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彼と魔族とお嬢様  作者: 秋雨サメアキ
第1章 染められし心、狂いだした運命
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瞬刃の傭兵

「多少は…楽しませてくれよお嬢さんッ!」


無精髭の男はその声とともに、姿を消した。


(消えた!?姿を消す魔術!?)


姿が見えなくても攻撃する手段はある。当たらないなら当たるまで術式陣で弾幕を形成すればいい。




「バウチャー!右だッ!」


アリシアの言葉通り、エリーのすぐ右に男の刀が迫っていた。


「くぅ!」


無詠唱で憑依術式リチュアを解放、なんとか男の刀を凌ぐ。




「…ほう、禁術か。あの赤髪のお嬢さんは目がいいし、お嬢ちゃんは多芸と見た。こりゃ予想以上の強敵だな」


男は一旦エリーから離れると刀を構え直す。


「ちったぁ骨があるみてぇだし、俺も油断できねぇわ」


そしてまた一瞬の踏み込みの後に姿を消した。




(いや違う――これは魔術じゃない!)


踏み込んだ瞬間に魔力の放出バーストで一気に加速、一瞬でエリーやアリシアに肉薄してくるのだ。


「防いでみなッ!」

「2度も同じ手は通じないッ!」


その原理がわかっているのなら、それの対処はできる。

先程と同じように自分の周囲に術式陣を展開、タイミングを見計らって一斉掃射することで接近を許さない。




だが男は巧みに放出バーストによる機動力を駆使し、エリーに一撃を加えようと刀を振りかぶる。

だが男は忘れている。敵はエリーだけではない。


「アリシアッ!」

「わかっているッ!」


エリーの後ろから跳び上がり、頭上から男に槍を突き立てようとする。




「――へっ、見え見えなんだよ…ッ!」

「なにッ!?あぁっ!」


男はアリシアの槍をいなすと横腹に左足で蹴りをいれる。直撃したアリシアはそのまま遺跡の床に叩きつけられた。


「アリシア!くっ…!」


武器もない状態での接近戦は無理だ。

しばらくの間顕現させるには詠唱が必要不可欠だが、この男がそのような時間を与えてくれるわけがない。


「ぼさぼさすんな!首が飛んじまうぞ!」


男の繰り出す斬撃をなんとか避けつつ、攻勢にでる策を練る。

背中にある"トリシューラ"を使う、という考えも浮かんだがエリーがそもそも槍を使ったことがない。






「どうした?時間くらいなら…くれてやるよッ!」


避けた時に体勢がよろめく。その瞬間を男は見逃さず、エリーの頭目掛けてま左足で蹴りを狙う。その左足はまるで鞭のようなしなやかさだ。


「ぐっ…!」


なんとかそれは両手で防いだものの、両手が痺れてたまらない。




「…ほら、憑依術式リチュアを唱える時間をくれてやったんだ。…見せてみろ、お嬢ちゃんの剣をな」

「舐めた真似をしてくれるな…!」


床に叩きつけられていたアリシアが起き上がり、男を睨み付ける。


「別に手を抜いたりはしてないさ。手加減したら殺されちまうからな。だがまぁ死なないにしても、おたくらは逃がしてくれそうにないんでね。ちょっと眠ってもらう程度に痛めつけるってだけさ」


男とエリーたちの力の差は歴然だ。剣閃は鋭く、速く隙がない。

しかもただ速いだけではない。無駄がないのだ。その動作ひとつひとつに無駄が一切ない。だからこそ、実際の速度よりも速く目に映る。




それにエリーとアリシアは昨日知り合った仲だ。お互いの癖も理解しきれていない。その上エリーは本来の戦い方ではない。

とはいえ諦めはしない。アリシアが合わせられないのなら、こちらがアリシアの動きを読み、それに合わせるまでの話だ。


「我が身を喰らいて剣なれ、――解放ッ!」


この男の速さに対応するなら剣が一振では足りない。ナイフも作り出し、二刀流で迎え撃つ。

魔力的にも、体の限界からしても、造れる剣はこれが最後だ。




「ほう、二刀流か。器用だな。やっぱりお嬢ちゃんは魔術師というよりは剣士だな、さっきまでとは気迫が違う」

「…悪いけど、そう簡単に殺られるわけにはいかない。僕があなたを倒せなくても、アリシアが倒せるくらいまでには消耗してもらう」


自分には剣の才もなければ魔術の才もない。あるとすれば戦いの流れを読めることだけだ。だからこそわかる。


――この人に、僕は勝てない。


だが、倒せなくてもアリシアがいる。彼女ならやってくれるはずだ。





「おいおい、こんなとこで命張ってどうする。それに俺は無益な殺傷は好まん。それこそ雇い主の命令がなければな」


男はやれやれと呆れたように腕を上げ、困ったように笑った。

そして楽しそうにエリーを見ると


「――だが、そういう奴は嫌いじゃない。お嬢ちゃん、なんて名だ」


真剣そのものの眼差しで名を問うた。



「…エリー・バウチャー。今は無理でも、いつか必ずあなたを倒す『人間』の名前だ」


今は勝てないかもしれない。だがたった一度の敗北で諦めることはしない。

いや、勝てるまで何度でも剣を握ろう。それまでは絶対に諦めない。



予想外の言葉だったのか、男は少しの間黙ると、また面白そうに笑いだした。


「くくく…はっはっは!なおさら気に入ったぜエリー・バウチャー!…俺も名乗らねぇとな。グリード・ガスト、見た目通り傭兵だ」


男――グリードはそう言うと刀を鞘に仕舞った。




「何を…!」


仕舞ったがそれが逃げるための行動でないことはすぐにわかった。


「俺の全力の一撃だ。受け止めてみせろ、エリー・バウチャー…!」


右足を踏み込み、魔力放出バーストの加速を利用して蹴りだし、一瞬で刀の間合いへと近付いた。




「バウチャー!」


アリシアの自分を呼ぶ声が聴こえる。彼女のためにも、トリシューラだけはグリードに渡すわけにはいかない。



そうしている間にもグリードは刀を抜き放とうと構えていた。


「はあああああッ!!」


(居合い…ッ!)


この速度では見切れない。見切れないなら太刀筋を予測し、そこに剣を置くように防げばいい。


「――せいッ!」


鳴り響く金属音。エリーの予測が的中したのだ。だが勢いまでは防ぎきれず、衝撃だけで吹き飛ばされる。

そのまま地面を転がり、グリードが追撃をしてこないのを確認するとゆっくり立ち上がる。




「くぅ…」


あまりの衝撃だったからか、またも手が痺れてしまった。

大丈夫だ、まだ剣を握れる。

グリードはそのエリーを警戒することなく見ていた。


「今の一撃を凌ぐか…。本気で殺すつもりでやった。死なないにしても気絶くらいはするかと予想してたんだがな」


言葉とは裏腹に嬉しそうな表情をする。久方ぶりの強敵に出会えて嬉しいということだろうか。




「グリード・ガスト!貴様の敵はバウチャーだけではないッ!」


1人グリードに襲いかかったアリシア。しかしその槍は容易くグリードの刀に防がれてしまった。


「アリシア、とか言ったな。お前さんの槍は軽すぎる」

「何…!?」

「エリーのように…何かを背負って戦っていないということだッ!」


アリシアを腕力だけで押し返すと、槍を斬り上げ胴をがら空きにする。



「エリーはともかく、お前さんの槍は俺に届きはしないッ!」


がら空きになった胴に回し蹴りを叩き込む。


「があぁ!」


"ブリューナク"を手放すほどの衝撃だったのか、再び地に伏せると起き上がらなかった。

手放した"ブリューナク"は、宙を舞うとグリードの近くに突き刺さった。


「む、これも"魔剣"か。…まぁいい、命令は"トリシューラ"の回収だけだ」


だがグリードは気にすることなく、まだ立っているエリーの元へ向かう。





「アリシア…!くっ…!」


守るはずだったアリシアが倒されてしまった。また守れないのかと、自分自身に対する怒りで身を震わせる。

噛んだ下唇から血が出るほど、自分が許せない。


「別に死んじゃいない。だがまぁ、立っているのはお前さんだけだエリー。大人しく、倒されてくれや」


グリードは相変わらず飄々とした態度を崩さない。油断しているわけではない。余裕の態度こそ見せているが、隙が全く存在しない。




「じゃあ、終わりだ」


その声とともにグリードは再び放出バーストで加速すると、一撃でエリーの造り出した剣とナイフを砕いた。


「そんな…なっ!?」


エリーが驚く暇さえ与えず、放出バーストで背後に回り込みエリーが背負っている"魔槍トリシューラ"を奪う。そしてそのままエリーを蹴飛ばした。




「くっ…!まて…ッ!」


魔力切れと、痛みと、憑依術式リチュアの反動で立てないエリーを尻目に"トリシューラ"を手にしたグリードはそのまま来た扉から去っていった。

そして立ち去る前に一言を残していった。




いつのまにか傷ができている横顔をエリーに見せつつ、相も変わらず飄々とした態度だった。


「またお前さんたちとは会う機会があるだろう。それが敵か味方かは知らないが…リベンジマッチなら何時でも受けるぜ、お嬢さん方?」


それだけ言い残すと、去っていった。



「ま、待て…!」


力が入らない四肢でどうにか立ち上がろうとするが、意識が遠のきそれは叶わなかった。



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