08
ああ、何故こうなったし。
いきなり先生の独演会で狂騒のうちに終わったあの日より一ヶ月。
突然飛び出した王都留学のススメに一瞬にして外堀が埋まった挙句、勢いあまってそのまま城その物が埋まったと言わんばかりの唐突かつ怒涛の展開に、乾いた笑いすら出ない。
当人ほったらかしで全会一致の可決によって決定した俺の王都の学園行き。
いや、全会一致じゃあなかったな、子供達は全員が号泣して反対した、してくれた。
正直、あれには何も含むところなく感激して、思わず泣きそうになった。
まあ、最終的には親御さんたちに説得されて俺の為だもんがまんする!的な決着を見たわけだが。
騙されるなお前ら、俺の為なら最後まで反対が正しいんだぞーと、虚しい気分で内心呟く。
でも、涙目でAJITOは僕達でかんせいさせる!もっとすごくするから!って言われた時はまたしてもうるっとしたもんだ。
あ、でも、AJITOって呼び方はもういいぞ、なんか黒歴史な予感がするから素直に秘密基地で、うん。
はあ、しかし行きたくないなあ王都、王都ねえ。
いや、興味はあるから行きたくないってわけでもないか、王都行き自体は楽しみではある。
旅は好きだったし色々なとこをぶらつくのは楽しいもんだ。
そう考えると王都行きも悪くない気もするんだが、するんだがなあ。
『学園』への入学ってのが、ねえ。
いや、もうあれだ、正直言おう、学校行きたくないです。
はあ、憂鬱だわ。
しかし、このまま村に留まるってのもそれはそれでかなりしんどいんだよね。
壮絶に勘違いされていたことを知ってしまった今、この生暖かい空気の中で過ごすなど、考えただけでゾッとする。
今はまだやることなすこと好意的に取られているが、それが永遠に続くことなどありえない。
これはむしろ早い段階で気がついて幸運だったとすら思う。
今は境遇やら子供らしからぬ物腰やら知性やらひっくるめて高評価ではあるが、魔法が使えないという境遇以外のものは確実にこれから先は失われていくものだ。
俺が魔法が使えなくても子供達の背に追いついたように、『前世』の知識や経験がない子供達が俺に追いついてくるのは間違いないと思う。
村の皆が馬鹿みたいにお人好しであることは既に疑いようのない事実ではあるが、だからこそこれから先どんな方向に転ぶのか全く予想が付かなくて恐ろしい。
悪い方へと転ぶのも恐ろしいが、先日みたいな明後日な方向にぶっ飛ばれるのはもっと恐ろしい。
謂れがあってもなくても誹られるのは嫌だが、謂われなく絶賛されるのもどうか勘弁していただきたい、本気で。
というか、もう村の面々が俺を悪く言う姿が思い浮かばないのが心底恐ろしい。
昔は俺の障害をこそこそ陰で色々言っていると思ってたんだが、どうも俺の被害妄想だったらしく、心底心配して色々言ってただけのようだし。
被害妄想かつ自意識過剰であればそれでよかったんだが、それの上を行く状態だったからなあ。
さすずめ自意識以剰、んー他意識過剰?なんか違うな、とにかく想定の斜め上を行く感じなのがキツイ。
特に何をしたというわけでもないのに降って沸いた評価に浮かれて、それで調子に乗れるほどおめでたくはない。
というよりそういうのはなんか俺自身を小馬鹿にされているようで心底腹立たしい。
とにかく、不本意ながらこのまま村に居ても精神衛生上大変よろしくない予感がする、というよりそんな予感しかしない。
そう考え至り、俺は仕方なしに王都行きを了承、というか既に決まっていたようなものだが、了承した。
まあ、あれだ、納得はなによりも優先するわけで、既に決まっている決まっていない云々じゃなしに俺が納得して王都に行くと決めたことが何よりも大切なのだ。
まあ、納得してなくても王都行きを覆せたとも思えんが。
むしろ変にゴネたらまたぞろ変な方向に行きかねんし、例えば―――。
もしかしてお金の心配?村の皆で援助を!支援ドーン!
もしかして一人で心細い?毎月身銭切って会いに!むしろ一緒に行こう!村の支援をバックに両親ドーン!
もしかして友達と離れたくない?そうだここに学校を建てよう!校舎ドーン!
よし、村を出よう。
この選択は、決して間違いなんかじゃないんだから―――!
おわかり頂けただろうか、この俺の苦渋の決断、その意味が。
まあ、色々と後付で理由を並べたが結局のところ皆の勢いに流されただけな気もするんだが、どっちにしたって結論は変わらなかったと思う、大変残念ながら。
求めてない善意ほど性質の悪いものはないんじゃないかとつくづく思う。
善意といえば、この一ヶ月で村の皆々から餞別とか沢山頂いてしまったわけだが、いや本当に沢山。
多いから、普通に持って行ききれないだろこんなん。
とか思っていたら、なんか町に物を売りに出るついでに乗っけて行って途中で売り払って金にすればいいじゃない、とか言い出した。
いや、最初から現金で渡せよそれなら。
そう思ったのだが、村にあまり貨幣の備蓄がないとかなんとか。
この村、辺境にあるらしいのだが、行商人も旅人も全く訪れない為に外界との接触が殆どないらしい。
精々がこちらから出向いて町で物を売って、その金で必要なものを購入するぐらい。
よって村の中でも金銭でのやり取りはするものの、言ってしまえば村の中でだけ循環するので余分な貨幣がほとんど存在しないらしい。
まあ、それ以前になんかお金だと味気ないと感じるだろう人種ばかりなんで、結局物納になっただろうとは思うんだが。
しかし、そんなんで大丈夫なのかと思わなくもないんだが、町のほうに銀行のようなもの、というか銀行があり、物を売った代金を各々の口座に入れているからお金自体はあるとのこと。
まあ、大きな買い物なんてすることもないので大抵は残高の把握はおろか金を下ろした事自体ないという恐ろしい話だったが。
いや、その、それでいいのか?
まあ、そもそも物を売りに行くのは村の代表者だし、銀行に金を下ろしに行く機会もないんだったらそれも不思議じゃあないのかもしらんが。
いや、そもそも金の扱いが代表者に一任って、大抵村長らしいが、それっていいのか?
物を売りに行って、売った金で村全体や各々の必要とするものを購入して、各々の売買代金の余りはそれぞれの口座へ入れて、もし購入代金が足りなければその当人の口座から不足分を下ろすって。
色々と明細の控えみたいなもんもあるらしいが、それにしてもなんかちょっと問題多くありませんかね?
えー、委託書と印呪? ○○を購入するに当たって不足分の引き落としを依頼云々の文章と本人の認可印みたいなもんを押して、尚且つ購入したものの明細の添付?販売委託書とその売買の詳細、及びその売却益で購入時に不足した分の差額の申請書もいる?
聞いてるうちにごっちゃになってきて意味わからんくなってきましたがな、めんどくさ。
これは誰もが町に行きたがらずに村長に押し付けるのも納得ですわ。
え?そんな手続きめんどくさいからしてない?
基本足りなくなることないから口座に振り込むだけだしその方が面倒がない?
皆それで納得してるし、売買時の明細は当人達に渡してるから問題ない?
当人達がそれを殆ど確認してない気がするんですがそれは・・・。
つか、どちらにせよ色々と穴が多いだろそれ、いや村長が金をちょろまかすとは思っていないけどね。
え、大体の相場で売れればいいし、色々相場変動するしそういう細かいこと考えるの面倒だし、ぶっちゃけ必要なもの買える金さえ得られればそれで良くね?とか、おぃ、おい!
いや、まあ、売買には商人の組合みたいなものも通すから、そうそう阿漕な真似はできないし、あまりに足元見られたら売らなきゃいいし、ってそれでいいのかよ。
ああ、購入するもの殆どが趣向品やら衣類だから差し迫って困窮しないからその間に相手が折れるのね。
いや、でも魔石系の燃料はどうすんのよ、ってそれもある程度備蓄はあるし無けりゃ無いで死にはしないって何それ怖い。
ああ、自給自足が成り立ってて余剰分を売りに来てるだけだし、動力がなくて困るような設備を使用した産業がないド田舎だから死活問題じゃないのね・・・。
そもそも村全体でかなりの預貯金が使わないまま死蔵されてるから、いざとなったら村民全員で合議を経た後にそれを使って購入という手段も取れるから早々困ることなど無いらしい。
まあ、そんな事態になったことは一度も無いらしいが。
いや、それにしたって、色々不安ないかしらこれ。
商取引云々は俺も良くわからんしアレだけども、代表者が金をちょろまかす心配とかさあ、やっぱりあるんでないですかね?
いえ、村の皆様が皆が皆して馬鹿みたいに人がいいのは存じておりますけれどもね、はい。
つか、そもそも金をちょろまかす必要が無いほどに貯蓄があるっぽい感じではありますが、誰もが。
はい?そこらへんは織り込み済み?
ちょっとした金額をちょろまかして、それ使って何かしら買い食いするなり、それを貯め込んだり、それを使ってサプライズ的に珍しいものやら旨い物を村の皆に買ってきたりもするし、そういうのは手間賃みたいなもんだと言うことになっていると。
えー、お使い頼んでお釣りでいくらかお菓子買ってもいいよ的な?
そのお金を貯めて皆で食べられるお菓子買ってきたよ!的な?
いや、あの、その、子供のお使いじゃないんですがそれは。
え、何代か前の村長が歴代がちょろまかして積みあがった金を使って、村に『炉』をそのラインを敷設する技術者込みで引っ張ってきたって、えっ、えっ?
その時は流石に非難轟々だったらしい、主に「食い物じゃねえのかよ」的な意味でって、ちょっとぉ!
村始まって以来初の外からのお客というか移住者だったらしくてそう言う意味ではお祭り騒ぎで、その点は賞賛されたらしいって、移住者皆無だったのかよ。
ただし、その歓迎用の食材を、珍しかったり美味しかったりする食材を購入してこなかったことで顰蹙を買って結局マイナスだったらしいがって、あの違くないですかね。
なんか村の男連中とは毛色の違う魅力があったんだろうその技師、まあ男性だったらしい、数名を村の綺麗どころが取り囲んでの飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ。
数ヵ月後にその取り囲んでた女性が全員妊娠してその数名の誰が父親か不明の騒ぎになって、最終的に技師数名と女性10名による多夫多妻家庭の誕生を合議によって強制的に祝福、その後に技師達は村の若衆にしばかれに、女性達は主婦の皆様に絞られに、生まれた子達は桃のような可愛らしさだったそうな。
で、ついでに言うとその時に誕生した一家が『炉』関連の事業を一手に引き受けた。
というか村の共同出資で運営されることになった『炉』の管理人として村全体から嫁が多いことも鑑み養われる羽目になったというか。
もうなんか突っ込む所満載な話ばかりで僕は疲れちゃったよ。
もう突っ込みはお休みしてもいいよね的な気分を味わいつつ出立前の一ヶ月は過ぎていった。
準備?準備するもの全然無いんですよこれが、なんか先生がね、あの全ての元凶が、全部手続きしたから、というかするから何も必要ないとか言って去っていきやがったからチクショウ。
何が持って行きたい物だけ持ってくればいいだよアバウトすぎんでしょ。
ある程度の金銭だけ持って町に来れば、案内の人間があとは王都まで連れて行ってくれますとの事だが、大丈夫なのかねほんとに。
はあ、と溜息をついて外を見る。
いや、既に車上の人になっちゃってる今現在、今更振り返ってももう町とやらに行くしかないわけですが。
ず、ずずずずずという何か引き摺るような音を響かせて進む車体、その窓から見えるのは村長と―――。
ブモォォォォォォォゥン
牛だった。
馬車と言ったな、スマンありゃ嘘だ。
実は牛車だったんですわ。