110.それを人は「勇者」と呼ぶ
知覚不可能なほどの速度で放たれる横薙ぎの一閃を、ほとんど勘で受け止める。たった一撃受け止めただけで全身の力を削ぎ落とされたかと錯覚するほどの衝撃が走った。
続く二撃目、こちらがガードしていようがお構いなしにガードの上から攻撃を重ねる。さらなる衝撃が走り、体ごと吹き飛ばされそうになるのを必死で堪える。
「かっ……どうしたっ! こんなもんかおっさん!」
顔を上げ、虚勢をかます。しかし目を合わせた瞬間にはもう距離を詰められていた。おかしいだろ。なんでこの一瞬で距離詰めて構えて剣振り下ろすモーションまで完了させてんだよ。
縦に、袈裟懸けに振り下ろされた剣戟は、俺の身を切り裂く。かろうじてバックステップを取ったため致命傷は避けたものの傷口から血が溢れ出す。でもまだだ。
「どうしたよ! まだ俺は死んでねぇぞ!」
「うるせぇ! 少し防げた程度で調子に乗ってんじゃねぇ!」
下から切り上げるように振り上げられようとするおっさんの剣に俺の剣を合わせる。そしてすぐに距離を詰めおっさんの目の前まで顔を近づけた。
「結局のところあんたには俺は殺せねぇんだよ、当然だよな。殺したくねぇんだから。それでも俺のために無理して殺そうとしてんだろ。俺を強くするために!」
剣を合わせたところで普段ならおっさんが力を込めるだけで俺の剣は弾けるだろう。それほど俺とおっさんの腕力には差がある。
「……ッ! ああそうだよ! 俺は死を重ねて強くなった! 死を受け入れることで己の弱さを打ち消した! それが加護を受けた俺たちの唯一の道なんだよ!」
おっさんの剣に力がこもる。じりじりと剣が押し返されていくのを感じる。
「……確かに、俺がここまで強くなれたのは死なないというアドバンテージのお陰もある……でもそれだけじゃない。」
互いの力が拮抗し、剣がせめぎ合う。
「俺の強さは、絶対にそれだけじゃない。」
「……だったらッ! お前の強さとやらを見せてみろよッ! 翔太ァッ!」
おっさんの剣に弾かれ、その衝撃を後方に飛んで緩和する。おっさんからの追撃はなく互いに必殺の間合いに入り構える。
「ああ、言われなくても。この瞬間だけはあんたに負けられない。おっさんをその呪われた強さから解放するために、俺はその強さを否定する。あんただって本当は気づいてるはずだ。」
おっさんの構えに呼応するかのように全く同じ構えを取り、打ち合う。目で追うのが困難なレベルの剣速も、今なら対応できる。『困難』と『不可能』は違う。
「もう気づいてるんだろ? そりゃそうだよな、俺でさえ気づいたんだ、あんたほどの人間が気づいていないはずがねぇよ」
「うるせぇ! 俺はこの強さで……勇者になった、これがない俺なんて……勇者でもなんでもねぇんだよ!」
今までよりも一層激しい斬撃が俺の体をズタズタに切り裂く。技も剣筋もめちゃくちゃに崩れており、力のままに振るった剣だ。
「だからっ! 俺はその強さを否定するんだよ! あんたのその強さは孤独を呼ぶ、悲劇を呼ぶ! ベルナールさんやライアットさんと行動を共にしてないのもそれが理由だろッ!」
おっさんの剣をいなし、初めてこちらの攻撃が通る。といっても浅く、薄皮一枚を切った程度の攻撃だ。
「……違うッ! 俺は……俺はっ!」
「あんたはあの人たちの前で天才だった。天才であろうとし続けた。勇者という偶像にとらわれ周囲を寄せ付けぬほどまでに強い勇者を演じ切った。ああ! みんな騙されてたよ! 国も、あんたの仲間たちも。でも……あんた自身は気づいてたんだろ!」
俺の攻撃がおっさんの攻撃を押し返す。先ほどまで防戦一方だった剣戟は、気づけば反転していた。おっさんは俺の攻撃をギリギリでいなし続ける。
「あんたのその生き方は間違ってる! 己を殺し、周囲に尽くす生き方は高尚だよ……でもそれは『ガイラス』の生き方じゃない! あんたは勇者であろうと固執し続けるあまりに自分の生き方を捨てちまってんだよ!」
手に持った剣で力任せにおっさんの剣を切り上げる。それと同時に剣を手放すことで俺とおっさん、2本の剣を天高くカチ上げる。
「しまっ……」
上空に意識を向けすぐにしゃがみこみ足払いを仕掛ける。普段のおっさんならこんな攻撃簡単にいなすだろうが、今のおっさんには出来なかった。たやすく足払いが成功し、バランスを崩したおっさんは地面に倒れる。
「俺は自分を偽らない。大宮翔太として生き続ける。あんたはいつまで勇者ガイラスとして自分を誤魔化し続けるつもりだ?」
「俺……は……」
「無理に自分を殺して戦い続けるくらいなら、勇者なんて生き方は捨てちまえ。今までたくさんの命を救ったんだ。少しくらい……あんたも救われてもいいはずだ。」
「俺……も……救われても……いいのか?」
「いいんだ。世界を救ったなら、あんたも救われるべきなんだ。」
二本の剣が地面に突き刺さる。それと同時に二人の男の戦いに決着がつく。
孤独だった勇者は、もういない。
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