスは……死んだ。
次に目を覚ましたガイラスがいた場所は見渡す限り白一色の空間だった。自己が周囲に溶け込むほどの不自然な白は、しかしガイラスにとっては居心地の良いものだった。
その白一色の世界に異物が現れる。世界が歪み、新たな存在を生み出す。その行為はガイラスに白の世界がその存在のためだけに作られたもののように思わせた。
現れたのは少年とも、少女とも言えるような美しい存在だった。その存在はガイラスに向けて優しい笑みを浮かべ、力を与えた。心が折れぬ限り戦える手段を与えた。
それだけで、報われた気がした。自分の道が正しいと、初めて他者に認められた。
その時、ガイラスは神にその生き様を認められたのだ。
本当のことを言うと別に自分の生き方が間違っていると思ったわけじゃない。翔太の言葉にも多少は心を動かされたがそれだけだ。
ガイラスが本当に心を動かされたのは翔太の生き方にだった。本人は悪ぶって、神城のためなら誰だって殺すなんてことを言うだろう。でも翔太は絶対にそんなことはしない。
自分を殺さず助けようとしているのがその証拠だ。
翔太はわがままだ。どちらかを切り捨てろと言われても切り捨てることをせず、強欲に、我が儘に最善の結果だけを追い求め続ける。翔太が俺と同じ立場だったなら、自分も他人も全てまとめて救ってしまうだろう。
自分を捨て、他人を救うことを選んだ自分がバカらしくなるほど、その生き方は気高く、美しく思えた。
本物の、勇者だとそう思った。
そう思えたからこそ、今度は自分が勇者になるのではなく翔太が勇者になるように。この少年の誇りを守ろうと思った。それが今の俺の、夢だ。