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彼と魔族とお嬢様  作者: 秋雨サメアキ
第2章 変わらぬ想い
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病的なお人好し

『…………』


"センチュリオン"は歩いていた。

宿主エリーがいた最後の町だ。何か今後に役立つかもしれないと思ったからこその行動だ。



『……にしても、少し視線が気になるのぅ』


エリーの記憶によればこのスサの町というところは、鍛冶が盛んな町だったはずだ。

だから自分のような武装した人間は珍しくないはずだし、そもそもどの町もギルドの存在を許しているのならば剣を持っていようと別段注目する必要もない…はずだ。



『となれば妾の…というかエリーが原因じゃな。我ながらこの容姿は目立つ…妾のものではないが。あの場にいたアリシアという小娘でも変わらんじゃろうな。…うぅむ』


彼女自身も目を集める存在ではあった。だがそれも今は昔のこと。

そもそも自分の容姿すらなかなか思い出せないのだ。剣である身で例えるならば経年劣化とでも言おう。

最悪忘れてしまっても問題はない。今更あの身を惜しんでも意味がない。




『…気にしすぎじゃな』


せっかく体を得たのだ、考え込むよりも今は楽しむことをしよう。

とはいえ、俄然目的がない。

試しにエリーの記憶を覗くと旅をしている最中は困っている人間を見かければ見境なく手助けをし、その結果面倒事に巻き込まれたりもしている。


『宿主の体…返すかどうかはわからぬが、傷つけることもしたくない』


これも記憶を覗きこんでしまったせいだ。余計な情が移ってしまった。

我ながら馬鹿らしいものだとセンチュリオンは小さく笑う。





一人言をしながらスサの町の大通りを歩いていく。

エリーの体の扱いにも慣れ、文字どおり手足のように扱える。


以前のエリーと異なるのは髪だろう。

自身の力で剣が自由に出せるセンチュリオンは、エリーが邪魔に思いながらも伸びるのが速すぎて放置していた髪を1分ほどで短くできるのだ。


今は肩くらいの長さに整えている。

センチュリオン自身はエリー以上の髪の長さだったこともあったが、やはり動きやすさを取るなら短くするに限る。





髪も短くして何をしようかと悩んだ矢先、誰かとぶつかってしまった。


『すまぬ。見てなかったわ』


謝るべきところは謝る。自分の非くらいは認める。それができないセンチュリオンではない。



「あぁ? ……いってぇーよぉー!」


センチュリオンがぶつかったのは大柄な男だった。

屈強な体に似合う厳つい顔。イメージと合いすぎて笑ってしまいそうだ。

その屈強な男がセンチュリオンとぶつかっただけで倒れてしまっていた。



「大丈夫ですか兄貴ぃ~!」

「てめぇ!兄貴が怪我しちまったじゃねぇか!」


そしてその家来…だろうか?

ぶつかった男ほどではないものの、筋肉質な男2人が屈強な男の側に駆け寄った。




「あぁ~骨が折れちまったなぁ? お前これどうするんだぁ?」

「こりゃ全治数ヵ月ですぜ兄貴!」

「どう落とし前つけるんだよ嬢ちゃんよぉ!?」


どう見てもぶつかった程度で骨が折れるような体躯ではないのだが。


『知らぬ。今の妾は気分がいい。死にたくなければこれ以上関わるな』

「なにを言ってやがる…!」


こんな男どもに付き合う道理はない。



「調子に乗るなよ小娘ェ! 死なない程度に痛め付けてから、存分に可愛がってやるからなぁ!」

『阿呆め、死に急ぐか』


相手を気遣う気持ちはあるが、加減をする必要はない。

彼女は、センチュリオンは、無数の剣をを展開し、それを放った。





◆◆◆





スサの町の大通りを歩く。

情報を集めるにはここで人から聞くのも効果的だからだ。



「ガストもあの組織のことを知らないのだな」

「言ったろ、依頼主の事情には関わらないってな」


傭兵でなくても、依頼主を詮索しないのが普通のことだ。

関わった結果ろくな目に合わなかったという話は枚挙に暇がない。




「知ってるのは精々名前くらいなもんだ」

「それでも構いません。教えてくれますか?」


なんでもいい情報が必要だ。今現在シルヴィアが知っているのは、ルーキーという女だけだ。



「ああ。まずはリーダー格のレザール、人造魔剣"バスティオン"の使い手にして狡猾な夢想家だな」


アリシア曰く炎属性の魔術の使い手でもあったという。

表に出てくるような人間ではなく、裏から物事を操るタイプらしい。

そんな彼が表だって動いたということは、何かしらの変化があったのだろう。



「次はロザリー、槍が得物のはすだ。ということは"魔槍トリシューラ"はそいつの手の中にある。あの女…ロザリーはレザールと同郷らしいが詳しい話は知らん」

「そうか…。ならそのロザリーという女は私が討つ。私なりのケジメだ」


おう頑張れよと軽く流すグリード。


「んでもう死んだがラカムというやつもいた。あいつが最初に脱落するとはなぁ、世の中わからんもんだ」

「私たちが会ったルーシーという女の人もその仲間なのかしら?」

「あぁそうだな、あいつは態度が誰に対してもコロコロ変わるからな。それにルーシーは魔術師らしいがそれだけじゃないだろうな。後はリグという男もいたが、よくわからん」


情報が徐々にアバウトになっていくが、グリードのスタンスからしてこれくらいしか知らないのだろう。



「だろう、わからんって随分と適当じゃないっすかね。名前だけでもわかったのはありがたいけどさ」


クローヴィスも同じ事を思ったのか苦笑混じりに指摘した。

とはいえ、何も知らないから少し知っている程度にはなれたのだ。それだけでも十分な進展だ。






「まぁまぁここからが本番だぜクローヴィス。奴らの組織の名は"レジスタンス"。目的は――ギルドの崩壊と人類の真なる自由の獲得だ」


シルヴィアは言葉を失った。

だがグリードの言葉はまるで水のようにシルヴィアの体に溶けていく感覚があった。


そしてやはりと言うべきか、一番に反応したのはアリシアだった。



「ギルドの崩壊だと!? そんな馬鹿な。たかだか4人で何ができるッ!」

「僅か6人に倒されかけたギルドがか? "オラクル"に真正面から戦争吹っ掛けられて、壊滅状態に陥ったギルドが、そんなことはありえないと絶対に言い切れるのかアリシア」

「……っ!」


否、正確には7人だ。

"オラクル"がギルドに奇襲をしかけられたのも、フィレンツェに魔物の大群が現れたのも、全てエリーデイヴァが転移魔術で彼らを送ったからだ。

グリードがデイヴァのことを知らないのは当然だろう。


だが"オラクル"ならデイヴァがいなくとも、それに近いことはできたのではないかとも思う。



「それに"レジスタンス"は恐らく"レイヴン"を手中に納めている。俺があそこに入る前からな」

「なんだと!?」

「お前さんは不思議には思わなかったのか? 本来"レイヴン"は戦闘目的の集団ではない。なのに"センチュリオン"確保任務の時には、"レイヴン"が遺跡の安全を確保していた」


それにシルヴィアたちがマキナの任務に同行した際は、"レイヴン"が秩序の守護者ギルド・ガーディアンの前に敵を殲滅しておくなどありえないとマキナが断定していた。



「はじめから罠だったのさ。あそこで死んでいたのは"レイヴン"の連中じゃねぇ。騙してそこに集めた傭兵どもだ。後は俺がそれを殺し、"レイヴン"が殺られたように見せかける。後はアリシア、お前さんたちが勘違いすれば…"レジスタンス"と"レイヴン"が無関係であると証明できるってわけだ」


だがここで疑問が湧く。


「アリシアに勘違いさせるのはわかったけど、アリシアを殺しては意味がないのではないかしら」

「元より殺すつもりはない。エリーはともかく、アリシアだけは絶対に殺すわけにはいかなかった」

「どういうことだ…?」


怪訝そうにアリシアが質問する。

思えば彼女は秩序の守護者ギルド・ガーディアンにしてはギルドの知識が少ない気がする。

もし、そこに狙いがあるのだとすれば――。



「本来、秩序の守護者は任命式を終えてからギルドに関するより詳しい情報を与えられる。だがアリシア、お前さんはまだ任命式を終えてなかったよな?」

「そうだが」

「だからこそだ。"レイヴン"のことも任命式で知るはず"だった"。だが"オラクル"事変で任命式が延期になり、中途半端な形で秩序の守護者ギルド・ガーディアンの任務を任せられたアリシアが、一番騙しやすかった」


――全て、納得がいった。

マキナの"レイヴン"の説明とアリシアの語っていた"レイヴン"部隊の全滅。

本当ならありえないことも、アリシア自身が詳しく知らないために、その齟齬が罷り通ってしまった。

もし"センチュリオン"確保任務を、アリシア以外の秩序の守護者に任せられた場合、直ぐ様その間違いに気付いただろう。


何も知らないアリシアを利用した計画。

狡猾だ。そして同時に聡明でもある。敵ながらあっぱれと言ったところか。





「……"オラクル"によるギルド襲撃、それを"レジスタンス"は活用したと」

「そして内情を知らない秩序の守護者アリシア。全てが噛み合ったと確信したからこそ、レザールは、"レジスタンス"は動いたんだろうな」


その事実が、グリード以外の全員に相手の力量をまじまじと見せつけた。

全て、"オラクル"事変すら、彼らの掌で踊らされていたのだ。



「私の行いは…全て…無駄どころか、悪化させていたのか…」


その中で、アリシアは絶望にうちひがれ、膝をついた。

彼女の気持ちは痛いほどわかる。



「いえ、無駄でも悪化させてもいない。"センチュリオン"がレザールたちの手に落ちなかったのはアリシアとエリーのお陰よ。ならその紡いだ可能性を今度は私たちが掴みとる。"センチュリオン"からエリーを奪い返す。もちろん、アリシアも一緒にね」

「私も…?」

「当たり前よ。少なくとも今ここにいる4人とフィレンツェで待つ仲間たちは、ね」


グリードがどうかは知らないけどね、と少し茶化してみせる。

エリー・バウチャーの幾星霜に渡る戦いを、今度こそ終わらせる。そうシルヴィアたちは誓ったのだ。



「俺は、繰り返された世界とかどうでもいいんだ。……ただ、ちょっとグレた親友を一発殴って目を醒まさせる。それだけだ」

「単純な話です。エリーさんを取り戻し、そのついでに"レジスタンス"に好き勝手させない」

「なぜ、私にそこまでできるんだ」


力なくアリシアは訊ねた。

以前、エリーにも同じような事を言われた気がする。


――そんなこと、決まっている。



「それは、私たちは極度のお人好しだからよ。困っている人がいれば手を差し伸べる、病的なまでにね」

「そうか……そうだな。バウチャーもそうだった。馬鹿思えてくるくらい、お人好しで……」


いつだって、手を差し伸べる。

手を差し伸べてもなお、届かなかったこともある。だが折れずに手を伸ばす。

自分はそういう人間だとシルヴィアは、そんな自分を誇りにしていた。



「……いい仲間を持ったな、アリシア」

「ガスト…?」

「なんでもない。ちょいと昔を思い出しただけだ。話も纏まったし、さっさと情報を集めるぞ」


1人さっさと先を歩いてくグリード。

どこかその背中は、罪に苛まれていたエリーのように悲痛に思えた。






◆◆◆






その僅か数分後。


「あっちで何か騒いでるみたいだ。なんだ…喧嘩か?」

「わざわざ絡みに行くことはないだろクローヴィス。いや、待て」


少し先に人だかりができている。

何かに気付いたグリードが、刀に手を伸ばす。

シルヴィアも目を凝らしてみると、そこには鮮血が流れていた。


いや、それだけではない。



「野次馬の周囲に剣が…? しかもあんなに大量に。……もしや、確かに一致する…。なるほど、そういうことですか」

「どうしたのウェン」

「よかったですねシルヴィアさん。まさかこうもはやく会えるとは」

「あれは宙に浮いた三対の剣…ッ! 間違いない…"センチュリオン"だッ!」


エリーがそこにいる。

それだけでシルヴィアの身は動いた。


1ヶ月も経っていないのに、もう何年も会っていないかのような感覚だったのだ。

夢にも当然見た。だが、この目でしっかりと見なければ……!





だが、シルヴィアの目に写ったのは。


「もう……やめてくれ……!――があっ!?」

『先に仕掛けてきたのはそちらであろう? それに忠告はしたぞ? それなのにやってきたそなたたちが悪い。妾が愛した民でもないそなたに慈悲をやる道理はない。――――それと、そこの見ている民衆どもも同罪じゃ。……自分だけが蚊帳の外だと思うたかッ! 妾はそなたたちのような人間が一番嫌いじゃ。自分は安全だと、無関係だと、傍観するだけの人間がなッ! ……とはいえすぐには殺さぬ。10数える間に逃げるがよい』



「な、なんで…」


そこには男3人に剣で針ネズミにし、近くの民衆にも剣を向けた"センチュリオン"の、エリーの姿があった。

周囲の人間は消え失せ、そこに在るのはシルヴィアとエリーのみ。



『……む? これはこれは。わざわざそちらから出てくるとはのぅ。シルヴィア=クロムウェル』


"魔剣センチュリオン"はシルヴィアを見つけると、紅い瞳を妖しく輝かせた。

2章はこれで終わりです。

3章は第二部前半、"センチュリオン"編を終わらせます。


余談ではありますか、レザールたちの組織の名前を考えるのに数日要しました。

その結果が"レジスタンス"という当たり障りのない名前なんですよね…。

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