世界と自分
「"センチュリオン"……!」
シルヴィアは"センチュリオン"の姿を確認すると、すぐに剣を抜いた。
『こうもはやく会えるとは思わなかったぞ、シルヴィア=クロムウェル』
エリーとは全く異なる妖艶な誰かの声。妙に艶っぽい声は、エリー自身の容姿と合わさり男を魅了するには十分すぎる。
妖艶な声と紅く染まった眼をもった"センチュリオン"は周囲に突き立てられた剣を魔力の粒子に戻す。
今、彼女の付近にある剣は背後にある三対のみだ。
「用件はわかってるわね? エリーの体、返しにもらいにきたわ」
『ならぬ。貴様にだけは返すわけにはいかぬ。何があってもな』
明確な敵対心を以て"センチュリオン"はシルヴィアに言い放つ。
彼女の右手には彼女自身、"魔剣センチュリオン"が握られている。
最初から交渉の余地はないということだ。
「……なぜ? 自由に動ける体が欲しいだけならエリーに相談したらいいじゃない。彼は許すと思うわよ」
『許す…か、身勝手なことを。じゃが、まぁこやつは了承するだろうよ。体を奪わずとも、妾と所有者の五感は自由に繋ぐことができる。世を視たいだけなら奪う必要もなかろうよ』
「じゃあなんで奪ったのよッ!」
シルヴィアが吠えた。
理不尽に引き割かれて、ようやく出逢えたと思ったら彼は彼でなくなっていた。
堪えていた感情が爆発してしまったのだ。
「シルヴィアさん!」
「クロムウェル、勝手に突っ走るなッ!」
遅れて後ろからウェンたちが駆けつけてくる。
まだ剣は抜いていないシルヴィアと違い、クローヴィスとアリシアは既に自分の武器を構えている。
"センチュリオン"はそんなウェンたちを見ると愉しげに唇を吊り上げた。
『なんで奪った…か』
一瞬、"センチュリオン"の表情が曇る。
手にした自分の刃にエリーの顔を映すと、その紅い眼に憂いを湛えた。悲観と慈悲、その両方を備えたような紅眼。
しばし沈黙すると"センチュリオン"は今度は激情を宿しながら、シルヴィアたちを睨み付けた。
『さっき…貴様は「エリーは許す」と言ったな』
「えぇ。エリーならそうすると思ったからよ」
『ふん…予想通りじゃな。貴様のそういう勝手に期待することこそが、エリーの負担になるとも知らずになッ!』
"センチュリオン"は自分自身を振り払うとそこから剣を呼び出し、シルヴィアに撃ち出した。
「えっ…?」
「くっ…"ディザスター・ブレイヴ"ッ!」
咄嗟の事態に動けないシルヴィアを守るように剣を弾いたのはウェンだった。
「…してやられました。いきなりこれを無詠唱使わせますか、お陰で魔力がもうありませんよ。……それにしても"センチュリオン"さんとお呼びしましょうか? あなたは随分とシルヴィアさんを、我が主人を憎んでいるようですが、何か理由でも?」
両手に剣を型どった魔力を握り締め、シルヴィアの前に立つウェン。眼鏡の向こう側に見える眼は、かつてないほどに冷たいものだった。
言い換えるなら、殺気に満ち溢れていた。目の前にいるのがエリーの体でなければその場で斬り殺していただろう。
『随分な怒りようじゃのぅ。そんなに主人を攻撃されたのが気に触ったか?』
「まぁシルヴィアさんを攻撃したからというのもありますが…。何よりも、エリーさんの体でシルヴィアさんに剣を向けたのが一番僕の気に触りましたね」
"ディザスター・ブレイヴ"の剣を握りしめ、シルヴィアを守る騎士のように立ち塞がる。
憑依術式のように使用中ずっと魔力を消費するわけではないが、それでも"ディザスター・ブレイヴ"による自身への強化の反動がウェンの体を蝕んでいるはずだ。
『…………』
"センチュリオン"は次にどんな手を出してくるかと構えるウェンだったが、彼女は戦うどころか背にした三対の剣さえも納めてしまった。
「どういうつもりですか?」
油断せずにそれぞれの武器を構える。
ほぼ予備動作なしで遠距離攻撃を使える相手だ、例え無防備な状態でさえも油断できない。
しかし"センチュリオン"の目からは敵意が何故か失せ、瞳には憂いを宿していた。
『エリーも……そうやって自分の身を省みずにシルヴィアを守ってきたな。そこじゃよ、その献身的な態度が、エリーを傷つけていた…』
はっと気付いたように顔を上げるシルヴィア。
『こやつの…エリーの、シルヴィアを想う気持ちは本物じゃ。ここまで1人の女に惚れ込む男など、なかなか見れたものではない。……何せ世界を何度も滅ぼしたほどじゃからな』
「私も…私だって、エリーのことは!」
『そこじゃよ、一番の問題は。互いに想い合い、相手のことを考えるからこそ…こやつは自分のことを蔑ろにしてきた。……"シルヴィアが幸せならそれだけで十分"。――自らの幸せよりも、他者のことをまず一番に考えたこやつの末路が妾……"魔剣センチュリオン"よ』
少し意外だったのは、"センチュリオン"はシルヴィアのことを全否定しなかったことだ。
出会い頭に剣を撃ち込むほど憎んでいるのなら何から何まで恨んでいるのかと思っていた。
一部は認めつつも、それでもなお否定する。それだけに彼女のエリーを手離さないという信念は固いものだと認識する。
『貴様たちはそんなエリーの姿にいつの間にか頼ってしまっていたのじゃ』
「……っ!」
日常的なことから、継承戦争のような大きなことまで。エリーを頼りすぎていたのだろう。
そしてエリーはそれらをごく当然のように受け入れていた。
だからやってくれて当然だと無意識にそう思ってしまっていた。
それはまるで――シルヴィアが否定していた傲慢な貴族のように。されて当然、やって当然、そうでなくてはならない。
シルヴィアが否定したいことを、他でもないエリーに強いてしまっていたのだ。
『こやつが真に自分のためだけに戦ったことなどほんの数回程度。……妾は他人のために力を使うなんて大嫌いじゃ、それを強いる人間もな』
「じゃあ、なぜ…バウチャーは断らないんだ。私の申し出だって断ることはできたはずなのに…!」
今のこの状況を作り出してしまったと責任を感じているアリシアは、そのの被害者でもあり加害者でもある目の前の『人間』に問う。
『否、断れないのじゃ。恩人だから、仲間だから、自分が手をかして然るべきだとエリー自身がそう考えた』
病的を通り越して狂気的なまでの他者への献身。
それが世界を滅ぼしてきた罪滅ぼしだというのなら…。
『他者のためになるなら自分のことは考えない。……アリシアよ、妾がエリーを乗っ取った時のこやつの体がどんなものだったがわかるか?』
「…………」
アリシアは無言で首を横に振る。
わからないと言うよりはわかりたくない、と言い換えるほうが合っているだろう。
『憑依術式の過剰行使による反動で、ボロボロになっておったわ。いつ倒れてもおかしくはなかった。お陰で数日は動き回れずに治癒に時間をとられてしまったのぅ』
魔族化しないことを利用して、自殺行為とでもとれるような禁術の過剰な行使。
当時のエリーは剣を持っていなかったが、それなら魔術だけで戦えばいい話だ。わざわざ身を削るような真似をする必要な全くない。
『エリーが妾を握った時もそうじゃった。他にもあの状況を打開する案はこやつの頭にはあった。なのにエリーは"これが確実だから"と、躊躇なく妾に身を委ねた。……この意味がわかろう?』
「他人が助かればそれでいい、か。馬鹿野郎が…!」
クローヴィスが悔しがるように近くの壁を拳で殴り付ける。
『もうわかったじゃろ。エリーにとっての最善は貴様たちと関わらないことじゃ。そのために妾がエリーを預かる』
誰も言葉を返せなかった。
自分たちが無意識にエリーを追い込んでいたなど思いもしなかったからだ。
『それにこれが…最初で最後のチャンスじゃ。この繰り返され続ける世界に終止符を打つ。そのためにもシルヴィア、貴様は2度とエリーに逢おうとするな』
「エリーが…私を殺すかもしれなから…?」
『その通り。エリー・バウチャーがシルヴィアを殺害する、特異点はそこじゃ。その特異点を避ければ、世界は流転せずに済む』
またしても言葉が出ない。
シルヴィアはエリーを取り戻したい。しかしその場合また世界が繰り返されるかもしれない。
――世界をとるか、自身の幸福をとるか。
もし最悪の状況になった場合、今までのエリー・バウチャーが紡いできた希望を崩すこととなる。
"センチュリオン"が言った最初で最後のチャンス。世界に抗い続けたエリーの希望を、自分が砕いていいのか?
『エリーのことは忘れて他の男と結ばれ、子をもうけ、幸せな家庭でも築くがよい。それがエリーの願いでもある。世界と、他ならぬエリーのためにな』
自分はもう、エリーに関わらない方がよいのだろうか。
知らないうちにエリーを傷つけ、自分が彼の周りにいれば、デイヴァとの約束も果たせない。
「わ、私は…私は…!」
もう頭がどうにかなりそうだった。
何をどうしても両者が成り立たないのなら、どうすればいい。どう足掻けばいい。
――世界のために自分の幸福を捨て、永遠と続く世界に終止符を打つことを望む。
――自分の幸福のために世界を潰えさせ、また世界が流転し続けることを望む。
今まで、この選択すら与えられなかった。まさに運命と呼べるものだったのだろう。
しかしそれをデイヴァや"センチュリオン"、デイヴァが手を貸したという初代ギルドマスターとその仲間が、その運命を回避することができるまでにこの世界を変えたというのなら。
そこに至るまでの戦いを自分が無下にしてもいいのか?
なら自分は手を引くべきではないのか?
『答えはでたようじゃな。……それでよい。100年もあれば、貴様も死ぬはず。それくらい経てばこの体はエリーに返そう。幸いにも、エリーの身体の時は止まっておるからの』
戦う意味はないと悟った"センチュリオン"は自身を鞘にしまう。
『もう話すこともない。転移門解錠。……さらばじゃ』
"センチュリオン"は詠唱すらせずに、転移魔術による門を開くとその門へと消えていった。
「あぁ…エリー…」
膝から崩れ落ちるシルヴィア。
両手をつき、四つん這いとなった彼女の顔からは、ただただ涙が流れ続けた。




