0.花火
0.花火
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今日の『過去』は、小学生もそろそろ中学年に差し掛かりそうな頃の夏休みの事だった。
夏、夜6時。外はまだ明るい。暑さのピークは過ぎた。町は、昼の激しい熱気に疲れ、すこし気だるい熱さをまとっている。攻撃的な尖ったセミの声がまだ響いている。余計に暑苦しい。もう少しすれば、きっと涼し気な虫の声に変わるんだろう。そんな期待をしながら、納屋から自転車を引っ張りだし、またがった。
自転車をこぐと、風が涼しい。ぐんぐん足に力を込めて、自転車を進める。
いつもの登坂に差し掛かった。俺はこの坂道が嫌いだった。俺はそうそうに登坂との格闘を諦め、自転車を押して、坂道を歩く。自転車を降りると、忘れていたかのように汗が噴き出してきた。シャツが肌にくっついて気持ち悪い。
登坂を登りきれず、途中で自転車を押して歩くのは、カッコ悪い事だと思っていた。友達と一緒の時は、意地でも登りきる。一人だけ必死になっているような気がする。人より特に体力が劣っているわけではない。多分、人よりも、根性が無いんだろうな。…蝉の声に、いつも以上に苛立ちを感じた。
坂を登りきった所で、持ってきたタオルで汗をガシガシ拭いた。再度、自転車にまたがり呼吸を整える。もう少し走れば、いつもの笑顔が俺を迎えてくれる……
胸が高鳴っている。ずっと自転車に乗っていたからだ。俺はこの胸の高鳴りの名前を知らなかった。
「透くん、汗だくやな!」
「!」
はっとして、道横の林を見やる。
「……そんな所で何してるんや」
「へっへー」
あかりは、嬉しそうに笑った。
「透くんが通るかと思って、待っててん」
「そんなとこに居たら、虫に刺されるで」
カッコ悪い所を見られた気がして、少し不機嫌な声を出してしまう。
「ご、ごめん」
あかりはいつも、悲しそうな顔をしてすぐ謝る。
「楽しみで、じっとしてられへんかったから」
そして、今度はまたすぐに笑う。ころころと表情をかえるあかりを見ていると、こっちの不機嫌な気持ちまですぐに消えてしまった。
「はよ行かんと、花火大会はじまるぞ」
「あ、そやな!」
「……俺は自転車あるからいいけど」
「えー、ボク持ってへんで」
あかりは、女の子なのに自分の事をボクと言った。きっと、お兄ちゃんの影響なんだろう。
「走ってついてくる?」
わざと、意地悪な事を言ってみる。
「嫌やぁ」
こうやって、すぐに悲しそうな顔をする。からかい甲斐がある。
「後ろ乗せたろか?」
「それも嫌。落ちそうで怖いもん」
「わがままやなぁ」
俺は自転車を道の脇に止め、鍵をかける。
「透くん、一緒に歩いていこ!な、それが一番いいで」
また、すぐに嬉しそうな顔になる。
「うおりゃぁぁぁぁ!!」
「あー、待ってー!」
急に走り出すと、あかりは弱々しい声を発しながら、ばたばたとついてくる。あかりの情けない声に、俺は笑った。つられて、あかりもまた、笑うのだった。
――― あかり ―――
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はじめまして、Hydra FMと申します。
このような所に投稿させていただくのは初めてで少し緊張しています。
大体出来てるので、サクッと完結させたいと思ってますのでよろしくお願いします。