選べないもの
通行証の発行を待つ間は王都に滞在する一行。
特にする事もなくそのまま昨日の女性との約束の時間になる。
ギラとリックは約束通りその女性との待ち合わせ場所へと向かう。
「そろそろだと思うんですが」
「本当に来るんでしょうかね」
待っていると聞いた事のある声がする。
どうやら無事に抜け出せたようだ。
「待たせちゃったかしら」
「いえ、我々もさっき来たばかりです」
そのお姉さんはとりあえずどこか話せる所がいいと言う。
それなら近くのカフェに行く事にした。
店に移動して各自飲み物を注文する。
そしてお姉さんは相談があると言い出す。
「相談?お金の話はなしですよ?」
「違うわよ、相談っていうのは…」
どうにも口が重い、何か大切な事なのだろうか。
「相談っていうのはね、あなた達に私を誘拐して欲しいの」
「はい?誘拐って…どういう意味ですか?」
リックはその言葉に驚きを隠せない。
だがギラは彼女の心中をなんとなく察した。
「私ね、好きでもない人と結婚するの、好きな人はいるのよ」
「政略結婚ですね、最初に見たときからお召し物でいい身分だとは感じてました」
「つまり貴族とかですか?」
それに彼女は否定しなかった。
尤も王族か貴族かは曖昧にしていたが。
それでも彼女は本当に好きな人と結婚したいと願っているらしい。
「それがためになるんだとは分かってる、でもやっぱり納得出来なくて」
「親や生まれは選べませんからね、それこそ世の理不尽でもあります」
「あ、そういえば名前を聞いてなかったんですが…」
肝心な事を忘れていた。
彼女の名前をギラ達はまだ知らなかった。
「そうね、エリス、エリスよ」
「分かりました、それでエリスさんはそれが嫌だから僕達に誘拐して欲しいと?」
ギラは彼女の名前が偽名だと分かっていた。
名前を言う際にわずかだが何かを考えるような間があったからだ。
流石に心を読むなどは出来ないが。
「お願い、私を誘拐して、私は…」
「それは無理な相談ですね、でも誘拐は出来ませんが逃げる事は出来るかと」
「ギラさん…」
それはギラらしい言葉だった。
変な事に巻き込まれたくないが、本人を尊重した回避だ。
リックもそれがいいのではとエリスに言う。
「…でもどこに逃げろっていうの?私の好きな人はそのせいで…」
「はぁ、まだ分かりませんかね?その彼と一緒に好きなところに行けって事です」
「またストレートに…」
要するにギラはエリスにその彼と一緒にどこにでも逃げろと言っている。
つまりは逃避行をしろと勧めているのだ。
「でもそう言われて少し勇気が出たかも、私それをやってみるわ」
「それでいいんですよ、逃げるのだって立派な選択、恥ずべき事ではありません」
その言葉にエリスは決意を固めたようだった。
そしてギラ達にお礼を言い頭を下げる。
「ありがとう、私はもうこんなところからは逃げてしまう、それでさよならよ」
「ふふ、ただし私達の事を話したらブチ殺しますけどね」
「あはは、まあ解決でいいんですかね…」
そうしてエリスが帰ろうとしたとき何者かの声がする。
「見つけましたよ!エリュエス様!」
「あなた達は…」
それは国の兵士、いや国王直属の兵士だった。
それを見てエリスの正体をようやく理解する。
「国王直属の兵士…それじゃあエリスさんは…」
「エリス?このお方はエリュエスティーナ=ガエターナ=ゾルゾーラ五世様だ!」
「やはりですか、さてどうします?」
ギラはエリスに最後の決断を促す。
エリスの目は強い決意の目をしていた。
ギラはエリスにアイコンタクトを送りエリスもそれに返す。
どうやら何か考えがあるようだ。
とりあえず今は抵抗しないでおく事にした。
「婚約は明日なのです、早く戻りますよ!」
「ええ、今までありがとう、さようなら」
「エリスさん…」
そうしてエリスは兵士に連れていかれてしまった。
だがギラは行くところがあると言いどこかへ行ってしまった。
リックはそれでもエリスが気になっていた、自分の無力さを感じながら宿に戻る。
一方のギラはとある家の前にいた。
その家はエリスの好きな人が住んでいるらしい。
アイコンタクトで確認しているので間違いない。
ギラはエリスの好きな人とコンタクトを取り、明日の結婚式の話を伝えるのだ。
これはあくまでも二人の問題、最後の決断は当事者に委ねる。
そうして魔王様のお節介は、ある意味どうにでもなれと言わんばかりに進むのだった。
一方のメーヌと翠は除け者にされて少し不満気だった。
「ギラ様とリックさんいい雰囲気ですよね」
「そうですねぇ、なんか除け者っていうか」
それでも二人はギラの従者だ。
主を信じるのは従者としての務めである。
「メーヌは少し外に行ってきます、翠さんも好きにしていいかと」
「ですねっ、私もどこか行きますよ」
そうして二人も外で時間を潰し夜になった。
食事を済ませた夜にメーヌがどこかへ行くようだ。
「おや、メーヌ、お出かけですか?」
「ええ、少し」
どこへ行くかはあえて訊かないギラ。
メーヌはその信頼を感じ外へと出て行った。
そしてメーヌはそのまま裏路地へ。
「さっきから隠れてますよね、昼間から監視してませんか?」
「ククク、やはりあの悪魔の従者、鋭いな」
出てきたのはお馴染みの覆面。
どうやらターゲットをメーヌに切り替えたようだ。
そして覆面は饒舌に喋り出す。
「とりあえず貴様を殺す、そうすればあの女も絶望に落ちるだろうなぁ」
「はぁ、あなたみたいなノータリンのイカレポンチにメーヌを倒せるとでも?」
メーヌもある意味容赦のない罵声である。
だが覆面はそのまま続ける。
「それはどうかな?一人でないと気づいているはずだ」
「ええ、気づいてますよ、全部で五人ですよね?」
その言葉に合わせ追加で四人の覆面が姿を見せる。
「流石に五対一で勝てると思うか?」
「やってみます?少なくとも低能な暗殺者に倒せるほどメーヌは甘くないですから」
その言葉に覆面達もやる気満々だ。
そしてメーヌは自慢の暗器を取り出し臨戦態勢を取る。
覆面達もそれと同時に一斉に襲いかかる。
覆面達は過信していた、数の暴力なら勝てると確信していた。
だがその過信が破滅を招き、確信は打ち砕かれる。
「この程度ですか?」
「そんな…馬鹿な…一人で…」
メーヌは食材を調理するかの如く覆面達を綺麗に捌き切った。
人間の頭でメーヌの計算や処理能力に勝てるわけもないのだ。
覆面達はそのまま意識を失いその場に倒れ込む。
そうしてメーヌはそのまま宿に戻っていった。
翌日その覆面達は国の警察に確保され尋問される事になったらしい。
大地の骨の解明に繋がるか、そうして通行証発行までまだ滞在は続く。
ギラ達はこの国を出る前に見届ける事がある。
エリスの運命の日が、長い一日が始まるのだ。
大地の骨、魔王に喧嘩を売って生きて帰れると思うなよ。