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彼と魔族とお嬢様  作者: 秋雨サメアキ
第1章 染められし心、狂いだした運命
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新たなる剣と"傭兵"

それから1週間。エリーとアリシアはフィレンツェに向かいながらグリードに勝つための修行をしていた。

時には魔物を、時には魔族をも倒し着実に腕は上がっていると実感できている。


だがこれではまだ足りない。技量も速さも力も相手の方が上だ。

特に速さと力はエリーでは絶対に辿り着けない。身体能力が決まっている以上は、そちらの方面では勝負にならない。


――体格で劣っているならば…それを上回る策略で勝て…ッ!

シュタインの最期の言葉だ。

しかしグリードはそれを上から叩き潰す程の圧倒的な実力を持っていた。

彼の前では中途半端な策略など意味をなさない、そう思えるほどだ。

だがエリーはこの戦い方を変えられない。変えられないからこそ、それを伸ばしていくしかない。



だからこれは――挑戦だ。

自分の全てを出しきったものが、グリードという強者にどこまで通用するのか。

例えまた負けたとしても、何度でも立ち上がり、再び剣を握ろう。




隣に座っているアリシアに小さく礼を言う。


「アリシア、ありがとう」

「どうしたんだ?」

「いや何でもないよ」


彼女には感謝してもしきれない。命の恩人というだけでなく、個人的な戦いにも手を貸してくれた。

いや――彼女なりの戦いでもある。アリシアもグリードとの因縁がある。

エリーがそうであるように、アリシアもグリードに勝ちたいのだろう。



「じゃあここまでにしておこうか」


日も傾き、夕日が眩しい時間帯だ。

ここ1週間の修行のお陰で、アリシアの動きはほぼ覚えた。ようやく彼女に合わせた戦い方ができる。

彼女が戦士の家であったことも手伝って、アリシアから教えられることも多かった。多少は動きも良くなっただろう。


(アリシアには貰ってばっかりだな)





エリーたちが滞在しているこの『スサの町』は大規模な鍛冶屋があることで有名だ。

実はエリーは新しい剣を造ることになり、その鍛冶屋に依頼している。

依頼してから5日。そろそろできると聞いてその鍛冶屋にやってきた。




「アリシア『代金は私に任せてくれ』って言ったから任せたけど、本当に大丈夫なの?」


元より貧乏旅だ。最初は宿代を確保するのに必死だったというのに、どうやって剣を造る代金を捻り出すのだろうか。



「アリーヤ家の財力なら余裕だ」


アリシアはキメ顔で言っているが、アリーヤ家から資金提供してもらえるのなら、宿代を必死に稼ぐ必要はなかったはずだ。


「ねぇ、アリシア。その財力で宿代なんとかできなかったの?」

「………。さて、受けとるとしようか」


その件は二度と口に出さないと決めた。彼女はきっと宿代で家の金を使いたくなかったのだろう。ただ忘れていたわけではないとそう思うことにする。




受付の前で人を呼ぶ。


「先日依頼したエリー・バウチャーです。そろそろ剣が出来上がっているって聞いて…」

「はい、できていますよ。親方曰く自信作だそうです!」


親方本人が剣を打ってくれたようだ。光栄極まりない。




「今すぐ持ってきますか?」

「お願いします」


受付の人が持ってきたのはエリーが依頼したものと寸分違わないものだった。シルヴィアから貰った"リベレイター"それを模しただけでなく、エリー自身の癖に合わせた代物だ。



そして親方もエリーの剣の受け取りを見に来ていた。


「ほう。ワシの傑作を使うのは嬢ちゃんか。大切に扱ってくれよ。それで、銘はどうする?」

「…"アングレカム"。そう名付けます」

「そうか、いいだ…」


彼女への想いを込めた銘だ。絶対に再び彼女シルヴィアに会うのだと、堅く誓う。







礼をいい鍛冶屋を後にする。


「ようやくエリーも剣を握れるな。良かった良かった」

「今までは一々造ってたからね…。魔力的にも体への負担的にも辛いものがあったよ。でもこれで前に出て戦える。後はナイフがあれば完璧かな」


本来のエリーの戦い方はブロードソードにナイフの二刀流だ。ブロードソードのみでも戦うことは多かったが、ナイフの存在が勝負を分けたことも少なくない。




「ナイフくらいならすぐにでも買えるぞ?鍛冶屋に戻るか?」

「そうだね。また戻るのってなんか気が引けるけど…」


というわけで再び鍛冶屋に戻ろうとする。

しかし2人の声ではない声がそれを止めた。





「おう、御二人さん。奇遇だな」


誰かと思って振り返るとそこにはグリードの姿があった。

グリードは刀こそ持ってはいるものの、先日戦った時のような覇気がない。


「グリード・ガスト…!」

「待ってアリシア!」


槍を構えて今にも飛びかかろうとするアリシアを抑える。ここ1週間でわかったことだが、彼女はやたら血の気が多い。気分としては狂犬の飼い主だ。



「はぁ…全く、ここを何処か考えてから槍を抜け。俺とお前さんたちがここで戦ってみろ、周囲がただで済むと思うか?」

「…悪い」


はっと周囲を見て反省したのか肩を落とすアリシア。彼女には見敵必戦の悪癖をなおして欲しい。




「それで…あなたはなぜここに?」


グリードが言ったようにここで会ったのは偶然だろう。何か意味があるとは思えない。


「たまたまこの町にいただけだ。それよりも、お前さんたち暇か? ちょっと付き合えよ」


親指で近くの酒場を指差す。一緒に飲もうということだろか。エリーは飲めないが。




「どういうつもりだ…?」

「何もねぇよ。一度お前さんたちとは腹を割って話したくてな。個人的な興味ってやつだ」


グリードはそう言うと傭兵はオフとオンの切り替えはきっちりするもんだと笑う。




「もちろん俺が奢るぜ?」

「アリシア行ってみよう」


グリードの人となりも気になるが、彼を倒すヒントが得られるかもしれない。決して奢られるから行くと即決したわけではない、絶対に絶対だ。


「バウチャーがそう言うなら構わないが…大丈夫だろうな?」

「大丈夫だって」


まだアリシアは不安がっているが、エリーとしてはアリシアの食事事情で貧乏旅が強いられたいるといっても過言ではない。

ここは奢ってもらうのが最適だ。





グリードに案内された酒場に入り、各々の食事を頼む。

ちなみにアリシアもまだ酒は飲めないがらしく、結局飲むのはグリードだけだ。


「ちょっとくらい飲んだってばれないだろうに…。まぁそれはいい。問題があるとすれば…アリシア、なんだその量」


グリードが飄々とした態度を崩してしまうほどの原因はアリシアの食事量にある。



「大丈夫なのだろう?まさかここに来て『お前さんたちも払ってくれ』とは言うまい」

「いや払うさ。二言はねぇ。ただそんなに食べて大丈夫か?」


グリードの心配はもっともだろう。


ウェンに匹敵する食事量の彼女はエリーやグリードの食事量の軽く3倍の食事をその底なしの胃袋につぎ込んでいる。

ウェンは苦し紛れに「魔術を使うと空腹になるんです」と言っていたが、マキナはそうではないので嘘だとバレている。

アリシアの場合は言い訳することなく、自分の食欲が満たされるまでひたすら無言で食べていく。だからこそ恐ろしい。

だがこの場はグリードが持つことになっている。これはエリーからグリードに対しての軽い嫌がらせだ。




「私が気になっているのは、なぜそこまでの腕を持つ貴殿が我々に選ばれなかったのかということだ」


グリードの腕ならば間違いなく秩序の守護者ギルド・ガーディアンに選ばれるだろう。ギルドの一員でなくとも強制的にならなくてはならないのに、彼がただの傭兵のままなのは裏があるはずだ。



「答えは単純。あのしつこい鴉どもの監視を振りきってきたからだ。連中が無理矢理にでもそうしたいなら斬るつもりではあったが、流石に賢いな。実力行使はしてこない」


ギルドの情報機関"レイヴン"はこういうところでも動いているらしい。マキナが秩序の守護者ギルド・ガーディアンに選ばれたのも、"レイヴン"がマキナの才能を見出だしたからだと本人から聞いている。

確かギルド本部での決戦の際も元"レイヴン"の人間がいたはずだ。生憎その後彼女たちがどうなったかは知らないが。




「でもギルドの一員になった方がメリットは大きくないですか?」


ギルドメンバーと傭兵。社会的立場や信頼も前者の方が上だ。それを差し引いても傭兵になったのには意味があるのだろう。


「確かにメリットは多いな。ギルドの一員ってだけで肩書きになる。だがな、それがデメリットになるわけだ」

「どういうことだ?」


アリシアも一通り食べ終えたのか、静かにグリードの話を聞いている。




「いいか。お前さんたちギルドのもんは、ギルドとの繋がりがあってこそ成り立ってる。だがその繋がりが邪魔になる人間もいる」

例えば、グリードの雇い主がまさにそれだろうか?



「ギルドに物事を頼む場合、当たり前だが必ずギルドの職員が目を通す。そしてその依頼を実行することになったギルドメンバーの名前も把握しておく。依頼主とギルドメンバー、この間にはギルドの存在がある。だからこそ、信頼されているわけだがな」

「それはそうだ。その依頼を受け取った者はその依頼を成功させる義務が発生する。義務があるからこその自由だ、ギルドからギルドメンバーに対して依頼の強制はない」


例外こそあれど、概ね間違っていないだろう。自由こその義務。選びとる自由の代わりに成功させる義務がある。

だからこそギルドは信頼されている。



だからこそ・・・・・だ。ギルドを介するからこそ、足がつく。結果的にギルドが築き上げた秩序を壊しかねない依頼を、ギルドに頼めないだろ?その時は傭兵の出番だ」


ギルドメンバーに頼めばその間にはギルドの存在が必ず存在する。また形跡が残る。不利益な情報を残したくない者にとっては邪魔でしかない。

だが傭兵なら雇い主と傭兵の間にはギルドという存在はない。だからこそグリードの雇い主のような人物が傭兵を頼るのだろう。




「元よりギルドに与する気はないけどな、ギルドは何か肌に合わねぇし。…お前は傭兵にしては甘すぎると言われてきたが、今もこうやって首の皮は繋がってる。今さら生き方を変えることはできないしな。俺はこれからもこうやって傭兵を続けるさ」


グリードは何かを憂いているようにグラスを傾ける。

だがそれがなかったことのように、ガラッと表情を変えると一気にグラスに入った酒を飲み干した。





「ま、俺の話はここまでだな。お前さんたちが真剣に聴いてくれるもんだからべらべら話しちまう。…褒めてるんだぜ、一応はな」

「そう…ですか」


エリーとしてはグリードの話をただ聞いていただけなのだが、彼がそう好意的に受け取ったならばそれでいい。



「アリシアも…フッ、背負わされるだけじゃなくて背負うことが大切だと知ったみたいだしな」


少し照れ臭そうに頭を掻く。どうやらグリードはアリシアが変わったのかどうかを見たかったらしい。

アリシアも、自分も、まだまだ成長できる。身体の問題ではなく、精神の問題だ。




「僕もアリシアもいつかあなたに『参った!』と言わせるまでは、諦めませんから」

「もちろんだ。受けた借りと恩義は必ず返す。それまで私たち以外に負けてもらっては困るな」

「そりゃ楽しみだ。ま、せいぜい強くなれ。俺も、エリーとアリシアがどこまで強くなるか興味がある」


次勝てるかどうかはわからない。だが再び刃を交えようと約束を交わす。




◆◆◆




「久しぶりに飲んでて楽しかったぜ。お前さんたちとはまた飲みたいね。まぁ…アリシアに俺の財布が耐えられればの話だかな」


会計を済ませ、寒くなった懐を哀愁漂った姿で眺めるグリード。


「…大食いで悪かったな」

「悪いと思うなら止めようよ…」

「手が止まらなくて…」


出会った当初は気難しく自他ともに厳しい人物かと思っていたが、こう過ごしてみると意外とそうでもない。

確かに厳しいところもある、だがそれ以上にところどころ抜けているのだ、しかし常識がないのではない。例えるならポンコツと言えばいいだろうか。



「じゃあな、エリーにアリシア。次会うときは…味方か、敵かわからんがな。手は抜かんぞ?」

「えぇ。本気で倒します」


それだけ言葉を交わし、互いに背を向ける。

今日でグリード・ガストという人物のことがそれなりにわかったような気がする。悪い人間ではない、それだけは確かだ。


理解したからこそ、倒すべき壁として存在する。

新しい目標を得て、フィレンツェを目指す旅は終わりに近付いていた。



――終焉と導く、その闇の光へと。

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