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07

 


 気がついたら朝を迎えていた。

 どうも昨日は寝不足やら泣き疲れやらで村長宅で寝落ちしたらしい。

 で、昨日座っていた村長宅の椅子に座った状態で目が覚めたわけだが何ゆえ?

 寝落ちしたまま放置されたの俺?昨日あんだけ、思い出したくもないがあんだけ皆から心、こ、こころあたたま、たまるハゲ増しを頂いた、そりゃもうストレスで全脱毛する勢いで、頂いた俺を椅子に放置したの?何、ひょっとして昨日のはドッキリ?

 んなわけないですよねー、わかってますよチクショウ。

 なんか、何人がかりで抱えようとしても全く小揺るぎもしなかったらしい。

 今までは、それこそ赤ん坊の時以外は、寝ている間に動かそうとかしたこともなかったので昨日になって判明したらしいが、これも体質のせいやも知れぬとのこと。

 どういう体質だよそれ。

 まあ、兎に角、なんか本日より王都からお越し頂いた『先生』により治療、というか検査っつーか検診?みたいなものが始まるとの事。

 正直、もうなんか煮るなり焼くなりお好きにどうぞ、と言った気分である。

 今日から一週間、村長宅に寝泊するこの『先生』の所に自宅から通ったり、通われたりしながら色々と調べつつ可能であれば治療を、との事だった。

 流石に誰もがいきなり治るなどとは思ってないらしく、兎にも角にも何か治療の取っ掛かりを掴めれば、と言った話らしい。

 その割には昨日、異常に重たい前振りを・・・いや、やめよう、思い出したくないというか暫く何も考えたくない。

 そうやって俺が思考を投げ出したまま診察の日々が始まった。

 先生が持ち込んだ様々な道具やらを使ってアレコレしたり、一緒に体を動かしてみたり。

 色々な薬品を飲まされて感想を聞かれ、どれも変わった味がします程度の言葉しか出なかったり。

 なんか指先を見ろと言われ、何が見える、指しか見えません、何が見える、火が見えますとかなんとも言えない問答を行ったり。

 注射らしきものを打とうとしたのに針を入れただけで暫く考え込み、やっぱり止めておきましょうとか言い出したり。

 更に注射を今度は針を変えて打とうとして、今度は針さえ入れずに肌に先端当てたまま考え込み、やっぱりやめておきましょうっておい、一体何注入しようとしたんだ。

 村長宅ではともかく、何故か我が家で一緒に飯を食ったり、何故か一緒に風呂に入ったり、子供達と遊んでるところを見たいとか言い出して保護者つきで遊ぶ羽目になったり。

 合間合間に今までの生活やら思い出やらを自分なりに語るように言ってきたり。

 そんなこんなであっという間に一週間が過ぎた。

 別に苦もなく楽もなくといった一週間だった。

 先生とは特にそりが合わないわけでもなく、かといってウマが合うかと言えばそうでもない感じというか、特に可もなく不可もない適度な間合いを保持した付き合いができたかと思う。

 この程度の距離感がいっそ個人的には気楽なぐらいだ。

 まあ、そのせいで緊張感も特になくぼさっとしたまま受け答えをしたりして、気がついたら時間が過ぎていたような気がするが。

 ちいとばかり日が経つにつれて先生の表情が険しくなっていくのはわかったんで、ああこりゃ芳しくないんだろうなと察せられた。

 まあ、特に現状に悲嘆もしていなかった身としては適当に耳障りのいい事を言ってお茶を濁して、なんつーか「私たちの戦いはこれからだ!」的なENDを迎えて日常に戻るのが好ましいな、などと馬鹿なことを考えていた。

 だから、まさか先生があんな事をぶっこんで来るとは考えてもいなかった。





 その日、一週間が経過して数日中に村を出立するという先生を囲んで、村長宅で報告会が行われた。

 文字通り取り囲んで、というか一週間前の焼き直しみたいな構図だった。

 対面に先生、隣に両親、外周にびっしりとギャラリー、嫌な構図に冷や汗が止まらない。

 落ち着け俺、脳内リハーサル通りに行くんだ。

 きっと先生は俺の症状を改善する目処は立てられなかったはず。

 そこで皆に謝罪をするタイミングで割って入り、「僕はもう気にしてないから、皆の気持ちだけで十分。それだけでこれからも頑張っていけるよ」的な台詞をぶち込んで涙腺崩壊よ!

 想像しただけでゾッとするが、背に腹は変えられぬ。

 お、怯えるな俺、まさにここが正念場・・・!

 ここは無理をしてでも劇場版・The綺麗なオレを演じ切って二度と意味のわからん感動巨編を、その続編なぞを上映させぬことが肝心、ここでグランドフィナーレだ。

 先生が俺も含めまわりに聞こえるように一週間の経過を大雑把に解説しているのを聞きながら、俺はその時を待った。

 そして、先生が今できることを可能な限り手を尽くして行ったことを説明し、それでもなお治療の取っ掛かりさえ掴めなかった事を説明し、謝罪と共に頭を深く下げた。

 よし、ここ「しかし!」えっ―――。

 いきなり威勢のいい声と共に下げた頭を勢い良く上げた先生に、割って入るタイミングを逃して固まった。

 固まった俺を知ってか知らずか、先生は勢い良く語りだす。

 えっ、アンタそんな大きな声出せたの?

 そんな俺の内心を置き去りに誰にも口を挟めない勢いで先生は語る。


 治療法は見つからなかったが、彼はこのままでもきっと普通に生活はできるだろう。

 しかし、私はそれは大変に惜しい事だと考える。

 彼の年齢に釣り合わぬ高い知性、身体強化無しで平均的な身体能力を得た努力、そして皆が認めるこの存在感!

 

 ――えっ、えっえっ?ちょ、おま、何言い出してんの。


 この可能性を埋もれさせるのは誠に惜しい。

 よって、私は提案したい、彼の王都への学園への入学を!


 ――は?ちょ、えっ、えっ、えっ? 

 

 王都ならば医療関連の設備も人員も豊富にあり、学園に通いながら診察を受けることもできる。

 何かしら明るい材料も見つかるかもしれない。

 もし、もしそれで治療法が、誠に残念ながら見つからなかったとしても、きっと王都での経験は彼の人生を豊かにしてくれるだろう!

 

 ――いや、あの、ちょ、おい、おい!


 王都などと突然言われても色々と尻込みするだろう。

 下世話な話だが、金銭的な問題、衣食住、色々と気がかりがあるだろう。

 しかし、心配しないで欲しい。

 そんな者の為に『王国』には『奨学金制度』や『特待生制度』なるものがある。

 ここで私が提案するのは『特待生制度』だ。

 これは特別な待遇をもって迎えられるという意味だが、この特別というのは授業料の免除や様々な恩恵が受けられる。

 自慢のように聞こえて汗顔の限りなのだが、実は私はそれを学園に推薦する事ができる『枠』を持っている。

 そこに彼を推挙させてはもらえないだろうか。

 私の責任において、金銭的な負担は決してかからないように取り計らう所存だ。

 この度、彼の問題を解決する手段を全く見出せなかった私だが、そんな私の見苦しい代償行為と笑ってくれてもいい。

 それでも医者として、同じ子を持つ親として、どうか私に今できる事を、まだできる事をさせてはもらえないだろうか。


 そう言って、深々と頭を下げる先生に場が静まり返る。

 いやちょっと待て勘弁してくれ、そういうの結構ですから、思わずそう言うべく言葉をオブラートにどう包むかと考えた一瞬。

 わっ、と周りが一斉に沸いた。

 えっ、と思った瞬間、周りの皆が先生!先生!先生!と感極まった様子で先生を揉みくちゃにしていた。

 えっ、えっ、えっ、え―――。

 血の気が引いた。

 そんな俺とは対照的に、周りは、両親も含めて熱烈な先生コール、屋内にも関わらずまるで今から胴上げでも始まるのではないかと言う勢いだ。

 えっ、ちょ、いや、は、はいぃ?

 混乱する頭のどこか冷めた部分で、まーたこれだよ、と諦めたかのような声が聞こえた気がするがそれどころではない。

 両親が先生の手を取り、息子をよろしくお願いします、とか言ってるのを見ながら、俺は今更それに割って入ることもできずに呆然とするだけだった。





 そのまま、あれよあれよと事態は進み、一月後には俺は村中の人から見送られ、村を出る荷馬車に揺られて村を出る羽目になった。

 



 

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