人を殺す善意
ギラのリックに対する魔王教育は順調に進んでいる。
そんな中仲間達もその本気を見てギラを魔王だと認め始めたようだ。
とはいえ基本的にはいつものノリなのでそこまで変わらない。
少年は順調に魔王への階段を上っている。
「ギラさんの教育ってなんかこう、もっと極悪人みたいなのだと思ってました」
「魔王が極悪人だと思ってる時点で甘いですよ」
「とはいえ本当に魔王らしくないとは思うがな」
「ですわね、魔王ってもっとウェーッハッハッハッハ、みたいなものかと」
ペトラのイメージもあれだが、確かに想像とは違うだろう。
だがそれこそが魔王というものである。
「でも僕をこうやって魔王に教育するのも本気だからですよね」
「当然です、ボランティアじゃないんですから」
「善意でやっているのではなく本気という事か」
「ギラさんの本気が窺い知れますわね」
だがギラ曰く善意というのも必ずしも正しくはないと言う。
世の中には善意で命を絶つ人間もいるのだ。
「リックさん、もしあなたの善意で人が死んだら、どう思いますか?」
「それは…やっぱり複雑ですよ」
「善意が人を殺す、それはないとは言い切れない事だな」
「ですわね、善かれと思ってやった事で人が死ぬ、ないとは言い切れませんもの」
善意が人を殺す場合もある。
自分が正しいと思ったそれにより多くの人が死ぬケースはあるのだ。
ギラはそんな善意の人殺しを知っている。
偽善ではなく本当の善意によって死んだ人の存在を。
「結局善意なんてものは押しつけなんですよ、必ずしもプラスには働かないんです」
「必ずしもプラスには働かない、場合によってはマイナスになる事もある…」
「それが偽善ではなく本物の善意による殺人なら辛いかもしれんな」
「でも本人からしたらそれが正しいと思っている、皮肉ですわよね」
真実を知るのは必ずしも正しくない。
世の中には知らない方が幸せな事はたくさんあるのだ。
真実を知り命を絶つケースは少なからずある。
それが善意によるものだとしたら責任は取れるのかと。
「善意で教えてあげた真実が本人には重すぎる、そうして命を絶つ、と」
「知らない方が幸せな事は世の中には少なからずあるのだろうな」
「そうですね、ギラさんの言うように本人はそれが善意だと思っていても」
「重すぎる真実を前に人はそれに耐えられるか、と」
結局は何が正しいかというのは人によって違うものだ。
価値観は人の数だけある。
だから善意によって人は死ぬし悪意だったとしても救われてしまうケースもある。
違う面から見たそれは必ずしも正しいとは言い切れないのである。
「リックさんも世の中には善意が人を殺す事もあるとお忘れなく」
「覚えておきます」
「まあ難しい問題だな、こればかりはな」
「ええ、ギラさんの教育はどこか深い気もします」
ギラが教えている事。
それは人を殺すための魔法でも技術でもない。
本人にとって何が正しいのかという事。
それによってリックは悩み、そして迷う。
そんな悩みの中でリックはどんな答えに辿り着くのだろうか。