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彼と魔族とお嬢様  作者: 秋雨サメアキ
第1章 染められし心、狂いだした運命
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魔剣の覚醒

何度目かわからないナイフの射出を防ぐ。

先程からこちらが手を出せないのをいいことに、ラカムは休みなく攻撃を続けていた。

だがその射出も吸収したエリーのナイフ2本しかない。それしか貯蔵がないのか、ラカムが引き出せていないのかはわからないが、厄介ではあるが脅威ではない。


「このままじゃじり貧だ…。くッ!」


この動きがない戦闘を続けてもエリーとアリシアの体力が消耗するだけだ。それに優位性を築きながら、ラカムが一切仕掛けてこない理由がわからない。





「……!」


もしかして、とひとつの閃きがエリーの頭を走る。

試してみる価値はある。だがそれがただの妄想だった場合、死ぬのはエリーだ。


いや――ここで試さなければ、どのみち死ぬ。ならば、可能性にかけてやろう。



「アリシア」


彼女にも協力してもらわなければならない。そのためにアリシアに言葉を送る。


「わかっている。私も恐らくは同じことを考えていた。任せるぞ、エリー」


そう言うアリシアの目線も、"魔剣センチュリオン"へと向けられている。

同じことを考えていたというのは確かなようだ。なら話ははやい。




「アリシア、僕が前に出るから、後ろは頼んだよ」

「任せたッ!」


残ったナイフと剣を構え、ラカムに突貫する。やはりナイフを射出されるが、慣れたのに加えてある程度のパターンがあるのは既に見切った。最早、厄介とさえ感じない。

アリシアの援護があることも大きいだろう。



「何をするつもりだ!」


あと一歩のところまで迫るとラカムから悲鳴に近い声があがる。

同時に"センチュリオン"が迫る。

これが狙いであり、この"魔剣センチュリオン"の攻略法だ。





――迫る魔剣に、自らの剣を叩きつけた。

当然、エリーのアングレカムは魔力の粒子となって吸収される。

そして阻むものがなくなった魔剣はエリーの右腕を捉えた。本来なら、エリーの右腕は斬り飛ばされるはずだ。







「――やっぱり、そうだった」

「なにっ!?」


斬り飛ぶと思われたエリーの右腕は、"魔剣センチュリオン"の一撃をしっかりと受け止めていた。



「――おかしいと、思ってたんだ……。僕とアリシアを、追い込んだのに、やることは射出だけ。だから逆に考えた。"射出させることしかできない"んじゃないかって」


右腕で"センチュリオン"を抑えたまま、ラカムを睨み付ける。

自分の剣を失ってしまったのは痛手だが、まだエリーの左腕にはナイフが握られている。それだけあれば十分だろう。

鈍い痛みが響く右腕を無視して、逆手に持ったナイフをラカムに突き立てようと振り上げる。




「予想通り、"魔剣センチュリオン"はナマクラだ。剣を支配下に置く能力は脅威だけど、接近戦ではこちらに――旗が上がるッ!」

「あああああッ!?」


そのままラカムに右肩にナイフを突き立てた。同時にラカムが手放した、"魔剣センチュリオン"を掴み放り投げる。



「バウチャー!」


チラッと見るとアリシアは魔剣を確保したと、右手を上げて教えてくれた。

後はこの場から撤退するだけだ。






「アリシア先に」

逃げて、と言葉は続かなかった。

その言葉を綴る前に、エリーとアリシア目掛けて魔術による絨毯爆撃が行われたからだ。




「逃がしはしない」


周囲が炎で覆われるなか、あの男の姿を見据える。

"魔剣センチュリオン"を狙うものは何があっても殺すということだろうか。

だが、そのためにラカムすらも魔術で凪ぎ払っている。




「バウチャー、無事か!?」

「アリシア!良かった…。僕は大丈夫だから、先に逃げるんだッ!」

「ダメだ、魔剣が爆発の衝撃で何処かへ行ってしまった!」


アリシアの無事を確認し、一先ずは安心する。

それに偶然…であって欲しいが、"魔剣センチュリオン"はちょうどエリーの近くに飛ばされていたようだ。

それを回収し、アリシアに見せるとように掲げる。



「アリシア、僕が拾った!」

「助かったバウチャー!」


互いに無事、魔剣も回収した。ここでこれ以上戦う必要もない。ここは逃げるのが正解だ。





「そうはさせないと言っている」


あの男の声とともに、再び爆撃が行われる。エリーとアリシアはそれをなんとか避けていく、が。



「逃がさん…お前たちだけは…!」


同じく無事だった、ラカムがアリシアに不意打ちをして押さえつける。


「アリシアッ!」

「バウチャーだけでも、逃げ…」


首を絞められ、苦しそうに顔を歪ませるアリシア。

見捨てられるはずがない。




「どうすれば…!」


だがその手段が思い浮かばない。前では再びあの男が詠唱をはじめ、後ろではアリシアが首を絞められている。

おまけに周囲は火の海だ。じきに息も苦しくなる。





「………!」


"魔剣センチュリオン"に目が行く。まだ手がないわけではない、しかし確実に救うなら……ッ!

この剣を使ったら、自分は間違いなく戻れなくなるだろう。

デイヴァの話をなぞることになる。


だが、ここでアリシアを見捨てるわけにはいかない。

不確定な未来よりも、今まさに起こりうる事の方が重要だ。少なくとも、今この場はそうだ。



「…ごめん、シルヴィア」


小さく彼女に謝る。自分にできるのは、彼女たちが自分を殺してくれることを祈ることだけだ。


目の前の少女を助けるために、自分は――死神に堕ちてやろう。



「力を貸せ――"センチュリオン"ッ!」


『良かろう。妾が力、魂を代償にの』



そして、自分の心が、真っ黒に塗り潰された。






◆◆◆





「バウチャー…?」


アリシアは"魔剣センチュリオン"に手をかけた途端、エリーの様子が変わったのに気付いた。


『…散れ』


エリーはそれだけ言うと、自らの周囲を魔力の放出バーストで凪ぎ払った。

人間の魔力では無し得ないほどのだ。


その放出バーストで、アリシアとラカムも吹き飛ばされる。

だがそれよりも遥かに驚くべきことが、エリーの周囲で起こった。





エリーの背後には3対の剣が空中に浮いている。

そして、ラカムが比較にならないほどの…100を越える剣がエリーの周囲に展開されている。

そしてそれを射出、ラカムの体にその全てが突き刺さった。

もちろん、ラカムは死んでいる。即死に近いだろう。


『最期の願い、しかと叶えた。…ぐっ、それにしても、無茶をするのう』


エリーの声とは似ても似つかない、妖艶な声。

本能が「こいつには関わるな」と訴えている。



「誰だ、貴様は…!」


ラカムを殺されたことか、はたまた"魔剣センチュリオン"を制御下に置かれたことか、どちらにせよあの男の声には明らかな怒気が含まれている。



エリーはその質問の意味が一瞬わからなかったのか、少しばかり動きを止めた。

だが意味を理解したのか、エリーがするとは思えない妖艶な笑みを浮かべると声高らかに叫んだ。







『我が名は"センチュリオン"。絶対なるつるぎの支配者也ッ!』






アリシアはその言葉が信じられなかった。

自分の目の前に立っているのは、エリー・バウチャーという人物ではないのか?

自分の知るエリーではないというのか?



「なるほど、それが貴様らのやり方か」

この静寂を打ち破ったのは、意外にもグリードだった。

グリードは胸に秘めた感情を押さえられないのか、男に憎悪の籠った目を向ける。


「追いつめ、剣を抜かざるを得ない状況にする。そしてそれを従えさせると」


グリードの発言が正しいのなら、この状況はあの男が作り出したことになる。




「そうだが。だがそれは傭兵が気にすることではあるまい。…まぁ、今回は少々面倒だがな」


男はエリーもといセンチュリオンを見下すような目で見ていた。




「あぁ、確かに"傭兵"なら何も言えないな」

「わかったのなら黙っていろ。傭兵が口を出すべきではない」

グリードを無視して、センチュリオンに近づく男。


「…だから俺は甘いんだろうな。だが変えられない、変えちゃならねぇ…!これだけは…死んでも譲るわけにはいかねぇ…ッ!」


グリードはそう呟くと、刀に手をかけた。

そして男に向かって剣を抜き、一瞬で間合いを詰めた。



「グリード貴様…!」


届くかと思われたグリードの一閃は男が剣を抜くまでもなく、謎の力によって止められた。


「"魔剣パスティオン"…!防御特化の人造魔剣か…!貴様らしい保身に走った魔剣だなレザールッ!」


「褒め言葉として受け取っておこう、傭兵。それよりも、私に剣を向けたことがどんなことがわかっているのか?」





一瞬の間を挟み、距離をとったグリードと男――レザールは決定的なものが別れたと睨み合う。


だがグリードは下がるとアリシアに近寄った。


「グリード?」


アリシアの怪訝そうな顔には目もくれず、その目はひたすらにレザールを睨み付けている。




「悪いがおたくとの契約は終了だ。金は確かに貰えたが…譲れないモンがあるんでな」


するとアリシアの方を向き、


「俺の新しい雇い主はアリシア、お前さんだ。悪いが勝手に決めさせて貰ったぞ。報酬は……タダでいい」


それだけ言うと再び、レザールの方を向いた。




「裏切るというのか?」

「おいおい、裏切りは傭兵の常だぜ?雇い主でも平気で金や物のために裏切るのが傭兵だ。今回はそれがたまたま――信念だっただけの話だ」


つまりグリードはレザールを裏切り、アリシア側についたということだろうか。未だに状況が理解できていないアリシアは、グリードとレザールの顔を交互に見ている状況だ。





それを見ていたセンチュリオンはつまらなさそうに声をあげた。


『あまり無視されては困るのぅ。つまり…レザールという輩は、妾を御せると本気で思っているのか?』


はっきりわかる。こいつはエリーではない。話し方も声もその雰囲気も何もかもがエリーのそれとは別物だ。


「そうだ」


レザールは何ら迷いなく言い切った。




何が面白かったのだろう、センチュリオンは笑いだした。


『くくく…本気で言い切るとは、なかなか面白いやつじゃ。だが、不合格。妾を御したければ、全てを擲つ覚悟を持つがよい。仮に擲ったとしても、そもそも気に食わんがの』


センチュリオンは再び周囲に幾百の剣を展開する。


『この体は少々混ざっておるが"あの時"と同じ。妙な運命じゃ。お陰で扱いやすいわ、少々痛むが』


そしてそれをレザール目掛けて射出。ラカムが行ったものとは比べ物にならない。恐らくラカムは上部の力だけしか扱えていなかったと考えられる。


まさしく剣の雨とでも呼べるそれを、レザールは"魔剣パスティオン"の力で防いでいる。

センチュリオンもこのままでは埓があかないと考えたのか、天井を破壊してレザールの頭上に残骸を落とす作戦に出た。


『逃がしはせぬよ』


それを察知したレザールが逃げようとするのを、先程の倍の数の剣の射出で身動きを固めさせる。

そのままレザールは天井の残骸に潰された…ように見えた。





「なにこれ…」


言葉を失った。あまりにも圧倒的な結末に恐れという感情を抱くことすら忘れてしまうほどだ。


「アリシア、逃げるぞ」

「しかしバウチャーが」

「それどころじゃないだろ。今は逃げることが最優先だ」


周囲が地煙に覆われている今こそ逃げるチャンスだと、グリードに先導されてアリシアは遺跡から出た。



「まさかこんなことになっちまうとはな…」

「バウチャー。必ず、助けるから…」


遺跡を出る前に見たエリーの顔は、どこか泣いているように見えた。







――遺跡内部。



崩壊した遺跡で、センチュリオンはただ1人佇んでいた。

天井を破壊した弾みに遺跡全体が崩れはじめてしまったからだ。

やりすぎたと今は猛省している。


依り代の体は得たものの、何をすればいいか迷っているのが現状だ。

やることが無ければ探せばいいと、センチュリオンは歩きだした。


そしてあることに気付いた。



『目にゴミが入ったのかの、目から水が止まらん』


拭けども拭けども深紅に染まった目から流れ落ちる"涙"。


それがどの様なものなのかは、センチュリオンにはわかるはずがなかった。

これで1章は終わりです。

次はフィレンツェにいるメンバーの話になります。

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