第5話 倒錯
窓の外を眺める。雨滴が樹木たちを潤す止め処ない光景をただぼんやり瞳に映しながら、どれほど無為に時を過ごしてきただろう。湿気を帯びた空気と忙しない雨音が満たす暗がりの部屋。散乱した衣服や包帯はどれも黒く滲んでいて、壁や床にも同様の穢れが蔓延っている。
何もかもが変質し、日常を崩壊させた。
目を背け、現状を拒むだけの日々。自分を止めてくれる何かを求めながらも自らそれを手に入れようとはしない。救済に手を伸ばすにはもう遅すぎるのだ。
噎せ返る罪の意識。耐えられなくなった私は、動くこともままならなくなった身体を必死に起こそうと踠いた。しかし這いずる身はベッドから転落し床に崩れ伏してしまう。蹲りながらひたすら嘔吐き、強張った空っぽの身からは紅血を孕む泪が溢れる。
「違う、どうしてこんな……こんなっ………。」
損壊し黒ずんだ爪が床に食い込むと、その形をより歪ませた。
どれだけ悔いたとしても永遠に許されることはない。もう私は、引き返せない。
辺りを夜闇が囲う。涙が乾き身体の震えが止むと、不意に私の手は自身の首元へと伸びていく。爪先はひたすら傷口の肉を抉り、その手に入る力は次第に強くなる。しかし痛みを失い鈍ってしまった私の身体はこの行為を制止させてはくれない。湧きあがる衝動が激しさを増すほどに、人間性は奪われ、凶行からの脱却を阻害される。
零れ落ちた残骸と、血に塗れた掌を見つめている私の心に宿るのはただひとつ。
『”これ”を、どうにかしたい。』
宿雨の狂騒と共に侵蝕する邪悪な息吹は、荒々しく脳裏に響き渡り意識を混濁させていく。錆びゆくこの身が二度と立ち上がることの出来ないほどに壊れてしまえば、道を踏み外さずにいられただろうか。私は私のままでいられただろうか。
私は一体、何に成り果ててしまったのだろう。