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106.好きな自分であるために

 二宮から返された答えは、この場にいた誰にも予想できなかったことだった。



「人間を……やめる?」



 二宮は俺の問いかけに返事をするより先に、自身の指をナイフで傷つける。すると指先から赤い血がぷっくりと膨れ上がった。



「そう、私は今や立派な魔族よ。この体に流れる血も、魔族のものに作り変えられている」



 もう人間じゃないのよ、と自嘲気味に笑う二宮に、どう返したらいいのかわからなかった。



「さっき、坂本君は自分の体に無理やり魔族の血を受け入れることで魔族になった、って話はしたよね?」


「……ああ」



 その言葉でこの場にいる全員が二宮の意図を察した。なるほど、それで人間を辞めろか。



「完全な魔族になっている私の血を取り込めば私と同じようにその体は人間のものから魔族のものへと変質する。もちろん身体能力は向上するし自然治癒力だって人とは比べ物にならない」



 そう言っているうちに二宮の指の血は止まり、傷口も塞がる。まるで早送りされたかのような、普通じゃありえないほどの速さだだ。



「ただ魔族の血とはいえ体を作り変えるほどのものとなると、かなりの量がいる。私一人で変質させられるのは一人が限界でしょうね」


「……それで、俺を魔族にすると?」


「ええ、でもこれには死んでもおかしくないレベルの苦痛が伴う。実際成功率はものすごく低いらしいわ。坂本君が成功したのだって驚かれてたくらいだし……それでも、やる?」



 苦痛も、死も。そんなものは何のリスクにもならない。死んだっていい。苦しんだっていい。それだけでゆきが救えるなら、それでいい。



「もちろん、や……」



 そこまで言いかけたところで、不意に視線を感じ取る。冷や汗が垂れ落ち、自然にその視線を辿る。フォウルのものだ。フォウルが、物悲しそうな目で俺をみていた。


 なんで、そんな目で見るんだ。

 なんで、今そんな目をするんだ。

 ……なんで、今まで気づかなかったんだ。


 いや、本当は気づいていた。少し前から、フォウルが俺を見る目が、変わっていたことに。


 気づきたくなかった。気づいていないふりをしていたかった。その目は……変わっていく俺を、悲しむ目だった。


 この目から逃げることは簡単だ。無視し続ければいい。今までと同じように、気づかないふりをして、表面上だけフォウルと、みんなと共に歩めばいい。

 ……でも、気づいてしまった。その目を向けて来る相手がフォウルだけとは限らないということに。その目を向けられたまま生きることの難しさに





「……いや、やめておく。俺は魔族にはならない。」


「……それは、どうして?」



 不思議そうに二宮が俺に問いかける。自分の血を差し出してまで俺を助けようとしてくれたことは有り難い。でも、やっぱりダメだ。


 

「俺は、俺のままでいたい。できる限りゆきの知る大宮翔太であり続けたい……だから、魔族にはなれない」


「そっか……うん、大宮くんらしいね。」



 そうだ、忘れていた。ゆきを助けることに固執しすぎて、本質を見失ってしまっていた。

 ただ助けるだけじゃダメなんだ。俺が、他の誰でもない大宮翔太が助けることに意味があるんだ。


 ゆきを助けたい。ゆきに生きてて欲しい。ゆきに笑っていてほしい。それが俺の抱える願いだ。どれ一つとして、諦められるはずもない。


 死も苦痛も、必要なものだとして受け入れた俺は大宮翔太といえるだろうか……心を狂気に染め、ただ戦うだけの鬼と化した俺を、ゆきは好きでいてくれるだろうか……否だ。

 バカでまっすぐで心が弱い……それがゆきが好きでいてくれた、あの世界にいた大宮翔太だ。



「でもそれじゃあ魔王には……」


「ああ、勝てない。でもそれでいいんだ。魔王を倒すのは、俺じゃなくても構わない。俺は、ゆきを助けられればそれでいい。」



 たしかに魔王のことはぶん殴りたいほどムカついている。部下が勝手に動いただけで実は魔王はいいやつ、なんて可能性もあるかもしれないけど部下を止めれてなかった時点で一発殴らせろって気分だ。

 ……でも、きっと俺にはそれはできない。だったら魔王なんざ無視だ。魔王をかっこよく倒す勇者たちの後ろで、ゆきと手を繋いでいられればそれでいい。



「まっ、ってことで頑張ってくれよ勇者様。魔王を倒して俺にゆきを助けさせてくれ」


「そっか……いや、ダメよ。魔王はみんなで倒すんだから。私に押し付けようなんて許さないんだから。」



 俺と二宮が笑い合う。それだけでフォウルも、サリアもリリアもグレンも笑いあえる。

 そうだ、これが大宮翔太だ。



こんなに待たせてなお読んでくれてる読者の方には感謝しています。

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