遺跡の深部へと
「さて、任務にて指定された場所はここだ!」
ナハトが張り切ったように目的地を指さし、高らかに叫んだ。
マキナとナハトに連れられ小一時間、シルヴィアたちはとある遺跡の前に立っていた。
「ここがそうなんですね。遺跡とはまた…」
表情が暗くなるリディア。ナハトを前にした時のとは違い、遺跡そのものが苦手といった様子だ。
気になったシルヴィアは聞いてみた。
「あなた、遺跡が苦手なの?」
「そういうわけではありませんわ。ただ…暗い所が苦手なだけです」
以外な弱点だった。齢21、つまりはシルヴィアと同い年で商人をやっている手前、こんなところが弱点とは思いつきもしなかった。
「苦手なら苦手でいいんじゃねぇの?リディア抜きでも4人だしなんとかなるだろ」
あっけらかんとギュンターは言い切る。実際、4人でも任務に差し支えはないだろう。
「わたくしを置いていったとして、逃げるかもしれせんのよ?」
少し呆れたようにリディアは監視の身を放って行っていいのかと訴える。
「逃げる気ないだろ。まぁどうしてもダメなら1人残りゃいいし」
「…はぁ、それは非効率ですわ。わたくし1人の我儘に戦力を4割削るくらいなら、わたくしが我慢すればいいだけのこと」
肩をすくませ、監視対象にそこまでしてどうすると突っ込むリディア。
商人だからこその合理的な考え方、ともとれる。
「つまりはリディア次第よ。私としてはいてくれたら助かるけれど」
「ま、要するにアンタがしたいようにしろってこと。待っててもいいわ」
「……………」
シルヴィアとしては一緒に行きたい、マキナはリディアの意志で来てない以上あまり強く言えず、ナハトに至っては無言を貫いている。
「――行きますわ」
リディアはそれだけ言うと、我先にと遺跡へ足を進めた。
以外なところ、に頑固な点も追加しておくべきだろう。
「さて、行きましょうか」
「今回は味方として頼りにしてるぜリディア」
「さくっと終わらせるわよ、こんな任務」
「…………」
次いでシルヴィア、ギュンター、マキナ、ナハトの順に入っていく。
ナハトの性格からして進んで先頭を務めるかと思ったが、殿をしている辺り落ち着いている部分もある。
どうであれ、今は目の前の任務を優先しよう。ギルドに恩を売るつもりはないが、マキナの手伝いとあれば話は別だ。
各々が想いを胸を秘め、シルヴィアたちは"魔剣"があるという遺跡を進んでいった。
――遺跡を歩いて一時間あまり。
魔物との遭遇は多くはないものの、暗所での戦闘は不馴れなこともあり、普段以上に消耗を重ねた。
それを見かねてかナハトが少し休憩しようと提案し、今は魔物に見つからないような小部屋でシルヴィアたちは座っていた。
「暗いし狭いし戦いにくい!魔術師には辛い環境よまったく!」
「あぁ本当にな。正直キツいわ」
まず最初に愚痴を溢したのはマキナだった。それにギュンターが便乗してさらに文句を垂れる。
これには理由があり、遺跡の通路は思った以上に狭く、剣で戦うシルヴィア、ギュンター、リディアは壁にぶつけてしまったりといつも通りの実力が発揮できない。
中でもツヴァイヘンダーが得物のギュンターはそれが顕著で、慣れてくると壁にぶつけなくはなったが普段のような大胆な戦闘はできなくなっていた。
マキナも狭いために大規模な魔術は使えず、かといって他の魔術を使おうにも前に出ている4人が邪魔をして使えないのが現状だ。
まとめるとシルヴィアたちはここの遺跡と非常に相性が悪いということになる。
――ただ1人を除いて。
「なぁ、ナハト」
「なんだねギュンター君」
我慢できずにといった様子で、ギュンターがナハトに話しかけた。
遺跡に入りナハトの戦いを見てからというもの、マキナ以外の3人は驚きを隠せないでいる。
「色々聞きたいんだが、いいか」
「構わんぞ。私の鎧のことだろう?」
「まぁそれもひとつだな。後はその拳もあるわ」
「ふむ、それもか。ではまずそれから説明しよう!」
ナハトは腰を下ろしていた石からガシャガシャ音をたてながら立ち上がると、まずは籠手を見せた。
「私のこの籠手は特殊なものでね。魔力を纏わせることに特化した"武器"だ。要は魔力強化を突き詰めたものととってくれて構わないぞ」
ナハトは右手を突きだし、実際に魔力を纏わせる。籠手がほのかに輝きだすその様は他の人が使う魔力強化そのものだ。
「これの開発には"タスク"が関わっている。私がマキナ君と面識があるのもそれが理由だ」
自慢気に籠手を見せるナハト。
だがこの籠手の形はどこかで見たようなものだ。恐らくは、シルヴィアがエリーに剣を贈った際に世話になった鍛冶屋のものに似ている。
「なるほどね。でもその籠手、"タスク"ではなくフィレンツェのあの鍛冶屋に造らせたものかしら?」
「ご名答。あたしたちは武器の設計図は作れても、その武器は造れないからね。あそこの鍛冶屋にはよく世話になってるわ」
やはりそうだったかと、内心ニヤリとする。
しかし噂程度に思っていた、ギルドはの精鋭に武器を造っているというのが事実だったことは驚くと同時にあの親方ならと納得してしまった。
「流石あの親方ね。私たちも親方にはお世話になっているわ」
「そんなに凄い方なのですか?少し話してみたいですわね」
「本当に凄いぜ、あの親方は」
思わず鍛冶屋のことで盛り上がってしまった。
エリーの剣だけでなく、シルヴィアの剣のストック、ギュンターの大剣の手入れなど、あの鍛冶屋にはよく出入りしている。
中でも一番金がかかっているのがシルヴィアの剣だ。そう何度も『影』を使うことはないが、万が一の事態がある。
今もここに持ち込んでいるシルヴィアの愛剣"エクセルシオール"とほぼ同じものがフィレンツェに予備として保管されている。因みに今の"エクセルシオール"は5代目だ。
「あ、ごめんなさい。話がそれてしまったわ」
ハッと気付いて会話を止める。
今はナハトの武具の話をしている。フィレンツェの鍛冶屋の話ではないと自分に言い聞かせる。
「気にしないでくれたまえ。私もあの親方には頭が上がらない。君たちの話も存分にわかるさ」
ナハトは鎧の上から頭を掻くように頭部へと籠手を動かす。
彼もあの朗らかな親方の世話になっていると聞き、親近感がわいてきた。
「それでナハトの籠手の話ね。ナハトよりあたしの方が理解してるから説明するわ。――あれは、"タスク"が開発している武器の試作品よ」
「試作品、ですか?」
「そう。本来は魔力結晶を糧に、多彩かつ柔軟な動きができる……例えるなら腕みたいなヤツを想定してたのよ。言い方が曖昧なのは武器としてそのまま昇華するか、本当に腕を造っちゃうか意見が別れてるからよ。でも方向性は決まったから、後はやるだけよ」
魔力結晶にを動力として起動する結晶機械は既に存在する。
その用途も血液検査のような複雑なものから、水道の調整など様々だ。
ここ10年、魔力技術は大きな飛躍を遂げているらしいが、シルヴィアはその辺りの事情には詳しくない。
「それでナハトの籠手だけどね。魔力結晶を埋め込んだ武器が魔力強化できるのかっていう実験から生まれたのよ」
「ちなみにその実験はどうだったんだ?」
「それが魔力結晶単体での強化はできなくて、外部から魔力を流し、それをトリガーとして結晶の魔力を纏わせることができたって感じね。でも極少ない魔力で動かせたから、ある意味成功っちゃ成功よ」
さらにマキナは少し得意気な顔で次々と専門的な話を繰り出していく。魔力伝導率がどうたら、結晶励起がどうのこうの。内容をウェンに翻訳させたいくらいだ。
「…悪い。そろそろ何言ってるかわからなくなってきたわ」
「専門的すぎてわたくしにはちょっと…」
「大丈夫だ諸君!私もわからんぞ!」
ギュンターとリディアはともかく、ナハトもわからないのはまずいのではないかと思ったが、あの内容を理解できるのはシルヴィアたちの中ではウェンとメディアくらいなものだ。ナハトが理解できないのも無理はない。
「あっ、ごめん…。あたし1人で盛り上がっちゃって…」
ハッと気付いたのか、マキナは表情を暗くする。得意気に話す彼女はかなり楽しそうだっただけに、その表情の落差ははっきりとしていた。
「気にしなくていいわ。正直な話、あまりよく分からなかったけど面白かったもの。フィレンツェに帰ったら詳しく聞かせて欲しいくらいよ」
「ふーん。じゃあ帰ったら魔力結晶による銃の開発について1日かけてゆっくり教えてあげる」
「ごめんなさい3時間で勘弁して」
「3時間なら…いやいやそうじゃなくて、ほんとに話聞く気なのアンタ…」
流石に1日は勘弁して欲しい。
とはいえ技術的な面や魔術の存在で使うことはほぼない銃を、どう生まれ変わらせるのか気になるが。
余談だが弓矢は魔術で強化が可能なため、下手をすれば銃弾より強い。
なら銃はどうだと言うと、強化するには直接触れなければならないため、発射直前に弾丸に触れられない銃が使われないのは当然のことだ。
ちなみに大砲はそのままでも十分な殺傷力を持つため普通に使われている。
「……話が長くなったわね。後は歩きながら説明するわ」
倒れた柱を椅子変わりに使っていたマキナは立ち上がると今いる部屋の奥を指差した。その顔はどこか楽しそうだ。
残るはナハトの鎧だけだが、どんな話なのだろうか。
「私も説明しよう。…そもそも君たちは、なぜ我々ギルドの人間が武装した格好のまま各地を歩けると思う?」
くぐもった声でシルヴィアたち3人に問うナハト。
その疑問は以前から抱いていた。
「少し考えれば疑問に思うわな。武器を持ち、人を殺せる奴が、そこら辺をうろちょろしている。国からしたら怖いことこの上ない。国に反逆する奴らがいるかもしれねぇしな」
ギュンターがシルヴィアの言いたいことを口調こそ違えど全て説明してくれた。
もうシルヴィアは支配階級でいることを辞めたとはいえ、自分の領地に武装した"領民ではない者"がいる、というのは公爵家の娘としてその恐怖は理解している。
「ま、ギルドも馬鹿じゃないしそこらへんの対処はキッチリしてるわ」
「そうでなくてはギルドがここまで大きな組織になんてなり得ませんものね」
マキナの言葉に頷くリディア。
この間にも休憩していた小部屋を出て、目的とされる遺跡の奥まで足を進める。
徐々に遺跡の奥に迫るという今の情況と、ナハトの装備の謎――延いてはギルドの謎に迫るという情況と一致している気がした。
「ギルドは各国や地域に支部を置く時に、出来る範囲で相手の要求を聞いてるのよ。最低限、その国や地域の法に従うこと、そこにいるギルドメンバーの情報の報告、さらには技術提供。それでもダメならさらにって条件追加してって感じで大陸の各地に支部を置いてる」
技術提供するのも一部のことだけどね、とマキナはくすくす笑う。
それに連れられてシルヴィアも口元が緩む。
「それにギルドメンバーってのは前提として、魔物と魔族の討伐が主な役割なのよ。だから対人の想定をしていない軽装が基本でしょ?」
「まぁな。だからナハトの全身鎧が気になって仕方ねぇんだわ」
魔物や魔族との戦いの場合、鎧は意味を為さないと断言できる。
こちらが如何に身を固めようとも、魔物や魔族はいとも簡単にそれを貫いてくるからだ。
ならばそんなものなど捨て、攻撃を避けることに重点を置いた軽装の方が生存率は高い。
常に誰よりも前に出て戦うギュンターですら籠手と脛当て程度しか防具をつけていないのはそのような理由があるからだ。
「しかし、人が相手ならその鎧も意味を為す。同じ実力なら鎧を着こんでいた方が勝てる。我々が軽装だからこそ、本気で脅威に晒されることはないということだ」
全身を鎧に包んだ人物の台詞ではないが、ナハトがマキナの言葉を補足する。
鎧を着ず対人を想定していないからこそ、安全への裏返しとなる。
それにギルドメンバーがいるのなら、彼らが魔物や魔族の討伐を担ってくれる。軍が出る必要はなくなる。
つまりは上手い付き合い方を築いたということだ。
「それで私の鎧なのだが、まぁ単に籠手を生かすためのものだな。拳を軸にした戦闘を行う以上、どうしても接触が多い。それから身を守るためと、籠手につけた魔力結晶の魔力が切れた場合の予備として他に魔力結晶を埋め込んでいるからだな!町中で鎧を着れるのはギルドがちょっと手を回してくれているからでもあるぞ!」
ナハトはあっさりと説明を占めた。鎧の説明に比べて他の説明が長すぎると言いたくなったが、望んだのはシルヴィアたちだ。文句は言えまい。
なんであれ、とりあえず礼を言うのが筋であろう。
遺跡の石畳の床に躓きかけているギュンターを無視してマキナとナハトに礼を言う。
「説明ありがとう。色々とスッキリしたし、知りたいことも増えたし聞いて正解だわ」
「…聞きたいことがあるなら帰ってからにするわよ。そろそろだと思うから」
そう言うとマキナは前に指を向けた。
そこにはシルヴィアの身長の3倍はあろうかという石造りの扉があった。
その扉は少し開かれ、扉の向こう側から冷たい空気が流れ込んでくる。
「あれ…"レイヴン"はここまで探索してたっけ。扉開いてるんだけど」
"レイヴン"は遺跡の場所までしか調べてはいなかったとマキナから聞いている。
彼らは戦闘を目的とした集団ではなく、あくまで諜報等の仕事か主なはすた。"こんな遺跡の内部で魔物と戦うなどありえない"とも聞いている。
「ここまで探索できたのならば、私たちは不要だ。となれば答えはひとつしかあるまい」
「ギルドの人間ではない第三者ってことか。…どこの誰かは知らねぇが挨拶のひとつでもくれればな」
「油断はしないでください。わたくしはともかく、4人は大丈夫かと思われますが」
各々が武器をとり、扉へと近づく。
シルヴィアも"エクセルシオール"を片手にナハトの後ろを歩く。
順番としてはギュンターとナハトを先頭に、ギュンターの後ろにリディア、ナハトの後ろにシルヴィア、最後尾にマキナとなっている。
「準備はできたかね諸君。合図で突っ込むから聞き逃さないでくれたまえ。3、2、1…行くぞッ!」
ナハトの言葉と同時に扉を開け、冷気を振り払いながら突入する。
そしてそこに待ち受けていたモノは。
「――待っていましたよぉ。待ちすぎて、退屈しのぎに遺跡でも壊そうかと思っていたところです」




