雨にも負けず風にも負けず
魔女の張り込みを継続するギラ達。
今日は生憎の雨模様である。
そのためなのか街に出ている人の数は少ない。
ギラ達も風邪は引きたくないと宿屋に引きこもり式紙に偵察をさせている。
「眠いですねぇ」
「ギラが凄い眠そうにしてるんだが」
「多分この天気のせいですよね、雨が降ると眠くなるって言いますから」
「そうなんですか?不思議な話ですね」
ギラは式紙とリンクしているのであまり動きたくはない様子。
そのせいでベッドに横になったまま凄く怠惰になっていた。
「にしても、ギラって随分と貧相な体してるよね」
「栄養は摂ってるはずなんですけど」
「ギラ様…」
「それにしても雨は億劫だね、外に出て何かするのも出来やしない」
ソウの体格と比べるとギラの体格が凄い貧相だと分かるようだ。
無理もない、成長は止まっているし過去の事もあり凄く痩せているのだ。
とはいえ生きていくのに支障はないし、死ぬような虚弱でもない。
メーヌと翠はそれを知っているから心配はしていないのだが。
「はぁ、雨なんて嫌いです、というか雨じゃなくて低気圧が嫌いです」
「あはは、もうこの怠惰っぷりも慣れちゃいましたよね」
「というか、ギラさん服を着なさいな」
「リックもいる部屋でパンイチはないだろうよ」
ギラはぶっちゃけ気にすらしていない。
この世界に来る前は全裸で過ごしていたような事もあったぐらいだ。
感情の乏しさは他の仲間達も感じ取っている。
滅多に笑わないし、人を殺す事に対して抵抗すら持たない。
それはギラの中の感情というものが欠落しているのだと仲間達は思っていた。
「リックさん、こっちに来なさい」
「え?はい」
ギラはリックを近くに呼ぶとそのまま抱き締めてしまった。
突然の行動にリックも頭から煙が出そうである。
「ぎ、ギラさん!?何を…」
「うるさい、少しこうさせなさい」
「ギラさんって羞恥心すらありませんの?」
「前から思ってたがギラってあらゆるものが欠如してないか?」
ソウの言う事も当たっている。
ギラは人前で裸になる事も平気だし、かと思えば突然悪魔のような冷酷さを見せる。
まるで普段は穏やかな獅子が自分の縄張りに入った相手に容赦しないような。
それは自分の中に入るものを全力で拒否しているかのようでもあった。
「メーヌと翠は何か知らないのかい?」
「一応知ってます、でもそれは言えません」
「同じくですっ」
「ギラはどこか人間らしさがないなのです」
仲間達もそこは前から心配していた。
だが仲間に対しては親密だし、慈悲深き女神のような顔も見せる。
彼女自身興味のある対象には優しくなるのだと恋夜は思う。
興味のないものに対しては無関心であり、徹底的に冷酷になるのだろう。
「にしても雨止まないねぇ、億劫だ」
「本を読むにしても今の手持ちは一度詠み終えた本も多いですし」
「少し外します、しばらくしたら戻りますから」
「ギラさん?外は雨ですよ」
ギラはそのまま外に出ていってしまった。
仲間達も雨のせいなのかと思いつつも少し心配はしていた。
そのギラは雨の降る屋外で空を見上げていた。
「雨ですか、雨を見ているとどうしても昔の事を思い出してしまいますね」
「ギラさん!風邪引きますよ!」
そこにリックがやってくる。
ギラは少し間を置いてリックを隣に呼ぶ。
「リックさん、あなたは何も信じられなくなったとしたら、どうしますか?」
「へっ?どういう意味…」
意味深な質問をするギラ。
リックもそれに悩みながらも答えてくれる。
「それなら考えます、考えて考えて、それで出た答えがきっと正しいと信じます」
「そうですか、でもそれは本当に強い人だけが出来る事、そういうものですよ」
それはギラが弱い人間だと自分で言っているようにリックは感じた。
ギラは少し昔話をしてくれた。
「少し昔です、勇者と呼ばれる人が魔王を討伐しようと魔王の根城に攻め込みました」
「勇者と魔王…ですか?」
あえてぼかしているが、それは魔王の意味を語るもの。
ギラは話を続ける。
「でも倒した魔王は偽物だった、そのあと仲間達は様々な理由で倒れます」
「それで…どうなったんですか?」
魔王とはなんなのか。
リックは顎に手を当てる。
「そして勇者は一人国に帰ります、ですが王殺しの濡れ衣で反逆者にされるのです」
「そんな…どうして…」
そのまま話は続く。
「そして勇者は逃亡、そのまま再び魔王の根城に向かいます」
「魔王の仕業…じゃなさそうですね」
その先の話は重いものだ。
それでもリックは話を聞く。
「勇者はかつて魔王を倒した場所で隠し通路を見つけその先へと進みます」
「その先に本物の魔王が?」
だが話は意外な方向に進む。
「そこにいたのは魔王にさらわれた王女でした、そして王女と勇者は婚約する予定です」
「それってどういう…」
そこからが悲しい話になる。
ギラは少しずつ語り始める。
「王女は勇者を待っていた、そして勇者も王女を探していた」
「それで…今までの話の流れだと…」
ギラの話も佳境だ。
リックは真剣に聞き入る。
「王女は全てを憎んでいたと告白する、そして勇者に共に世界を滅ぼそうと言います」
「えっ?なんか凄い…」
その王女の話。
そして勇者の話、それは悲劇の始まり。
「ですが勇者はそれを拒否します、王女は彼を手に入れるべくその憎しみを爆発させた」
「そのまま戦った…ですか?」
王女の憎しみ、それは勇者をも飲み込んだという。
「ですが王女は破れました、それでも最後っ屁なのか勇者を道連れにしたんです」
「そんなの…悲しすぎます…」
そして王女の最後の言葉、それこそが魔王の真実だ。
「王女は勇者に愛の告白をして息絶えました、勇者もそれを聞いた後死にます」
「つまり魔王っていうのは…」
ギラ曰く魔王というのは概念なのだろうと最後に言い締めくくる。
「魔王なんてものは空想なんです、それがいるとしたら人間自身、そしてその心なんです」
「それが魔王の真実、なんですか?」
ギラの魔王に対する思い、それは自分が何者なのかを知っているからだ。
「だから忘れないでください、リックさんも魔王になれるんです」
「僕も…魔王に…」
そして宿に戻ろうとすると突然ギラが何かを感じ取る。
「今見えたのは…リックさん!行きますよ!」
「えっ?は、はい!」
突然走り出すギラ。
その行き先は商店街だ。
「速い…確かに式紙に魔女らしき姿が見えたのに…」
「それって今からほんの数分前ですよね」
ギラは式紙を通して魔女らしき姿を見ていた。
だがそれは忽然と姿を消していたのだ。
「やはり一筋縄ではいきませんか、それなら意地でも捕まえてやりますよ」
「ギラさん燃えてますね…」
とりあえずそのまま宿に戻る。
仲間達にそれを報告し、再度張り込みを継続する事で一致する。
雨の中ギラは昔を思い出しつつ憂鬱な感情で怠惰を貪るのだった。