06
もうなんか混乱しすぎて一週回って冷静になったと言うか、一度取り乱したせいで落ち着いたと言うか。
とにかく、結局のところ今日のコレはなんなのかと言う話だ。
と言うわけで、疑問をぶつけようと口を開こうとしたところ「既に聞いていると思うが」と言う前置きと共になんか村長が語りだした。
え、いや、聞いているとは思うがって、何?知らんがな、と言う俺の内心に気付くわけもなく話は始まった。
曰く、生まれつき体が弱い子供であった俺を村人一同、心配していた。
魔法も使えず、他の子供達と一緒に走り回ることも満足にできない様は不憫だった。
各々がそれぞれ手を尽くしてみたものの、この辺境の村でできる事など限りがあり、早々に手詰まりになった。
しかし、そうやって手をこまねいている内にいつの間にか体が弱いと思われていた彼は、普通に子供達に追いつき、共に駆け回るようになっているではないか。
そればかりか、子供達の中心になり世話まで焼き始める始末。
傍から見ればなるほど、確かにそれと頷ける確かな存在感。
そして受け答えから感じられる子供らしからぬ知性。
そんな彼の姿を見ているうちに、未だ魔法は使えないが、きっとこの子はそんなものがなくても生きていける強い子なのだと皆は甚く感じ入った。
そんな彼を、村の皆は口々に神童と誉めそやし、自分達の子供の面倒を見てくれる彼を、まるでそれが当たり前のように過ごすようになっていった。
そんなある日、いつものように家に帰ってきた子供の様子が少しおかしい。
何があったのかと尋ねると、たどたどしく要領を得ないが、どうも「『彼』が魔法を使えないことを気にしている」と言う内容だった。
まさか、と思った。
しかし、考えるまでもなく当たり前の話でもあった。
いやしかし、もしかするとうちの子供の勘違いという事も、色々な考えが頭を巡るも結論は出ず、他に子供を持つ面々に話しを聞こうとその日は結論付けた。
翌日、子供を持つ親達は示し合わせたかのように村長の家に集まっていた。
子供達は皆が皆、表現の大小の差はあれど昨日の出来事を親に相談していたのだ。
各々が隣近所で、職場で、その話題を交わした事によりそれぞれがより深刻に事態を受け止め、そして一所に集った。
そして、それぞれの子供が話した内容をつなぎ合わせていった結果、昨日起こったであろう出来事がはっきりと形になった。
『彼が、子供達に、誰もが無意識に自身に掛けている身体強化を切って、自分と同じように動いてみようと言った。 しかし、子供達はそれがなんなのか、どうやるのか理解できず、それを聞いた彼は目に見えて消沈した』
頭を殴られたかのような衝撃だった。
そうだ、何故誰も気がつかなかったのか。
同じように動けるように、走り回れるようになったからといって、他の子供達が皆当たり前にできていることが自分にできないと言うことが、子供である彼にとってどれだけ辛いことだったのか。
そんな彼に我々は何と言った? 「うちの子がお世話になってるねありがとう、これからもよろしくね」だと? 言ったときの自分を絞め殺してやりたい。
何も見えていなかったのだ我々は、大体『いつの間にか』他の子供に追いついて、などと、ありえないだろう。
身体強化は皆が自然に、というよりそれを行わない方法を知りもしない事だ。
それをしないで人並みに動くなど、我々にとって息をせずに生きろなどと言われるに等しいのではないか。
そんな状態で人並みに動くと言うことに苦労がないなどとありえるのだろうか、いやあるはずが無い。
我々に見えぬところで、想像もできぬ努力をしたに違いない。
そうしてようやく他の子供に並ぶことが叶った彼に、歳に似合わぬ落ち着きがある?大人びているから安心感が?そうではないだろう。
きっと彼は、人より劣った体を抱え、それを克服する上で『大人になるしかなかった』子供だったのだ。
そんな彼に、ああそんな彼に我々は、何不自由なく生を謳歌する我が子の世話を―――。
皆が一様に項垂れていた。
情けなかった、ひたすらに情けなかった。
下がった頭が上げられなかった。
何が大人だ、何が人様の親だ、恥知らずにも程がある。
ぐし、と誰かが鼻を擦る声が聞こえた。
自分の視界に移る床が滲む。
彼が溢したと言う『身体強化なしで一緒に』という言葉、そのささやかながら重たいそれに震える。
それを解せぬ子供達を責めることはできぬ、子供らは未だ無意識に行っているそれにほぼ自覚すらなく、我々も深くは理解していないのだから。
だが、ああしかし、『身体強化なしで一緒に』、歩みを緩めて共に歩いてくれないか、などと。
なんて、ささやかな、なんてちっぽけで、なんて困難な願いなのか。
その小さな肩に、どれだけの悲哀を抱えて、涙も見せず弱音も吐かずに来た彼の初めて洩らしたその言葉に篭った意味を思う。
もう、堪え切れなかった。
気がつけば皆が人目もはばからずに泣いていた。
そして、一頻り泣いた後に激怒した。
己が無知に、己が非力に、一人の幼子に悲しみを負わす現状に。
必ず、彼の憂いを、涙を除かねばならぬと決意した。
どうすればいいのかなどわからぬ。 所詮は自分はしがない村人である。
彼の本当の気持ちはわからぬ。 自分からすれば他人の子である。
だが、それでも、自分も子を持つ親である。
子の悲哀に、敏感にならずにおれようか、何もせずにおれようか―――。
そう語る目の前の村長、目元から熱い何かをこみ上げさせて熱弁である。
周りを取り囲む面々も目頭を押さえたり目を潤ませたりとなんか熱気が凄い。
俺、両親にそれぞれ両の手を握り締められホールド、なんか二人とも俯いてぷるぷる震えてらっしゃる。
真正面の見知らぬ誰か、熱気について行けてないのか顔が引き攣ったまま唖然。
い、いやあ、これだけで一冊書ける位の感動的ストーリーですねー。
僕も件の『彼』に熱いエールを送りたいんですが、励ましのお便りはどこ宛ですかね?
いやあ、逆境にめげず健気に頑張る『彼』の姿に胸が熱くなりますねー是非とも直接お会いしたいものです。
だ、だから、えっと、その、『彼』って誰なのかなあーなんてーあははははは。
オレ?へー、オレ君って言うんですねー。
すごいなー、かっこいいなー、アコガレチャウナー。
―――俺かよ!
ちょ、いや、は?えっ、えっ、えっ?何それ、ナニコレ、は?は?はぁああああああ?!
いやいや、いやいやいやいや、何それ、俺そんな風に見られてたの?
つか、マジ人好すぎだろ皆さん、他所の子に何そんな入れ込んでんの自分の子供は!?
皆でお金出し合って、村の積み立てとかも使って王都から凄い先生呼んできましたとか、今、今言った?
聞いてねえ、てか今日のコレについて俺何も聞いてねえし。
一ヶ月前からのなんか微妙な空気ってこれだったのかよ!
適当な思いつきで言ったことがこんなことになるとか思わねえよなんじゃこりゃ。
なんか今まで堪えてたものがぽろっと零れたみたいに取られてっけどちげーし、全然ちげーし!
なんだよ「もう我慢しなくていいんだよ」とか「今まで気がついて上げられなくてごめんね」とか、違うから、欠片もシリアス含まれてないガキの戯言ですからーやめてそんな目で見ないで。
頭がぐちゃぐちゃで思わず「ち、違・・・」とか口に出るがどもって言葉にならず。
隣にいる両親にいつのまにか抱きしめられて色々言われてるがもうわけわかめ。
しかも、なんか皆様の口ぶりからすると、俺のここ一ヶ月の挙動不審ぶりは今まで堪えて来たものが我慢できなくなってきたが故の事で、しかしそれを言い出せずに健気に取り繕ってきたお涙頂戴ストーリーだったと?
う、うおおぅ・・・こ、殺せ、もういっそ殺してくれええええええええ!!
違った意味で泣きたくなってきたわ!
というか目じりに涙が、乾いた笑いと共に涙が滲んできたぞチクショウめ!
それを見た周り更にヒートアップ、涙ながらに俺に励ましの言葉を倍積み、更に倍、もう勘弁してください。
ありがたいよ、超ありがたいよ?肌に感じる震える両親の肌の暖かさ、その二人から、そして周りの人達から掛けられる言葉の温かさに俺なんかの事を本気で想ってくれるのはわかる。
けどさ、違うんだって、これはないだろあんまりだ。
あー、もう、色々泣きたい、ってかもう―――。
「う・・・うぁ、うわああああああああああ!!」
泣くわ。
暫し後、精も根も尽き果てて真っ白に燃え尽きた俺の視界に相変わらず映る見知らぬ男性。
多分王都から呼ばれたとか言う先生がこの人なのだろう。
今までの話はこの人への説明でもあったわけか、と考えるのも億劫な頭で考えていると村長が「というわけなのです、お願いします先生」と言って頭を下げた。
重っ!前振りめっちゃ重たないですか村長、プレッシャー掛けすぎだろそれ。
最早なにも考える気力も沸かない状態で、搾り出すようにそう心の内で叫んで俺は考えるのを放棄した。
最後に震える声で、「微力を尽くさせていただきます」との言葉を聞いた様な気がしたがよく覚えていない。