相容れないもの
「ようこそ。秩序の守護者、そして"オラクル"事変の英雄よ」
グリードたち3人の真ん中に立っている男は、意外にも特に仕掛けることなくエリーとアリシアを迎えた。
男の傍らにはグリードと、もう1人の男がいる。
そして本来"魔剣"が奉られている祭壇を見ると、"魔剣センチュリオン"は既にそこにない。
「一歩遅かったか…。だが」
「まだ間に合う。そうとでも言いたいのか?」
アリシアの言葉を真ん中の男が遮った。その顔には余裕や油断が滲み出たような表情がある。
エリーとアリシアを敵として見ていないということだろうか。
「既に"魔剣"は私の手――正確にはラカムが所持している。今さら貴様ら2人ではどうにもならない。ギルドの駒"程度"では…な」
「なにッ!?」
アリシアに対する明らかな徴発だ。アリシアの性格からして、無反応のはずがない。現に今にも飛びかかりそうな雰囲気だ。
だがその前にこの男は気になることを言っていた。
――"英雄"。
男は確かに"オラクル"事変の英雄と言った。
「表向きは、"オラクル"事変"解決の立役者はNo.8マキナ・アモーレとNo.9キニジ・パールということになっている。無論ただのギルドメンバーにも感謝をとほざいてはいるが、所詮はギルドが直接管理下に置けない人間の台頭を怖れてのこと。…小心者に相応しい選択だ」
このことから推測するに、キニジもマキナも生きている。死んだとは思っていなかったが、不安はあった。
相応しくないとは思うが、とりあえず安堵する。
「そしてその解決に導いた者。その1人が貴様だろう、エリー・バウチャー」
「…なぜ、そこまで調べる必要が」
この男の言葉通りだったとしても、キニジやマキナが解決に導いていることは確かなはずだ。
それにエリーの名前を知ったところで、メリットは無いに等しいだろう。
「…率直に言おう。我々には"魔剣"が必要だ。そのためには数がいる。つまりエリー・バウチャー、貴様を誘いに来た。貴様だって、ギルドを信用しているわけではないだろう」
つまりこの男は力が欲しい。だがその力を得るための"魔剣"を回収するのに必要な人が足りない。だからこそ、エリーを誘ったといつことだろう。
「自らが作り出した、脆弱で独りよがりな秩序を維持しようと、あの連中はギルドの邪魔になるもの全てを排してきた。"オラクル"もまた同じことだ」
これに反応したのは、やはりと言うべきかアリシアだった。
「独りよがり…だと…!300年前の戦争を終結に導いた勇士たちを、臆病者と嘲笑うのかッ!」
戦争を終結させ、ギルドを作り、そして姿を消した初代ギルドマスター、ソーマ・アリーヤ。
その子孫である彼女が尊敬するであろう人物たちを嘲笑われて、激怒しないはずかない。
「確かにソーマ・アリーヤの所業は偉大だ。だがそれまでのこと。今のギルドは私利私欲にまみれた豚でしかない。…そんなものが許されることはあってはならないッ! 人類は、ギルドという枷に縛られるべきではないのだッ!」
つまりこの男は今のギルドが気にいらないということだろうか。
しかしこの男の言葉には賛同できない。
「…確かに、ギルドは正しくなんかない。正義なんてものは、ギルドにはないよ」
少なくとも、保身のために"オラクル"の論文を燃やしたギルドは正しくはない。
「でもね、間違ってはいない。この300年の間、大きな戦争が起こらなかったのはギルドの存在があったからこそだ。その維持してきた秩序だけはッ!そこに導いた人間だけは、否定することだけはできないんだッ!」
正義はないが、悪もない。あるのはただ歪んだ秩序のみ。
その秩序を築いた『人間』。デイヴァやソーマ・アリーヤ、そして名もなき
戦士たち。それを侮辱することだけは許せない。
男はエリーの返答を聞くと、見るからに不機嫌な表情を見せ、
「…そうか。乗ってくれると思っていたんだがな、まぁいい。ならばここで消えてもらおう。傭兵、始末しろ」
隣に立っているグリードにエリーとアリシアを殺すように指示を出した。
雇い主の目の前では殺さざるを得ないだろう。こうなればアリシアだけでも逃がして、彼らのことを知らせなければならない。
「いやいや。俺より戦いたいのはラカムだ。"センチュリオン"の力を試したいと、顔に出ているぞ」
「……………そうか。顔に出ていたか」
グリードはラカムと呼ばれた男を促すと、近くにあった柱に寄りかかった。
――越えてみせろ。
言葉にはしていないが、いつもの飄々とした表情はそう訴えている。
このままでは間違いなくエリーとアリシアは死んでいた。そこをグリードはこのラカムという男を口車にのせ、なんとか確実に死ぬ状況は回避できた。
この借りは忘れることはない。そして今はこの借りに少しでも報いる時だ。
「すまないが死んでもらう」
ラカムは"魔剣センチュリオン"を構えると、ゆっくりと2人の前に立った。
相手は未知の"魔剣"だ。こんなことになるのなら、デイヴァから聞いておけばよかったと悔しく思う。
しかし伝承にあった"数多の剣を従え"の部分から考えると、剣に対して何かしらの能力を持っていることは想像できる。
ここは積極的に剣を交えるのではなく、魔術を交えながら付かず離れずの距離で戦うのが得策だろう。
既に詠唱は済ませてある。
「……斬り伏せろ!"ディザスター・ブレード"ッ!」
相手が動く前に魔術を叩きつけ爆発させる。不意打ちに近い形だが、手段を選ぶほどの余裕はない。
「アリシア!」
「わかっているッ!」
爆発で起きた煙を引き裂き、アリシアはラカムへと走る。その後ろにエリーも続く。
"魔剣センチュリオン"の能力が剣のみに働くものだと仮定するのであれば、槍が得物の彼女なら問題はないはずだ。
仮にそうでなかったとしても手段は考えてある。
「…小癪な!」
ラカムはアリシアが突き出した槍を避け、一旦距離をとる。
ラカムは"ディザスター・ブレード"を受けても無事、というよりは避けていたと考えた方が自然だ。
とはいえ傷ひとつ与えられなかったのは想定外だ。不意打ちまでしたのに、何も得られなかったのは少し痛い。
「今度はこちらからだッ!」
ラカムは剣を振りかぶり、近くにいるアリシアに斬りかかる。流石に動きは速い、しかし。
グリードほどの速さではないッ!
「見えているぞッ!」
「なに!?」
アリシアは冷静にラカムの一閃を受け止め、反撃にと蹴りを放った。
その蹴り自体はラカムが身を反らして当たらなかったが、牽制としては十分だ。
「く…!」
予想外のことだったのだろう、顔に動揺が出てしまっている。そしてその動揺は隙へと繋がる。
その隙を逃しはしない。
アリシアが胴を凪ぎ払うように槍を振るう。
「その程度…」
ラカムは後ろに避けた。前方が凪ぎ払われているのなら当然の行動だ。
そしてそれを狙っていた。
凪ぎ払われた槍は後ろから走ってきたエリーが足場にできるような位置にある。
それを踏み場に跳躍、眼下にアリシアとラカムの姿を捉える。彼女の腕に自分の重さがかかってしまったが仕方ない。
しかしここからでは剣は届かない。だが、最初から剣で斬るつもりで跳んではいない。そもさも剣は鞘に入れている。
ならばどうするか。
「憑依完了!食らえッ!」
両手にはナイフが1本ずつ。それぞれに魔術を込めてある。それをラカムに投げつける。自分の中でも範囲が一番広い魔術だ、ナイフが当たらなくても魔術を当てればいい。
「"リペレ・トニ」
「そんなものッ!」
ラカムは剣でエリーが投げたナイフを凪ぎ払った。そんなことをしても発動した魔術は止められない。
――だがエリーの予想とは違う方向に物事は進んだ。
「……えっ」
「なるほどな」
エリーが投げたナイフは"魔剣センチュリオン"に触れると、魔力の粒子となってそのまま吸収された。
当然魔術は発動しない。エリーの策は完全に破られたことになる。
あの"魔剣"の能力が不明だったとはいえ失態だ。
つまるところ、"魔剣センチュリオン"の能力は『剣』を魔力に変換し取り込むということだろうか。
伝承にあった"数多の剣を従え"の部分はここを示していると推測できる。ただ「従え」の部分が未だ不明だ。ただ吸収するならは「従える」とは言えない。
あともうひとつの"魔が宿りし剣を穿つ剣"の部分はまだわからない。
恐らくは"魔剣"を指していることだと考えられるが、そうであった場合アリシアの"魔槍ブリューナク"も"魔剣センチュリオン"の能力の対象である可能性がある。
それでは彼女も迂闊に仕掛けられない。手詰まりだ。
(あぁもう!どうすれば!?)
唸ったところで答えはでない。
「これが…"センチュリオン"の力か…」
ラカム本人も信じられないといった様子で剣を見つめている。
まだラカムが全ての能力を把握していないうちに勝負を決める必要がある。
「…わかる…わかるぞ。こうだッ!」
ラカムは"センチュリオン"を振るった。
するとその背後から魔力に変換したエリーのナイフが出現し、エリー目掛けて射出された。
「なッ!?」
慌てて射出されたナイフを弾く。足下に落ちたナイフを拾おうとするも、またも粒子となって吸収される。
(これが"数多の剣を従え"、なのかな)
剣を吸収し、それを射出する。単純だが実に厄介だ。
「アリシア、下手に仕掛けないで!もしかしたらアリシアの槍まで吸収されるかもしれない!」
「了解だバウチャー…!こうも手強いとは…!」
最初こそ押しきれる予感があったが、"魔剣"の能力ひとつで立場が逆転されてしまった。
それほどに強力だ。だが勝てない相手ではない。
この強敵を如何に破るか。
それを導き出すために、エリーは全ての知識を巡らせはじめた。
次の話で1章は終了となります。




