101.龍を切り裂く音
引き続きリリア視点です
走って戻ると、未だショウタさんがドラゴンと戦っていた。全身ボロボロで、おそらく左腕も折れてるのだろう、右手だけで剣を構えていた。しかし、それでもなおショウタさんの目はまだ諦めていなかった。
「ショウタさん!」
私が声をかけるとショウタさんの表情が驚いたようなものへと変わる。その隙をドラゴンに狙われるが、すんでのところで回避していた。
「……!? リリアッ!? なんで戻って来たんだ!?」
「そんなの決まってるじゃないですか! 『万物を祝福せし女神よ、魔を滅さんと剣を振るうものに力を! 《福音》!』
補助系の魔法をショウタさんへ向けて放つ。圧倒的な力の前では焼け石に水だが、ないよりマシだ。実際、魔法をかけた直後からショウタさんの動きが目に見えて良くなった。
私に戦意が戻ったのを理解したのか、ショウタさんはドラゴンの攻撃を潰すことに専念しだした。振るわれる爪の軌道をそらし、尾を使った薙ぎ払いを撃ち落とす。お陰で私の元へは攻撃は届かない。
「死音はもう使えない……だったら!」
死音は私の持つ最強魔法だが、1日に1回という制限がある。それに多分ドラゴンには効かない。そう瞬時に理解した私はゆっくりと、しかし確実に詠唱を唱え魔力を練り上げてゆく。
「『……なりてその力を示せ!《音砲》』」
放ったのは音による一点突破攻撃。かつてのような膨大な音エネルギーを周囲に漏らすことなくただ一点を貫くためだけに放つ。
頭を狙った《音砲》は狙いがそれてドラゴンの胴体に命中した。しかし……
「あれでも通らないか……」
《音砲》の一撃はドラゴンの鱗を破った。でもそれだけだ。鱗によって威力が削がれて本体にはほとんどダメージが通らない。
するとドラゴンが明確に私を敵とみなし、私を狙った攻撃も増える。ショウタさんも片腕で捌ききるのが厳しくなってきたようで、捌ききれなかった爪や尾に何発か被弾している。それでもまだ立ち上がるんだから、本当に頼もしい。
「ハァ……ハァ……手だけじゃ足りないか……リリア、攻撃は任せたぞ。」
そう言い残すとショウタさんはまたドラゴンの攻撃を捌きにもどる。しかし今度は剣だけじゃなく蹴りや頭突きも駆使して文字通り全身全霊をもって攻撃をいなしている。
「さすがショウタさんだなぁ……あれくらいしないと、『頑張ってる』なんて言えないよね……」
新たな魔法を唱える。新たなと言ってもただの音砲だ。あれは消費が軽い。だから何発撃ったって問題ない。ドラゴンにダメージが通るまで何発も連続で撃ち続ける。
「はっ、はははっ! さすが! すごいじゃないかリリアッ!」
ショウタさんから届く賛辞の声。あなたのおかげだ。と言いたかったけれども詠唱のせいでそれは叶わない。それでも、私がここまで戦えてるのは紛れもなくあなたのおかげなんです。そう目線を送ると一瞬ショウタさんと目があった。
しかし、その一瞬が致命的な隙となった。攻撃も止み、剣による妨害も止んだその瞬間、ドラゴンが大きく息を吸い込む動作を見せた。あの動作は……間違いない。ブレスだ。
もう間に合わない。たとえ逃げたとしても関係なくドラゴンのブレスは私たちを焼き尽くすだろう。そう理解した私たちの行動は早かった。きっとショウタさんも理解している。ある種の信頼の元、私は魔法を唱える。詠唱している暇はない。無詠唱だ。
「《音砲》ッッ!!」
迫り来る炎のブレスを爆音のブレスによって迎撃する。しかしドラゴンのブレスの方が強く、こちらのブレスは押し返させる。大丈夫だ。これだけ攻撃を止めれれば後は……
「ここまでお膳立てされて……俺が黙ってるわけにゃいかねぇよなっ!」
ドラゴンの頭上。遺跡の天井付近からその声は聞こえた。どうやってとか、なんでとか、色々気になるけど、ショウタさんならあれくらいできてもおかしくないような気もしてくる。
天井を蹴り、落下しながら全体重を乗せてドラゴンの口先を叩きつける。その衝撃で口が塞がる。出口を失ったドラゴンのブレスは搔き消え、私のブレスが命中する。でもまだ足りない! あの程度で倒れるわけがない! 考えろ! 考えるんだ……どうすればここから……
「ああ、そっか……」
思い出した。あの時ショウタさんが言っていたこと。今ならわかる。今ならできる。
「《斬音》ッ!」
私の放った音がショウタさんの剣に纏わりつく。そして音によって剣を激しく振動させた。かつてショウタさんに教えてもらった技だ路。
魔力が尽きて地面に膝をついた私が最後に見たのは、ドラゴンを切り裂くショウタさんの姿だった。