面影
エリーの生存が確認されたその翌日。
シルヴィア、ギュンター、マキナ、リディアの4人はフィレンツェから半日ほどの距離にある、とある温泉郷に訪れていた。
目的はエリーの捜索…ではなく、マキナに下されたギルドからの任務だ。
ギュンターは用事がないのならこいと連れてこられ、リディアはギルドの管理下、つまりはマキナの目が届く範囲に置かねばならないと連れてこられた。
だが来るべき理由も見つからず、むしろフィレンツェに留まっていた方がいいのではないかという人物もいる。
「なぁ、シルヴィア。なんでお前いんの?」
シルヴィアである。
エリーが生存していて、フィレンツェに向かっているらしいというのならシルヴィアはそこで帰りを待つべきではなくないのだろうか。
「私個人がここに用事があるのよ。前から来ようとは考えていたけど、機会がなくて。マキナが行くのならちょうどいいと思っただけよ。それに、そこまで時間のかかる任務でもないのでしょう?」
「まぁね。この町の付近である物回収するだけだから」
長くても2、3日で終わるんじゃない?とめんどくさそうに付け加えるマキナ。
この任務に対するやる気がないのはわかっていたが、態度に出過ぎではある。
「私のことは一先ず置いといて。それで、ここには何の任務できたのかしら?」
マキナには任務の内容を誰にも明かさずここまでやってきた。
秩序の守護者しか知られたくはない内容ならシルヴィアたちが同行できるはずがない。
しかしギルド自体がシルヴィアたちの同行を許可している。なら明かさない理由はないはすだ。
「…"魔剣"って知ってる?」
答える気になったのか、マキナは少しだけやる気を出したように口を開いた。
「"魔剣"。おとぎ話には聞いたことがありますわ」
「あぁ、キニジの"魔剣クラウソラス"、"魔剣クレイヴ・ソリッシュ"とか、シュタインが持っていた"魔剣ダーインスレイヴ"のことだろ」
リディアとギュンターがそれぞれ答える。
「半分正解。ギルドが定義している"魔剣"ってのは、その構成物質が限りなく魔力に近い武器のことを指すの。だからあたしの"聖杖アスクレピオス"だって"魔剣"のひとつでもある」
"魔剣"。と聞いて思い付いたのは――"魔剣センチュリオン"だ。
エリーがひとつ前のシルヴィアを殺し、世界の時を戻す原因となった剣。
もう2度と、同じ道を辿ってはならない。デイヴァ自身との約束でもある。もし"魔剣センチュリオン"がそこにあるというのなら、必ず手にいれる必要がある。
「ま、単純な話今回の任務は"魔剣"の回収よ。手伝ってほしいからアンタたちを呼んだわけ。他にも同じ任務を受けてるやつはいるけど、今日はここでは会えないし」
ようは人手が欲しかったということだ。
「それなら構いませんわ。わたくしも商談はできないし、常にギルドの監視の目に置かれて鬱憤が溜まっていましたし」
「私もそろそろ思いっきり体を動かさないとね。エリーと再開した時に無駄な贅肉がついてたら見せられないわ」
以外にもやる気を出す女性陣。ギュンターとしてはその"魔剣"なるものが気になるのが心情だ。
キニジの持っている"魔剣"とシュタインが保持していた"魔剣"の能力はわからないものの、マキナの"聖杖アスクレピオス"が本来治癒魔術が抱える問題を無かったことにしていることから、"魔剣"そのものが何かしらの特殊な力を持っていると考えるのが妥当だろう。
その剣が欲しい、と言うよりはそれほどまでの剣を1度目にしてみたい。そちらの欲求の方が強い。
「さてと、こんなとこで駄弁ってないで、さっさと"魔剣"を回収するわよ。あたしはあたしで"タスク"でするべき仕事が残ってるのよ」
「具体的に場所はわかってんのか?」
まさかここまで来て現地で情報収集というわけではないはずだ。
それすら出来ないのであれば、それほどギルドがダメージを受けたということなのだろうが。
「まぁね、というかわからなきゃこないわよ。"レイヴン"が情報を調べあげて、秩序の守護者がそれを確保する。基本的にはその流れだし」
「ならいいんだが」
話ながらも温泉街を歩いていく。
有名な温泉郷とだけあって人の数も多く、活発な町だ。だがリディアによれば本来はもう少し落ち着いているらしい。
"オラクル"事変後、フィレンツェには職人やら資材を運ぶ商人やら家族や友人の無事を確かめにきた者など、多くの人間が出入りしている。
この温泉郷はそこから半日ほどと近く街道沿いにあるため、職人などの客が多くなったそうだ。
その辺りの事情に詳しいのは商人として当たり前のことだとリディアは言っていたが、シルヴィアたちからすれば十分凄いと感じられる。
その後シルヴィアたちはせっかくここに来たのだから、と任務を放り出し土産を買ってしまった。
そんなことより任務でしょと言っていたマキナが一番楽しんでいるように見えたのは心の奥に閉まっておこう。
そんなこともあり、日も暮れ宿に行こうかと町の中心部から離れたところまでやってきた。
少し町の外れたところだからか、周囲には老人1人がベンチに腰かけているだけだ。
繁盛しているこの町にも、少し寂れた場所があるのかと思うと複雑な気分になる。
「そういえば、貴女は何を買ったのですか?」
「私?みんなへのお土産かしら。マキナは?」
「あたしは…"タスク"の人へのお土産とか。リディアはどうなの」
「わたくしも似たようなものですわ。少しメディアお姉様へのお土産が増えてしまったような気がしますが、気のせいでしょう」
シルヴィアの見間違えでなければ、メディアへのお土産とその他へのお土産を比べてメディアへのお土産の方が圧倒的に量が多い。
どこが少しなのかとツッコミたくなるが抑える。
「ギュンターはどうなのですか?」
「俺?大して変わらねぇけど、孤児院のガキたちのために色々買ったな。魔術学院行ったって、たまには帰ってくるだろ。その時に自分たちに何にもないとかかわいそうだろ?」
今現在、アズハル孤児院の子どもたちはニザーミヤ魔術学院で生活を送っている。ギルドの計らいではあるが、まさかギルドがただの善意で動くわけがないだろうとマリーやキニジは警戒している。
「とりあえず、はやく宿に行きませんこと?」
「3人は先に宿に行ってて。私は少し人を探し物があるわ」
「わかった。遅くなるなよシルヴィア」
"シルヴィア"とギュンターが呼んだ瞬間。近くにいた老人が血相を変えてこちらへ歩いてきた。
「今、今確かに"シルヴィア"と呼んだか?」
「よ、呼んだけどどうしたんだじいさん」
年齢は70代くらいだろうか。白髪に杖を持ち少し腰が曲がった、言ってしまえば"その辺にいそうなご老人"だ。
だが、シルヴィアには何故かこの老人が懐かしく感じるような不思議な感覚に襲われた。
「そこの銀髪のお嬢さん、お嬢さんが"シルヴィア"で間違いないな!?」
無理をしているのか足は震えているものの、その勢いは若者に勝るとも劣らない。
「あ、あっていますけど。私に何か御用でも?」
さしものシルヴィアもいきなりの出来事に驚いているのか、弱冠腰が引けている。
「やはり…そうじゃったか…。そっくりじゃ…"エリザベス"に…。まるで生き写し…」
エリザベス。この人名が思い当たる人物をシルヴィアは1人しか知らない。
「"エリザベス"…。お母様に…!?」
エリザベス。オリヴァー=クロムウェルの妻にして、シルヴィアと弟のリチャードの母。
そのエリザベスはシルヴィアが12歳のころ、弟のリチャードを生んだ数週間後に病没している。
シルヴィアの銀髪も、その誰もが振り返る美貌も、母譲りのものだ。
故にこの老人がシルヴィアと似ているとわかるということはエリザベスと面識があった、と考えられる。
それにシルヴィアがここに来た理由は、『母の故郷を訪れたかった』からだ。
もしかしたら母の親族がまだここで暮らしているかもしれない。そう思い、自分がいない間にエリーが帰ってくる可能性を捨ててまでここまで来たのだ。
「もしかして、あなたはエリザベスのお父様…?」
「そうじゃ。エリザベスの父じゃ」
「あなたが…」
肩を震わせるシルヴィア。まさかここで会えるとは思っていなかった。
聞きたいことは山ほどある。エリザベスはオリヴァーと結婚するまでの話をあまりしなかったため、この町にいた頃の話を聞きたいのだ。
だがそれを聞いていたマキナとリディアには当然の疑問がある。
「シルヴィアってさ、貴族よね。その、シルヴィアのお母さんって普通の人?」
隠していたつもりではない。
「…私は貴族よ。それも公爵家。でも私の母は貴族でもなんでもない普通の人よ」
言いたくなかったわけでもない。ただ説明する必要がなかっただけだ。それに貴族であろうとなかろうと自分は自分だ、貴族の血など重要ではない。
「…お父様はね、若い頃は剣を手に信頼できる仲間と共に大陸を旅していたの。その旅の途中、偶然この町に寄った時に見かけたお母様――エリザベスに一目惚れした。――――」
オリヴァー曰く「もう自分にはこの女性しかいないッ!」と思い込むほど惚れたらしい。
それからは猛アプローチの末、なんとか交際に持ち込みそのままゴールインしたとの話だ。
問題はそれからだった。
公爵家は王家に次ぐ権力を持っている。旧態依然ではあるが、当然その血筋は尊いものだと考えられていた。
しかし次期当主のオリヴァーが、貴族でもなんでもない、スチュアートの国民ですらない一般人と結婚した。
問題となるのに、そう時間はかからなかった。
オリヴァーは周囲の貴族から早々に他の貴族の娘を迎い入れろと執拗に迫られ、エリザベスは様々な嫌がらせをされた。
そのせいかエリザベスは心を病みかけたという。自分のせいでオリヴァーが傷つくのなら、ここから去った方がいいのではないか、そう考えていたらしい。
だが、この状況を打破したのもまたオリヴァーだった。
流石に限界が来たのか、オリヴァーは当主の座に収まると議会の場にて堂々と「私の妻は永遠に!エリザベスだけだッ!」と力強く宣言した。
それに続けて「それでもなお私の妻に迷惑をかけるというのならッ!我が全存在を以て、戦おうッ!」と宣戦布告ともとれるような発言までしてしまった。
それ以降他の貴族にとやかく言われることはなかったが、オリヴァー自身は自分の行いに後悔しまくっていたとオリヴァー自身の口から聞いている。
それからはシルヴィアを生み平和な日常を過ごしていたものの、元よりあまり体が強くなかったエリザベスはリチャードを生むとすぐに流行り病にかかりそのまま帰らぬ人となった。
母の葬式ではシルヴィアももちろん泣いていたが、それ以上に泣いていたのは他でもないオリヴァーだった。
その後数日オリヴァーは無気力で生活を送っていたが、ある日を境に元通り当主としての仕事をこなす日々に戻った。
聞けば「このまま悲しんでいては彼女に申し訳がたたない。彼女のためにも前を向いて生きていくことにするさ」とすっきりした顔で笑っていた。
その後もオリヴァーは毎月、エリザベスの墓参りを欠かしていない。
「――――キスリングが私にやたら文句をつけてきたのもお母様が貴族じゃないから。最近はその傾向は薄れてきたらしいけど、本当なら侯爵か公爵に喧嘩売るなんて首が飛んでも文句言えないような階級社会よ?それだけ公爵家の血が重要だったってこと。まぁ、たかだか生まれが違うだけで文句言うような器の小さい男ね。もういないけど」
吐き捨てるように語りを締めた。あの時のキスリングの罵倒はシルヴィアのみならず、オリヴァーやエリザベスのことも入っていたのだろう。
他にもエリーや仲良くしていた平民のことも馬鹿にされては、シルヴィアの堪忍袋の緒が切れても不思議ではない。それであっても剣で斬りかかろうとするのはいささかやりすぎではある。
「…そうだったんだ。あたしには家族はもういないから、家族の話を聞けるってのは、少し羨ましいかな」
マキナは秩序の守護者に見出だされるまではストレートチルドレンだったという。そのためかマキナの言葉には重いものがあった。
「…お祖父様。お母様の…エリザベスの話を聞かせて貰えますか?」
「いいとも。是非そちらへ行ってからのエリザベスの話も聞かせておくれ」
「もちろんです」
初めて会った祖父と楽しげに会話するシルヴィア。それを少し羨ましく見ているマキナとリディア。
2人はシルヴィアに「あなたたちも聴く?」と誘われ、シルヴィアとエリザベスの父の話を聞いている。
普段はクールな体を繕っているリディアもその手の話は興味があるようで、相づちをうちながら真剣に聞いている。マキナもマキナで彼女の境遇では家族との思い出が少ないのか、話に食いついている。
「ギュンターも話を聞きましょうよ」
「ん?俺もか?」
「当たり前でしょう?ギュンターだって私の大切な友人なのだから、お祖父様に紹介しないと」
当然のことだ。
ここにはいないウェンやレベッカ、他にも紹介したい友人や恩人がたくさんいる。
ギュンターもその1人であり、子どものころから付き合いのある『親友』を紹介しない義理がない。
「…ったくしょうがねぇな。俺も聞かせてもらうよ、シルヴィアのお祖父様」
「おお、ぜひとも聞いてくれ」
本当はマキナの任務の邪魔にならないようにこっそり伺う予定だったが、こうなっては仕方ない。
だがこうやって思いがけない方向に転がるのが面白いところだ。
友人たちとともに過ごすのはやはり楽しいと再確認し、シルヴィアもまた話を聞き始めた。
前回投稿日、4月10日。
今回投稿日、5月12日。
遅れてしまって申し訳ありません。大丈夫です、飽きたわけではりません。物語の結末までもう決まっているので、展開に詰まったわけでもありません。
1章の接触①~解放の剣を、一から書き直していたら遅れました。
次話の投稿は今月中にできるかどうかです。それまでに第一部の1章を書き終えます。
あともうひとつお詫びを。
彼との決別がどうのこうの宣っていましたが、よく考えたらそこは今ではありません。
徹夜明けのテンションで変なこと書いてしまいました。申し訳ないです。
最後にお礼を。
だいぶ遅くなりましたが、評価ポイントを入れてくださりありがとうございます。ブクマ1つで一喜一憂している手前、嬉しさのあまり小躍りしかけました。
入れてくださったポイントに恥じぬよう、これからも執筆を頑張りたいと思います。




