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彼と魔族とお嬢様  作者: 秋雨サメアキ
第1章 染められし心、狂いだした運命
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敗北を乗り越えて

――2日後。



エリーとアリシアは未だギルド支部がある町――ザナの町にいた。そこで宿をとったのはいいが、アリシアの顔は浮かれない。


「…ギルドには報告した。私が任務に失敗したことと、ギルドの他に"魔剣"を狙う勢力がいること」


グリードに敗北した日からアリシアの表情は晴れない。グリードに「背負うものがない」と言われたこと、そのグリードに手も足も出なかったことが彼女に重くのし掛かっているのだろう。



だか"魔剣"を奪われたのは彼女の責任だけではない。エリー自身の責任でもある。


「…ごめんアリシア。僕がもっと強ければ"トリシューラ"は奪われなかったのに」

「なぜバウチャーが謝る。何もできなかったのは私だ。不利な状況でも食らいついたバウチャーが謝る必要はない。頭を下げるとすれば私だろう?」


だが、守れなかったのは確かだ。

恩人に報いることができればと、手伝いを申し入れたのに、何も成せなかったのだ。





(もっと、力があれば守れるのかな…)


だが自分の体のことは自分が一番知っている。身体的成長が望めず、魔力も優れているわけではない。

だからこそと禁術を使いこなそうと努力し、仲間の動きを覚えたり、敵の癖を見極めようとしてきた。

だがグリードは、それまで築いてきたもの全てが無駄だと思えるほどに強かった。

あの速さは目で捉えるだけでも一苦労だ。一度は予測で攻撃を凌いだが、奇跡に近いだろう。奇跡は二度も起こりはしない。



「バウチャー、私の槍が軽いってどういうことだ?背負うものがないと…」


アリシアのその問いにどう答えればいいかわからなかった。


「聞かせてほしいんだ。バウチャーはどんなものを背負っているんだ?私に足りないものがわかるなら教えてほしい」


確かに、今まで死んだ者たちの命を背負っている。だがそれがグリードの言っていた『背負う』ことなのかはわからない。




「私は…この名を…アリーヤの名に恥じないように、気高くあろうとしてきた。それでは足りないということなのか?」

「アリシア……」


何を背負っているか。自分の言葉では、語るには不足かもしれない。

だが自分にできるのは彼女にまた元気になってもらうことしかない。



「…わかった、話すよ。僕がどのような存在なのか、でもひとつ約束してほしい」

「ほ、本当か?それで約束とはなんだ?」

「…せめて、話し終わるまでは殺さないでほしいんだ」

「どういうことだ?」


このような反応をするのも当然だろう。しかしエリーは人が憎む魔族の血が入っている。そう易々と人に話していいことではない。

マリーが過去に人間と魔族の混血と周囲の人間に知れてしまったことで命を狙われたのだ。エリーがそうならない道理はない。






覚悟を決め、息を吸う。そしてそれを言葉として吐き出す。


「最初に言っておくね。僕は…純粋な『人間』じゃない」


だが重要なことだ。このことを言わねば話が進まない。


「どういうことだ、バウチャー…?」


アリシアの反応も至極真っ当なものだ。この見た目は人間そのものだ。最初から魔族として見る人間はいないだろう。




「僕は、人と魔族の混血…半魔半人ネフィリムだ。つまり…『人間』が憎み戦い殺しあってきた存在の血が流れてる」


魔族は元々は人間ではあるが、その生物としての違いからか別の生物として考えられている。それでも人との間に子を成せたのは、元々が人間であるかことに加えて、何よりも人としての形を残していたことが大きいだろう。



「それは…本当なのか?」

「本当の話だよ。そして…今までも、これから話すことも嘘はないよアリシア」


エリーに魔族の血が流れていると知って、アリシアはどう思うのだろう。やはり殺したいと思うのだろうか。それとも気にしないのだろうか。




しかし相手はあのアリーヤ家だ。ギルドの創立者の家系が魔族を憎んでいない理由がない。


「だから…殺さないでほしい…ということか…」


アリシアの顔は伏せられ、その表情を読み取ることはできない。



「魔族の血が入っているなんて僕も嫌だった、死のうとさえ思った…けどね。魔族化してもこの想いと心は『人間』だと叫んだ、誰よりも『人間』だった魔族がいた」


そしてシルヴィアと世界を愛した『人間』だ。

だからこそ、自分は『人間』だと主張し続ける。しかし、それが周囲の人間が受け止めるかどうかは別の問題だ。

それでも自分は『人間』だと叫び続けよう。この魂が、想いが、『人間』だと言うのなら。




「…バウチャーは、仮に私が殺しにきたらどうするつもりだったんだ?」


相変わらず顔は伏せられたままだ。その見えない表情には激情が秘められているのか、それとも別の何かがあるのかエリーにはわからない。


とはいえ、聞かれたことは全て答えるつもりだ。



「…適当に戦って、隙を見つけて逃げる。シルヴィアとまた会うまでは死ねないんだ。だけどアリシアを傷つけたくない」

「…そうか。なぁ、バウチャー」


伏せていた顔をあげるもそれから感情が読み取れない。やはりアリシアは自分に槍を向けるのか…といつでも動けるように姿勢を少し低くする。




「殺さないさ。背中を預けた仲間を斬れるものか」

「アリシア…」


だが姿勢は低くしたままだ。イヴァンとリアンが死んだ際に、優しく振舞い隙を見て殺そうとした人物がいた。

アリシアのことを信用していないわけではない。ただ少しばかり、自分が他人を疑っているだけだ。


そのエリーを見たアリシアは、見たことのない穏やかな顔をした。



「そう構えないでくれ…辛い。ただ私は…バウチャーを尊敬する」

「…え?」


今の話のどの部分に尊敬できる部分があったのだろうか。人によっては殺意を抱きかねないというのに。




「その、出会って間もない私にそんな大変なことを話してくれて、しかも私と戦うかもしれなかったのに。…強いよ、バウチャーは」

「そう、かな…」


一先ず敵意はないと安心する。それと同時にアリシアへの謝罪の念が沸く。

なんであれ、疑ってしまったのは事実だ。後で謝ろう。






「…私には兄がいた。少し歳が離れていたが、面倒見のよく明るくて槍も上手い自慢の兄だった」


ぽつり、とアリシアは急に話を始めた。兄が『いた』ということは既に他界したということとだろうか。


「名をソーマ。奇しくも…というよりは母が初代の名にあやかったから"ソーマ"なのだが、それはいい」




――アリシアの兄ことソーマは、次期アリーヤ家の当主として期待されていた。それだけに負担も大きかったと考えられるが、彼は持ち前の明るさとアリシア曰く「いい意味で阿呆」と、その重荷に折れることなく次期当主の期待に答えていった。

だが、いつかフラりと消えてしまいそうな――そんな予感を感じていた。


そしてその予感は現実のものとなる。

あの日もソーマはお気に入りの、屋敷の屋根上で昼寝をしていた。まだ幼かったアリシアもソーマと一緒に屋根で昼寝をしたいと屋根に登った。

だがしばらくしてアリシアが昨晩読み終わっていなかった本を屋上で読もうと戻った。たった数分だ。


――その数分で、ソーマは姿を消していた。

家出にしても軽装すぎる上に、ソーマはそうするならもっと作戦を練る。

その後は使用人から親まで総動員で探したものの、結局見つからなかった。



そしてそのしわ寄せはアリシアにくる。

アリシアはそれからというもの、次期当主としの品格と武人としての誇り、そして何よりもギルドによる秩序の維持の意義を教えられてきた。

不思議とそれは苦痛には思えなかった。尊敬していた兄の変わりになれるのならと、それに対して熱心に打ち込んだ。


それから数年がたち、槍の才、アリーヤ家の血筋、"魔剣"の保持。それらからして、アリシア・アリーヤが秩序の守護者ギルド・ガーディアンに選ばれたのはごく自然の流れだろう。


そしてアリシアに残ったのはアリーヤ家の次期当主としての責任だけだった。




「――私は兄の幻影を追いかけ続け、自分の目的も失い、ただ槍を振り回すだけの存在に成り下がった…。自分の意志で槍を握らなかったんだ」


グリードと打ち合った際にアリシアは「背負うものがない」と言われいた。

グリードが正しく、アリシアが間違っているとは一概には言えない。

だがその言葉はアリシアの心を鋭く貫いたのは確かだ。



「ただ負わされただけの責任では、意味がないということなのだろうな。アリシア・アリーヤが自らの意志で決め、選びとらねば…!だからこそ、私はバウチャーを尊敬している」


エリーの顔に自分の顔を近付け、熱のこもった目でまじまじと見つめる。


「…僕がこれまで戦ってきた理由なんて、復讐と自分との決着だけだよ」

「だがそれは、自分で決断したのだろう? ――何でもいいんだ、私はどうすればいい!?」


ここまで必死になって答えを聞こうとするということは、アリシア自身、かなり焦っているのだろう。

だからこそ、答えを示すのはエリーではない。




「アリシア。その答えはそれこそ自分で決めることじゃないかな。誰でもない、自分の意志で決めたからこそ意味のある"答え"。1人では無理なら僕も手伝うから」


それがアリシアへの恩返しとなるのなら、いくらでも手を貸そう。

もう1人の自分がそうであったように、エリーもまたこの世界と生きる人々を愛しているのだから。



「自分の意志で…決める…」


アリシアはエリーの言葉を噛み締めるようにゆっくりと繰り返していた。

そして、晴々とした笑顔でエリーに笑いかけた。



「ありがとう、バウチャー。私なりの答えを見つけよう。そうしたらグリードに、今の私には背負うものがあると言ってやる!」

「そうだよその意気だよアリシア!」


アリシアが元気を出してくれたようだ何よりだ。こう元気になると自分のことのように嬉しくなるものだ。





「バウチャー」

「なに?」

「言いそびれていたが…バウチャーは私たちと同じ『人間』だ。例え半分人間でなくても、その意志こそか人間を人間でたらしめる理由…だと私は思う」


デイヴァも同じようなことを言っていた。



――この魂も! この想いも! まさしく『人間』だッ!



(…うん、僕も大事なことを忘れてた。少し弱気になりすぎてた)


「ありがとう、アリシア。僕も大事なことを思い出したよ」

「そうか?なら良かった。それで…何を思い出したんだ?」

「秘密」


人前で言うには少々恥ずかしすぎる。だからこれは胸に秘めておくものだ。







「…そうと決まれば、アリシア。特訓しよう!」

「特訓?」

「いつかあなたを必ず倒すって大口叩いたはいいけど、グリードの速さに対向する手段が思い浮かばない。でも、何もしないのは僕が嫌で、だからせめて特訓しようかなって…」


後半になるにつれて弱気になっていくのは自信のなさの現れだ。アリシアが乗ってくれる保証はどこにもない。


だが仮に1人でもやるつもりだ。

師匠キニジはグリードの動きに対応できるだろう、だが自分はキニジほどの才能はない。ギュンターは新たな強敵に心踊らせるだろう、だが自分にはそんな感性はない。

だが、エリーは負けず嫌いだ。負けっぱなしでは気がすまない。




「そうだな、私も一緒に特訓する」

「いいの?」

「私もグリードに手も足も出なかった。…アリーヤ家の面目ではない。私が奴を倒すと"決めた"」


アリシアと一緒なら特訓の効率も上がるだろう。危なく相手が人なのに魔物相手の特訓をするところだった。



「しかし、バウチャーいいのか?フィレンツェに行きたいのではないのか?」

「あっ、移動しながら…とか」


実のところ、そこは考えていなかった。自分の絶対の目標はシルヴィアとの再開だ、それを忘れてはいけない。


「では移動しながら、だな」


エリーの心境を知ってか知らずか、アリシアは小さく笑いながら同意した。



(…シルヴィア、待ってて)


目的も目標も見つけた。後は突き進むだけだ。


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