瞬刃の傭兵
「多少は…楽しませてくれよお嬢さんッ!」
無精髭の男はその声とともに、姿を消した。
(消えた!?姿を消す魔術!?)
姿が見えなくても攻撃する手段はある。当たらないなら当たるまで術式陣で弾幕を形成すればいい。
「バウチャー!右だッ!」
アリシアの言葉通り、エリーのすぐ右に男の刀が迫っていた。
「くぅ!」
無詠唱で憑依術式を解放、なんとか男の刀を凌ぐ。
「…ほう、禁術か。あの赤髪のお嬢さんは目がいいし、お嬢ちゃんは多芸と見た。こりゃ予想以上の強敵だな」
男は一旦エリーから離れると刀を構え直す。
「ちったぁ骨があるみてぇだし、俺も油断できねぇわ」
そしてまた一瞬の踏み込みの後に姿を消した。
(いや違う――これは魔術じゃない!)
踏み込んだ瞬間に魔力の放出で一気に加速、一瞬でエリーやアリシアに肉薄してくるのだ。
「防いでみなッ!」
「2度も同じ手は通じないッ!」
その原理がわかっているのなら、それの対処はできる。
先程と同じように自分の周囲に術式陣を展開、タイミングを見計らって一斉掃射することで接近を許さない。
だが男は巧みに放出による機動力を駆使し、エリーに一撃を加えようと刀を振りかぶる。
だが男は忘れている。敵はエリーだけではない。
「アリシアッ!」
「わかっているッ!」
エリーの後ろから跳び上がり、頭上から男に槍を突き立てようとする。
「――へっ、見え見えなんだよ…ッ!」
「なにッ!?あぁっ!」
男はアリシアの槍をいなすと横腹に左足で蹴りをいれる。直撃したアリシアはそのまま遺跡の床に叩きつけられた。
「アリシア!くっ…!」
武器もない状態での接近戦は無理だ。
しばらくの間顕現させるには詠唱が必要不可欠だが、この男がそのような時間を与えてくれるわけがない。
「ぼさぼさすんな!首が飛んじまうぞ!」
男の繰り出す斬撃をなんとか避けつつ、攻勢にでる策を練る。
背中にある"トリシューラ"を使う、という考えも浮かんだがエリーがそもそも槍を使ったことがない。
「どうした?時間くらいなら…くれてやるよッ!」
避けた時に体勢がよろめく。その瞬間を男は見逃さず、エリーの頭目掛けてま左足で蹴りを狙う。その左足はまるで鞭のようなしなやかさだ。
「ぐっ…!」
なんとかそれは両手で防いだものの、両手が痺れてたまらない。
「…ほら、憑依術式を唱える時間をくれてやったんだ。…見せてみろ、お嬢ちゃんの剣をな」
「舐めた真似をしてくれるな…!」
床に叩きつけられていたアリシアが起き上がり、男を睨み付ける。
「別に手を抜いたりはしてないさ。手加減したら殺されちまうからな。だがまぁ死なないにしても、おたくらは逃がしてくれそうにないんでね。ちょっと眠ってもらう程度に痛めつけるってだけさ」
男とエリーたちの力の差は歴然だ。剣閃は鋭く、速く隙がない。
しかもただ速いだけではない。無駄がないのだ。その動作ひとつひとつに無駄が一切ない。だからこそ、実際の速度よりも速く目に映る。
それにエリーとアリシアは昨日知り合った仲だ。お互いの癖も理解しきれていない。その上エリーは本来の戦い方ではない。
とはいえ諦めはしない。アリシアが合わせられないのなら、こちらがアリシアの動きを読み、それに合わせるまでの話だ。
「我が身を喰らいて剣なれ、――解放ッ!」
この男の速さに対応するなら剣が一振では足りない。ナイフも作り出し、二刀流で迎え撃つ。
魔力的にも、体の限界からしても、造れる剣はこれが最後だ。
「ほう、二刀流か。器用だな。やっぱりお嬢ちゃんは魔術師というよりは剣士だな、さっきまでとは気迫が違う」
「…悪いけど、そう簡単に殺られるわけにはいかない。僕があなたを倒せなくても、アリシアが倒せるくらいまでには消耗してもらう」
自分には剣の才もなければ魔術の才もない。あるとすれば戦いの流れを読めることだけだ。だからこそわかる。
――この人に、僕は勝てない。
だが、倒せなくてもアリシアがいる。彼女ならやってくれるはずだ。
「おいおい、こんなとこで命張ってどうする。それに俺は無益な殺傷は好まん。それこそ雇い主の命令がなければな」
男はやれやれと呆れたように腕を上げ、困ったように笑った。
そして楽しそうにエリーを見ると
「――だが、そういう奴は嫌いじゃない。お嬢ちゃん、なんて名だ」
真剣そのものの眼差しで名を問うた。
「…エリー・バウチャー。今は無理でも、いつか必ずあなたを倒す『人間』の名前だ」
今は勝てないかもしれない。だがたった一度の敗北で諦めることはしない。
いや、勝てるまで何度でも剣を握ろう。それまでは絶対に諦めない。
予想外の言葉だったのか、男は少しの間黙ると、また面白そうに笑いだした。
「くくく…はっはっは!なおさら気に入ったぜエリー・バウチャー!…俺も名乗らねぇとな。グリード・ガスト、見た目通り傭兵だ」
男――グリードはそう言うと刀を鞘に仕舞った。
「何を…!」
仕舞ったがそれが逃げるための行動でないことはすぐにわかった。
「俺の全力の一撃だ。受け止めてみせろ、エリー・バウチャー…!」
右足を踏み込み、魔力放出の加速を利用して蹴りだし、一瞬で刀の間合いへと近付いた。
「バウチャー!」
アリシアの自分を呼ぶ声が聴こえる。彼女のためにも、槍だけはグリードに渡すわけにはいかない。
そうしている間にもグリードは刀を抜き放とうと構えていた。
「はあああああッ!!」
(居合い…ッ!)
この速度では見切れない。見切れないなら太刀筋を予測し、そこに剣を置くように防げばいい。
「――せいッ!」
鳴り響く金属音。エリーの予測が的中したのだ。だが勢いまでは防ぎきれず、衝撃だけで吹き飛ばされる。
そのまま地面を転がり、グリードが追撃をしてこないのを確認するとゆっくり立ち上がる。
「くぅ…」
あまりの衝撃だったからか、またも手が痺れてしまった。
大丈夫だ、まだ剣を握れる。
グリードはそのエリーを警戒することなく見ていた。
「今の一撃を凌ぐか…。本気で殺すつもりでやった。死なないにしても気絶くらいはするかと予想してたんだがな」
言葉とは裏腹に嬉しそうな表情をする。久方ぶりの強敵に出会えて嬉しいということだろうか。
「グリード・ガスト!貴様の敵はバウチャーだけではないッ!」
1人グリードに襲いかかったアリシア。しかしその槍は容易くグリードの刀に防がれてしまった。
「アリシア、とか言ったな。お前さんの槍は軽すぎる」
「何…!?」
「エリーのように…何かを背負って戦っていないということだッ!」
アリシアを腕力だけで押し返すと、槍を斬り上げ胴をがら空きにする。
「エリーはともかく、お前さんの槍は俺に届きはしないッ!」
がら空きになった胴に回し蹴りを叩き込む。
「があぁ!」
"ブリューナク"を手放すほどの衝撃だったのか、再び地に伏せると起き上がらなかった。
手放した"ブリューナク"は、宙を舞うとグリードの近くに突き刺さった。
「む、これも"魔剣"か。…まぁいい、命令は"トリシューラ"の回収だけだ」
だがグリードは気にすることなく、まだ立っているエリーの元へ向かう。
「アリシア…!くっ…!」
守るはずだったアリシアが倒されてしまった。また守れないのかと、自分自身に対する怒りで身を震わせる。
噛んだ下唇から血が出るほど、自分が許せない。
「別に死んじゃいない。だがまぁ、立っているのはお前さんだけだエリー。大人しく、倒されてくれや」
グリードは相変わらず飄々とした態度を崩さない。油断しているわけではない。余裕の態度こそ見せているが、隙が全く存在しない。
「じゃあ、終わりだ」
その声とともにグリードは再び放出で加速すると、一撃でエリーの造り出した剣とナイフを砕いた。
「そんな…なっ!?」
エリーが驚く暇さえ与えず、放出で背後に回り込みエリーが背負っている"魔槍トリシューラ"を奪う。そしてそのままエリーを蹴飛ばした。
「くっ…!まて…ッ!」
魔力切れと、痛みと、憑依術式の反動で立てないエリーを尻目に"トリシューラ"を手にしたグリードはそのまま来た扉から去っていった。
そして立ち去る前に一言を残していった。
いつのまにか傷ができている横顔をエリーに見せつつ、相も変わらず飄々とした態度だった。
「またお前さんたちとは会う機会があるだろう。それが敵か味方かは知らないが…リベンジマッチなら何時でも受けるぜ、お嬢さん方?」
それだけ言い残すと、去っていった。
「ま、待て…!」
力が入らない四肢でどうにか立ち上がろうとするが、意識が遠のきそれは叶わなかった。




