109.異なる道を
お久しぶりです
テントを離れ、森を少し散策する。二宮のテントの近くで護衛でもしてようかとも思ったけど、大丈夫だろう。あいつのステータス見せてもらったけど化け物じみてたし。むしろ俺が近くにいた方が危険だ。主に俺の命が。
まあそれはともかくせっかく一人になったことだし魔物でも出てこないかな。腕試ししてみたい。
とりあえず適当に魔物が近寄って来やすいようにわざと大きな足音を立てて歩いたりしてみる。某ゲーム的に口笛を吹いてみたりもした。鳴らなかった。
しかし数十分ほど歩いても魔物とは全く遭遇しなかった。運がいいのか悪いのか。よくわからないけどもういい。ここまできたら諦めることにして、手近な木に向かって剣を構える。
ニーズヘッグを正眼に構えてまず縦に一閃。硬質な木は、まるで豆腐を切るかのごとくスッパリと切れ、振り切れる。剣を振り下ろすと、すぐに構え直し、今度は先ほどの斬撃の隣1センチほどの間隔で斬撃を連続で放つ。
剣をイメージ通りに動かせてようやく一人前。俺はおっさんにそう言われた。
そのことを思い出し苦笑する。まるで届いていない。速度も、精度もどちらもイメージにはまるで届かない。
一つの木をダメにしたところで、集中し直すために息を吐く。そしてニーズヘッグを左手に、そして右手に折れた剣を構える。変則的だが二刀流のつもりだ。一応教わったこともある。
今までのが「教わった剣術」。ここから先は「俺の剣術」だ。
また別の木に目標を定め駆け出す。木が間合いの少し外に入った瞬間に、最後の一歩を強引な加速で踏み出し、同時に横薙ぎの一閃を放つ。切り落とすことはしない。木の半分ほどに切り込みを入れ、剣を振った勢いを利用し回転し、右の短い剣を木の後ろに差し込む。そして追撃に左で二撃目を放つ。
何かの気配を感じ、無理やり上体をそらす。すると先ほどまで俺の体があった場所を何かが通り過ぎる。
「避けたか……まあそれでもいいが剣で弾くべきだったな。回避行動をとるとどうしても隙が生まれる」
上体を戻すと、声の主はもうすでに俺の目前にまで迫っていた。鋭い目つき、短い金色の髪。その姿は我が師匠、ガイラスのものだ。
「いやどう考えても弾けるような速度じゃねぇって。初めは銃弾かと思ったんだぞ。回避しただけでも褒めて欲しいレベルだ。」
俺が回避したナイフは後ろにある木に根元まで刺さっていた。どんな勢いで投げればナイフの刀身が埋まるのか。かなり鍛えたつもりだけどこれはできない。ってか俺は投擲もあんまりうまくない。
「お前なら弾けると思ったんだよ。なにせ魔王を倒すなんて抜かすようなやつだからな。」
「ひっでぇ理屈だな……もし躱せなかったらどうするつもりだったんだよ」
「はぁ? お前加護受けてんだろ。なら死んでも生き返る。なんの問題もないだろ。」
平然と、当たり前のことを言うようにそう告げるおっさんの顔は、いつも通りの優しい顔だった。
あー……自分も少し前まで似たような考えだったな。初めておっさんのこの考えに触れた時はこの人の死生観は理解できないと、狂っていると思っていた。それでも気づいたら俺も同じ考えをしていた。自分の命も、他人の命も使い捨てる。まともじゃなかった。自ら望んでその狂気に飲まれていた。
それでも……今は違う。
俺はゆっくりと、折れた剣を鞘に収めニーズヘッグ一本のみを構える。
「俺はもう死ぬつもりはない。自分の身も、心を殺さずありのままの大宮翔太でい続けなきゃならない。だから……」
酷いハンデだ。病み上がりの状態で、格上の相手に真剣を渡して木剣で立ち向かう。それでも、やる。ここで示さなければおっさんもその狂った考えから抜けられない。
俺を救ってくれた勇者ガイラスを、今度は俺が救う。
「闘ろうぜ、英雄。互いの考えを剣に乗せて」