魔王様、怒りの衝動
次の街を目指し渓谷を越える事になったギラ達。
ギラ達は次の街へ続く道であるイエスター渓谷へと到着する。
「おや」
「橋が落ちてる…」
「そういえば昨日の夜強風が吹いてましたね」
「つまりそれの影響ですかっ」
ギラ達は近くにいる行商に声をかける。
「この橋なら昨日の風でな、今向こうの街から修理する人が来るってよ」
「それを待っていたら時間がかかりますね、少し面倒でも進みますか」
「それってどこから…」
少し険しいが崖下から回り道をすれば向こう側に行ける。
ギラ達は崖を降りて強引に進む事にした。
「大丈夫ですか?」
「は、はい、なんとか」
「辛かったら言ってくださいね」
「この渓谷自体規模は大きくないですから」
リックを気にかけつつ渓谷を下まで下りる。
下まで下りたとき何かが木に引っかかっているのに気づく。
「なんでしょうあれ」
「うーん、ペンダントでしょうか?なぜあんなところに?」
「一応回収しておきますね」
「では頼みます」
そう言ってメーヌがそのペンダントらしきものを回収する。
「不思議な感じがしますね、なんですかこれ」
「とにかく持っておきましょうか」
そうして誰か落とし主がいたら渡せばいいとしてそのまま歩を進める。
渓谷の半分を進んだところで人影に遭遇する。
「ない…どこで落としたの…」
少女が何かを探しているようだった。
ギラはさっきのペンダントではないかと思い、それを渡す。
「これ…ありがとう、あなた達は…」
「旅の冒険者ですよ」
「そう、私はティム、女なのに男っぽい名前でしょ」
彼女は自虐的にそう言う。
とはいえティムという名前は男女どちらでも違和感のない名前ではある。
「それでティムさんはどちらへ行かれるんですか?」
「聖都カーミンスまで行くの」
「カーミンス、だとしたらこの渓谷を抜けた先ですか」
カーミンス、それはこの宗教国の最大宗派のリリベル教団のお膝元だ。
女神リリベルを崇め信者も多い教団、とはいえ国民全員が信者ではない。
そこで近いうちに女神の生誕祭が行われるとリックは言う。
「とりあえず一人では危険です、渓谷を抜けるまででも一緒に行きましょう」
「そうね、それじゃ護衛よろしくね」
そう言ってギラ達は渓谷を進む。
だがギラはティムの不思議な感じに言うまでもなく気づいていた。
彼女は只者ではない、そう感じさせる。
とはいえ今はそれは言わずに、彼女と渓谷を進む。
渓谷の反対側の崖下に到着したときギラは何者かの気配を感じ取る。
「さて、簡単には突破させてくれないようですよ」
「ええ、数は軽く見て10、ですか」
どうやら何者かが潜んでいるらしい。
面倒なので一気に誘い出す事に。
「はあっ!!」
ギラが声を上げると茂みから顔を覆面で隠した人間が姿を見せる。
だがその者達は正常ではなかった。
息は荒く殺意をむき出しにしている狂人だ。
「ケケケ、そこの女、大人しく殺されてくれよ」
「ティムさん?あなた達何者ですか!」
「あたし達は正義の使徒、大地の骨、その女を殺せと頭領に言われてねぇ」
大地の骨、聞かない名だ。
だが分かる事は一つ、こいつらを倒さなければティムは殺されるという事だ。
10人程度なら簡単な相手だ、ギラ達は武器を取る。
「リック、ティムはあなたが守りなさい、私達がこいつらを蹴散らします」
「は、はいっ!!」
「さて、少し痛いですよ」
「それでは、行きますっ!」
そうして瞬く間にその覆面の者達を蹴散らしていく。
全員倒したあとティムの安全を確認しそいつらに問いかける。
「さて、大地の骨と言いましたね?あなた達の頭領とは誰です?」
「ケケケ、言うもんかよ…」
そのときだった。
一人が起き上がりティムに斬りかかってきた。
「死ね…えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
「危ない!ぐうっ!?」
「リックさん!?」
「この、下衆が!!」
リックがティムをかばって負傷してしまう。
ギラはそれに怒りの衝動をむき出しにしてその恐怖の片鱗を見せる。
「あなた達、どうやら私を怒らせたようですね、安心しなさい、一瞬ですよ…」
「ひっ!?な、なんだ!てめぇ…何なんだよ!やめろ…やめてくれぇっ…」
だがギラの怒りは収まらない。
リックは幸い気絶しているのでこの光景を見せなくてすむ。
ティムはギラのその殺意に得体の知れない恐怖を感じ立ちすくんでいた。
「死ね」
ギラがその一言を発すると同時にその暗殺者達は爆発四散し無残な肉片と化した。
血の一滴すら残さない惨劇、それは魔王の怒りそのものだった。
「さて、リックさんの状態は?」
「さっきの刃に毒が塗られてたみたいですね、治癒魔法が効きません」
「そんな…」
とりあえず渓谷を抜け街へリックを運ぶ事に。
メーヌにリックを運ばせそのまま渓谷を突破する。
ティムもそれに同行し、カーミンスへと到着する。
そのまま宿にチェックインをしてリックをベッドに寝かせる。
「さて、この毒が普通の毒でないのは確定ですが」
「もしかしてステロイ毒かしら、普通の解毒剤は効かない毒なの」
「それじゃあ何なら効くんです?」
その毒は特殊な毒で普通の解毒剤は効果がないらしい。
ティム曰く解毒にはフェタミンという解毒草から作られる薬が必要らしい。
「そのフェタミンっていう解毒草はどこに行けば?」
「主に山の中腹辺りに自生するそうよ、ここの近くだとスカド山に行けばあると思う」
「なら私と翠で採りに行ってきますよ」
ギラは責任を感じているのか珍しく自分から名乗り出る。
世界を滅ぼすのもいいが、信じてくれる人ぐらいは救いたいからである。
「スカド山は西門から出て少し歩いた先よ」
「分かりました、ではメーヌ、リックを任せます」
「はいっ!お任せを!」
「では行ってきますねっ」
そう言ってギラと翠は即座にスカド山へと向かう。
ギラがこういう態度を取る裏には過去の記憶があった。
自分を信じてくれていた人さえも殺してしまった事。
それは今度こそは、その人だけでも救おうと決心させる理由でもあった。
「さて、ティムさんはどうします?」
「私も手伝うわ、目的地に行くのもすぐじゃなくてもいいから」
そう言ってティムはメーヌと共にリックを看病してくれる事に。
ギラ達の事は心配は無用だとメーヌの信頼が証明している。
幸いすぐに死ぬような毒ではないらしいので、丁寧に看病する事にした。
次の街に着いてすぐに別の目的に向かう。
忙しいものだが、ギラはそれだけ楽しんでいるのかもしれない。
渓谷で見せたその片鱗は魔王そのものだった。
世界を滅ぼした魔王は異世界でも狂気を見せる。
それでも信じてくれる者だけでも救う、それは誓いだった。
リックを助けるのだとギラは強く思っているのだから。