決別の剣と拳
「待っていた、だと?」
「待っていましたよぉ。ギュンター・ハンプデンさん」
遺跡の最奥部で待ち構えていた女はシルヴィアたちを見下ろすような形で折れた柱の上に座っている。
「何故俺の名を…!」
「あなただけではありません。マキナ・アモーレ、ナハト・リヒト、シルヴィア=クロムウェル。それにリディア・ロンバルディア。もっともあなたの存在は想定外でしたけどねぇ」
女は面白そうに笑いながら、手に持った剣を弄んでいる。
(リディアの存在が想定外…?仮に私たちの動向を知っていたとしても、常に把握しているわけじゃないと考えていいのかしら)
…が、これ以上考えるには情報が少なすぎる。
「ふーん。あたしたちのことを知ってるってことは、何をしてるのかわかってるってことでしょうね」
敵対心剥き出しで問うマキナ。背後には術式陣を多数展開している。答えによっては容赦なく攻撃するつもりだろう。
「あらあら怖いですねぇ。流石に5人相手では勝てません。今回は顔合わせ程度のつもりだったんですけどねぇ」
「…その割には我々の目的を阻害するつもりのようだな。その手にしている剣、"魔剣"だろう? なら逃がすつもりはない!」
ナハトもまた戦闘体制をとる。
彼の籠手が蒼く輝き、魔力強化が施されていくのがわかる。
「困りましたねぇ。痛い思いはしたくないので"魔剣"は渡しますよ」
女は呆気なく"魔剣"を放り投げた。
"魔剣"は、両手を上げると座っていた柱から降りる。
「本当なら1、2回魔術で攻撃してもいいいと言われていますが、生憎No.8ほどの魔術の才はありませんからねぇ」
「聞き分けが良くて助かりますわ。大人しくお縄にかかっていただきます」
レイピアを抜き、女を見据えるリディア。
一触即発の空気のなか、次に動いたのもまた女だった。
「おっとそれはできませんよぉ。目的達成のためにまだ捕まるわけにはいきません。それに――あなたは人のこと言えるんですかぁ? リディア・ロンバルディア」
「っ!」
妙に間延びしつつも鋭い言葉に怯むリディア。 その隙に魔術でも撃ってくるかとシルヴィアとギュンターでカバーに入るも、相手はそんな素振りは見せない
「あなたは何者なの? 名は? 組織は? 私たちのことだけ調べあげて名乗りもしないなんて、無礼にも限度があるのではないかしら」
今は情報が必要だ。そう考えたシルヴィアは女に挑発ともとれる言葉を投げ掛ける。
もう少し舌戦に長けた人物が欲しいが今は仕方ない。
「煽ったところで何も変わりませんよぉ。まぁ、名前くらいはいっても大丈夫そうですねぇ」
どこが面白いのか、女はケラケラ笑っている。
「ルーシーとだけ言っておきますねぇ。組織はですねぇ…そうです、あなたたちの味方でもあり敵でもある、とだけ言っておきます」
「味方? 冗談キツいぜ」
「いえいえ、あなた方であればもしかしたら同じ旗の下で共に戦えるかもしれないと思ったんですよぉ。…それ以外もありますけどね。今のギルドに疑問を持つあなた方であれば、ね」
「随分とギルドに詳しいみたいね」
「えぇ、詳しいですよぉ。ルーシーたちはそちらの行動がわかり得るほどには」
「口を開きすぎたな、ルーシー君」
「あらあらそうでしょうかぁ?」
この間にもシルヴィアは考えを巡らせていた。恐らくは4人もそうだろう。
――味方にも敵にもなり得る。尚且つこちら側の情報が漏れている。
(決定的な何かが足りないわ。せめてあちらの情報源がわかれば、まだ違うのでしょうけど)
どうであれ、敵の掌で踊らされている感覚は拭えない。
言い切れば不愉快だ。私を自由にしていいのはエリーだけだと、シルヴィアは心の中で怒りを蓄えていく。
「まぁお喋りはここまでにしましょう。ルーシーも喋りすぎました。リーダーは重傷を負ってるし1人死んでるしでルーシーは大変なんです。ではでは、皆様ごきげんよう! ――"アブソリュート"!そして――"フレイム"!」
この閉鎖空間からどうやって逃げるつもりかとシルヴィアは思ったが、女――改めてルーシーは密かに魔術を唱えていたようで、氷を造りだしそれを蒸発させ辺りを蒸気で満たすことでシルヴィアたちの視界を奪った。
「めんどくせぇ真似を…! マキナ、晴らせるか!?」
「もう唱えてる! ……吹き荒れろ! "エアスプレッド"!」
天と呼ばれる魔術に属する"エアスプレッド"により、周囲の蒸気が晴れていく。
――しかし、蒸気が晴れた時にはルーシーの姿はなかった。
「チッ…逃したか」
「まぁまぁそんな苛つくことはないぞギュンター君。結果として"魔剣"は今私たちの手にある。任務は成功だ」
ナハトの手には任務の目標である"魔剣"が握られていた。
ルーシーというイレギュラーはあったものの、任務としては成功している。
彼女たちを追うのはギルドや"レイヴン"であり、シルヴィアたちではない。
「えっとこれは…"魔剣レーヴァテイン"ね。情報と一致してるし間違いないわ」
「後はそれを持ち帰るだけ、ですわね」
「これはこのまま私が持って帰還しよう。マキナ君たちは自由にしたまえ」
ナハトはそう言うと予め用意していたであろう布で"魔剣"を包む。
これなら外から見たときに棒切れ程度にしか見てないはずだ。
「後は遺跡から出るだけね。来るときに魔物はほとんど倒したはずだし、帰りは楽なはずよ」
「そうであることを祈るぜ。……まったく、秩序の守護者様はこんなことばっかやってんのか。大変そうだな」
ギルド内での権力と地位と多額の報酬金と引き換えにギルドへの服従を強いられている秩序の守護者たちが、今の自分をどう思っているのかはその人その人によっては違う。
シルヴィアとしては自由を奪われる時点でお断りだ。
「まぁね。基本的に任務って強制だし。継承戦争の時もギルドに無理矢理行けって言われて、向かった先で報酬金が良かった方にいったらウェンと戦う羽目になったわけで」
「そういう話は帰りがてら話そう。では諸君、凱旋といこうか!」
"魔剣"を持ったナハトを先頭にシルヴィアたちは遺跡の出口へと進む。
入る時にほとんど倒したためか魔物は出現しなかった。
ルーシーとの戦闘はなかったため消耗は少ないが、今回は精神的に疲労している。
道中の会話も穏やかで秩序の守護者としての愚痴だけでなく、町の住人を守った時には感謝されて嬉しかったなどの話を主にマキナが話していった。
◆◆◆
「ご苦労だったな諸君!」
遺跡を出ると、まず一番にナハトが労った。
既に陽は傾き、少しずつ星空が見えるであろう時間帯だ。
「おつかれおつかれ。あたしたちは1回町によるけどナハトはそのまま帰るんだっけ。じゃあここで解散ね。色々と助かったわ」
「お疲れ様。5人もいると楽ね」
「ええ、まったくです」
「そうだナハト。あんたとは今度手合わせ願いたいな」
「ふむ、それは面白そうだな。機会があれば私からも頼むよ、ギュンター君」
「あぁ、楽しみにしてるぜ」
和やかなムードで解散するかと思われたその時、ナハトは低い声音で「リディア君」と呼び掛けた。
「はい、なんでしょう」
応えたリディアの声が震えている。
「言おうか迷っていたのだがね。やはり言わせてもらうよ。――私は、君たち姉妹を許すつもりはない」
「――っ!」
その瞬間、今までの空気が嘘かのように凍りついた。
「……当然だろう。君達"オラクル"は、ギルドに対し戦争を仕掛けた。その結果はどうだ? 多くの人間が死んだ」
「――ナハト。気持ちはわかるが今言うべきことじゃねぇだろ」
ギュンターが静かに止めに入る。そしてそれとなく彼女を庇うように1歩前に出る。
「安心したまえ、今は攻撃しない」
「……今は、ね」
「あぁ。ギルドが保護しているということは、駒である私も君達の味方でなくてはならないということだ。――もっとも、トップが死亡し、指揮系統が混乱している今の命令が正しいとは限らないがね」
この言葉に反応するようにギュンターはさらに1歩前にでて、シルヴィアも腰に下げた剣に手をかける。
秩序の守護者と戦うのは本望ではないが、必要とあらば戦うしかない。
「ま、それは確かよ、元々"魔剣"の回収はこんな急かされるものでもなかったわ。任務のついでに探してこい程度だったし。"オラクル"事変からよ、わざわざ任務にまでして"魔剣"の回収させようとしてるなんて」
「だからここ数日のギルドは明らかにおかしいと言える。我々も疑問はあるが、逆らうわけにはいかない」
つまりギルドからの命令がない限りはリディアや今はここにいないメディアを殺すことはないということだろう。
とはいえ、鎧に包まれたナハトの顔は見えず、彼が何を想っているのかは定かではない。
「まぁ、今はリディアを殺すつもりないならいいんだけどよ。聞くけど、こいつらに手を出すなという命令がなければお前はどうしてたんだ」
「殺す。これは私だけでなく、あの戦いで散った者たちへの手向けだ。ギュンター君、きみだって知り合いを亡くしているだろう」
「……まぁ、そうだな」
一切の躊躇いなくナハトは言い切った。
これほどまでにナハトは"オラクル"を、その一部であったロンバルディア姉妹を憎んでいる。
それにギュンターが知り合いを亡くしているというのも驚きだ。
シルヴィアたちが魔術学院に通っている時期に、彼は彼でギルドメンバーとして動いていた。
その際にできた知り合いだろうか。
「――だがな。今は、こいつもその姉も罪を償うおうとしてる。俺はそんなやつを応援してぇんだよ。お前がどんなやつを喪ったのかは知らねぇけど、お前の気持ちは理解してるつもりだ」
ギュンターは一瞬リディアの方を振り返る。
リディアは恐怖と罪の意識に震えているようだ。
「――それでもな、少なくとも、俺はこの後ろで震えてるやつを守りたい。俺の剣は他者を守る剣だ、誰であってもな。それにこいつは過去を乗り越え未来を見据えようとしている。過去に縛られるのは悪いこととは言わねぇさ。だけどな未来を見てるやつと過去を振り返るやつ、どちらの味方になりたいかと聞かれればッ!」
ギュンターは背負った大剣を抜き去り
「断然前者だッ!」
剣をナハトに向けた。向こう見ずにもほどがある。
「ギュンター!」
「ちょっなにやってんのよアンタ!? 自分が何をしているかわかってるわけ!?」
ただ事では済まないとシルヴィアとマキナはギュンターを止めにかかる。
リディアはただ言葉を失い、立ち尽くしているだけだ。
ギュンターが吠え、辺りは静寂に包まれている。
その静寂を打ち破ったのは、ナハトの笑い声だった。
「はっはっはっは!! いや、構わないよ2人とも! ――面白いな、実に面白いよギュンター君!」
「そりゃどうも。俺としちゃこいつらの方が面白いけどな」
「そうかね? まぁ今日はここで解散だ。諸君もしっかり休むといい」
ナハトは"魔剣"を持ち、シルヴィアたちに背を向ける。
ここが決定的な別れになると、シルヴィアは予感していた。
「次会うときには多分本気で殺し合うだろうな、俺たちは」
「そうならないことを祈っておこう、ギュンター君。では諸君さらばだ!」
それだけ言うと、ナハトはフィレンツェへと歩いていった。
顔は兜で覆われ、その表情は最後まで見れなかった。言葉も、くぐもったからか声音で判断できなかった。
ナハト・リヒトという人物のその本性はなにひとつ掴めなかっただろう。
ギュンターもナハトに背を向け、逆方向へと歩き出した。温泉街へと向かうのだから方向はあっているが、彼の見ている景色はきっと違うのだろう。
そのままギュンターは歩き出し、シルヴィアたちは彼を慌てて追う。
それから数分後、ナハトの姿が見えなくなると真っ先に口を開いたのはギュンターだった。
「悪いな」
それだけだった。これ以上は語れないということもとれる。
「やっちゃったことは仕方ないっての。ただ相手がナハトで良かったわね、他の気性が荒いやつだったらその場で殺しあいよ」
「……だろうな。我ながら血迷ったもんだよ、ほんと」
ギュンターはさっきまでの気迫とは裏腹に、静かになっている。
もしかして後悔しているのかとシルヴィアとしてはおいしい状態だが、そういうわけでもないようだ。
「……でも」
不意にリディアがギュンターに近づき、彼の服の袖を摘まんだ。
「……感謝していますわ。庇っていただいて。守りたいと言われて、この上なく嬉しかったです…」
顔を真っ赤にしてギュンターに感謝を述べるリディア。彼女の表情は下を向いているせいかよくわからない。
茶化してもやろうかと考えたが、人の恋路を邪魔するのは馬に蹴られてしまうものである。
ここは黙って見守ろうとシルヴィアは温かい目で2人を見はじめた。
――――――のだが。
「ん、あぁ、まぁそこまで気負うなよリディア。それよりなんか腹減ったな……はやく町に戻らねぇか?」
(あ、これはダメなパターンね)
リディアを見ると案の定絶句していた。もう少しムードというものがあろう。
ギュンターにせよ、ウェンにせよ、どうして自分の幼馴染みはこうも乙女心に疎いのだろうか。
「……もういいですわ! リディア、シルヴィア、戻りますのよ!」
「はいはい。いやー、アホなやつもいるもんだね」
「妙に抜けてるのよねぇ、ギュンターもウェンも。2人とも、苦労をかけるわ…」
怒って先に歩き出したリディアを追う、乙女2人。
ギュンターも何が起こったのか理解できず固まっていたが、はっと気づいたように慌ててシルヴィアたちに追い付いた。
その全員を慈しむように、夕陽だけが彼女たちを見つめていた。
実験的にこの作品の設定を後書きに書いていこうと思います。
世界観豆知識
魔術の属性は、火、水、天、地の四大属性の他に雷を加えた5つ存在する。
四大属性は互いに影響しあうものの、雷属性は四大属性に影響することもされることもない。
エリーたちの中で雷の魔術を"扱える"のはエリーだけである。




