魔剣邂逅
どこかにある星がよく見える丘に、彼の姿はあった。
――いや、彼の精神がない今は"彼女"と呼ぶべきかもしれない。
『永らく眠って、やっと目覚めたかと思えば、世の中大して変わってないのう。技術的な面ではなく精神的に、じゃがな』
魔術に関しては彼女が生きていた時代より遅れているだろう。
そうでなくては彼女は造られるはずがない。
いつの世も人の性質は変わらないのだろうと結論付け、自分の体を見る。
『……むぅ、体を堂々と奪ったのはいいが、宿主の精神がほとんど反抗しないのは想定外じゃった。妾としては、もう少し抵抗して欲しかったのじゃが。――"前のおぬし"は最後まで抗っておったぞ?』
冗談めかして眠る宿主に呼び掛けるが反応はない。
彼は目の前の少女を救うためにほぼ無条件で体を差し出したのだ。気分屋の彼女でさえ、憐れみの感情から彼の願いを聞き入れてしまった。
本来なら願いなど聞き入れる必要もないのだが、彼の心身を知り叶えられずにはいられなかった。
『さて、体もようやく癒えてきたわ。まだ完璧に癒えたわけではないがの。――エリーも無茶をするのう、少なくとも妾を掴んだ時には全身に激痛が走っていただろうに』
実に、実に愚かしい。それ故に悲劇的だ。
『憑依術式の過剰行使、魔族化しないからと無理をしすぎたな。その無茶を自分のために使えばよかろうに』
力とは自分のために使うからこそ価値があり、それを他人のために使うのは愚行だと彼女は信じていた。
献身と言えば聞こえはいいが、様は体のいいように使われているだけだ。
人生を他人に握り潰され、その後も他人の欲望のためにいいように扱われてきた彼女なりの想い。
だがエリーは、躊躇いもなく他人を救うためにその体を投げ出した。
強要されるわけでもなく、手段がまだあるかもしれないのに、「それが確実だから」と。
『見返りを求めるわけでもなく、強要されたわけでもなく、ただただ他人を想ったが故の献身……か』
彼女にはない感覚だ。
エリーの願いを聞き入れたのも、本当は彼の純粋さに感化されたからかもしれない。
『だからこそ、許せぬ。やはり、他人への無償の献身はあってはならぬことじゃ。誰であっても』
エリーの記憶を読み解けば読み解くほど、彼のシルヴィア=クロムウェルという人間に対する想いが明らかになっていった。
純粋な愛だけではない、エリー・バウチャーという『人間』が繰り返してきた世界。それへの贖罪ともとれる。
しかし、その繰り返される世界の歴史は、ひとつ前の彼――デイヴァによってその可能性は極限まで0に近づいている。
『そもそも、根本の原因は妾じゃがな』
苦笑しつつ何処かへと足を運び出す。
だが生の理から抜け出し、世界の巻き戻しによる記憶の消去から逃れた彼女はひとつの違和感を抱いていた。
――何かがおかしい、と。
以前起きた世界ことを完璧に記憶しているわけではないが、決まってエリー・バウチャーと新しい世界で会うたびに記憶に靄がかかっていた。
言い換えれば、エリー・バウチャーに関する記憶が全て思い出せなかったのだ。
そして、エリーがシルヴィアを殺害し世界の巻き戻しが起きるとその記憶を思い出す。
厄介なものだろう。止めたくても止めれず、エリーがシルヴィアを殺し世界が戻るのを指をくわえてみることしかできなかった。――そのくわえる指がないのはご愛敬だ。
だがひとつ前のエリー、デイヴァによって間接的にではあるが二大国による戦争は止められ、歴史は大きく変わった。
その結果かどうかは不明だが、こうやってエリーが自分を握ってもエリー
についての記憶が残っている。
『記憶があってよかったわ。お陰で色々とわかる』
記憶が残っていたからこそ、今の歪んだ状況がわかった。
残っているからこそ――この世界の巻き戻しは、意図的に何者かに仕組まれたものだと断言できる。
『……もしや、これが最初で最後のチャンスかもしれんの』
この繰り返しを止める。だが手段も敵もわからない以上、下手な動きはできない。かえって自分の身を危険に晒すことになる。
ここまで考えて、彼女は思考を止めた。
『はぁ……せっかく曲がりなりにも体を得たのに考えることがそれとはの。今は小難しいことを考えずに、この世を楽しむことにしておったのに』
生前からこんなことばかりだったなとため息をつく。
『……それに、情が移ってしまった』
報われない人生を歩み、他人のために躊躇いなく自身を投げ出すエリーを見て、彼女の中に芽生えた感情は『同情』だった。
『他人のために自身を傷つけるなど、笑止千万よ。力は、己のために使わなくてはならぬのじゃ』
深く、彼女自身の考えを再認識する。
『……決めたわ。妾はエリーを守るこにした』
誰にでもなく、自分自身に言い放った言葉。
『エリーの献身をさも当然のように思う者などに、渡せるものか』
強く決意を抱く。
自分のせいで彼を傷つけることになったのなら、今度は自分が彼を守ろう。
『では、ぶらりといくかの』
彼女――"魔剣センチュリオン"は、紅く輝く瞳で周囲を見渡す。
星が舞う夜空が、東から昇った日によって終わろうとしている。
それがどんな意味を示すか、それはあとになってから考えようと、"センチュリオン"はまず1歩を踏み出した。
世界観豆知識
"紅眼の魔王"
デイヴァの世界での伝承。
戦争中の二大国に突如として強襲をしかけたと言われている。
その魔術は千の兵を凪ぎ払い、百の戦地を沈黙させたと言われている。しかし、民の住む町には決して攻撃しなかった。
魔王の脅威に二大国は停戦し、魔王討伐の下に結束。
数年に渡る戦いの末、両国から選ばれた精鋭が魔王を討ち取った。
しかし魔王討伐の後、戦火は再び大陸を包み、大陸の平和は数年しか得られずに終わった。
――余談だが、"紅眼の魔王"は可憐な少女のような姿だったと伝わっている。




