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彼と魔族とお嬢様  作者: 秋雨サメアキ
第1章 因縁の決着
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解放の剣

2日後、エリー、シルヴィア、ギュンターは鍛冶屋を訪れようとしていた。

先の魔族との戦闘でエリーの剣が折れてしまったため、新しく作り直そうという話だ。


だがエリーはどこか上の空だった。




(今日も、見ちゃったか…)


自分が起きた日から、眠る度にあの夢を見ていた。

エリーがシルヴィアを殺す夢をだ。

そのどれもがはっきりとその状況が映し出されていた。


まだ数回しか見ていないが、シルヴィアを殺す結果は同じだとしても些細なところが異なっていた。

シルヴィアの服装や髪型、周囲の情景、エリー自身も所々異なっていた。

ただひとつ同じなのは、自分が何かしらの剣を握っていたこととだけ。


まるで同じ夢を見ているわけではなく、異なる結果を見させられているような、そんな感覚。







…………。


「エリー? 聞いてる?」

「えっ、あっごめん。ぼーっとしてた…」

「ならよかったわ。傷が痛いとかならじゃなくて」


シルヴィアに諭され我にかえる。

何度も同じ夢を見る奇妙さは置いておいて、今は剣を受けとることに意識を向けよう。



「それでね、実を言うと、エリーが倒れた次の日には剣のことを頼んでいたの」


それが既に打ち終わり、後はエリーに渡すだけらしい。

折れた剣は後でナイフとともにお手頃な価格のものを買おうとしていただけに、この話は驚きだった。


「エリーの剣、ブロードソードで合ってるよな?」

「合ってるよ。別にロングソードでも問題ないけど」


ブロードソードを選んだのは深い理由があるわけでもなく、なんとなく扱いやすそうだからという理由だけで選んだだけだ。

ちなみにウェンは魔術研究所に用事があるらしく、今日は同行できないと言っていた。彼ほどの魔術師ならギルドからも一目置かれているのではないだろうか。





「ここよ」

「ここが…」


シルヴィアが指差したのは、煉瓦造りの建物に屋根には大きな煙突、大きく空いた扉からは屈強な男たちが今日も槌を振るっている2階建ての建物だ。

いかにも「鍛冶屋」と呼べるものであり、この大陸で剣を握るものなら誰もが知っている有名な鍛冶屋でもあった。

この鍛冶屋はギルドが今の体制を築き上げる前の、傭兵の職業組合だった頃からあるらしくギルド直属のギルドメンバーが剣を作らせることもあるとの話だ。



「ようシルヴィアの嬢ちゃん。注文の剣は出来上がってるぜ」


鍛冶屋に入ると真っ先に声をかけてきたのは、上半身裸のガタイのいい男だった。見た感じではエリーよりもこの男の方が剣を握って魔物や魔族と戦っているのが似合っている。


「あら親方。ありがとう、助かるわ」


シルヴィアに親方と呼ばれた男は、人がよさそうに「当たり前だ」と笑った。小麦色の肌に白い歯がよく目立つ。




「で、そこの栗色の髪した嬢ちゃんが俺の剣を振るうわけか」

「は、はい」


親方はエリーの全身をじろりと見回す。本当に振れるのか?その品定めとも言える。


「大丈夫だぜ親方、エリーなら親方の剣を問題なく扱える」


エリーの肩に手を置き、大丈夫だと語るギュンター。その言葉は嬉しいが、妙な期待をされるのではないかと不安にもなる。

シルヴィアもそれに便乗し、安心してと力強く語りだした。



「ま、2人がそこまで言うなら大丈夫だろうがよ」


シルヴィアとギュンターの気迫に押されたのか、やれやれと頭を掻いた。

だが「嬢ちゃん」とエリーを真剣そのものの声音で呼ぶと語りだした。


「エリーって言ったか、嬢ちゃんが剣をどう使うか知らんけどよ、これだけは覚えといてくれや。――剣は持ち主に応える。エリーの嬢ちゃんが正しいことに使えば、その剣は必ず嬢ちゃんに応えてくれる。世の中、悪い剣と志は折れるもんだ」


彼の鍛冶屋としての信念だろう。その一言一言を胸に刻み込む。

今まで自分が正しい生き方をしてきたのかはわからない。だがこれからは自分が正しいと信じることをやろうと心に決めた。





「与太話はほどほどにして、さっさと本題に入るぞ」


親方は1度鍛冶屋の奥に行くと、一振りの剣を持って戻ってきた。


「これが…」

「あぁそうだ。とりあえず抜いてみな」


親方に言われた通りに剣を抜く。

装飾もほどほどに、戦闘を第一に考えて造られた剣だ。しかし眩しいほどの白銀に輝くこの剣は、武器よりも芸術品と例えるのがいいのではないかと錯覚させる。

あまり剣に詳しくない者でさえ一目でわかるほどの業物だ。親方の技術の結晶がこの剣に詰まっている、そんな気がした。

親子はエリーが剣に見とれている間に、シルヴィアたちに軽く声をかけ自分の持ち場へ戻ってしまった。

礼くらい言っておきたかったが、彼も忙しいのだろう。



「すごい…。でも本当にこんなすごい剣を貰ってもいいの?」


あまりの出来映えに思わずたじろぐ。

最初に自分が買おうとしていたのものとは天と地ほどの差がある。ここまでの業物を本当に自分が貰ってもいいのか、何か裏があるのではないか、と疑ってしまうほどにこの剣の完成度は高い。


「構わないわ、当たり前でしょう?剣というのもおかしな話だけど、私からエリーにする初めてのプレゼントだもの。少々気合いが入ってしまっただけよ」

「ま、そういうこった。気にせず受け取っとけエリー」

「じゃあ遠慮なく…」


ここまで言いかけてあるひとつの疑問が浮かんだ。

エリーが言えたことではないがシルヴィアたちはまだ若い。これほどまでの業物を用意できる資金があるのだろうか。

エリーの治療のこともそうだが、妙に金の羽振りがいい。ギルドからの依頼の報酬金は人数が増えたところで変わりはしない。1人のエリーよりも3人のシルヴィアたちの方が1人あたりの報酬は少ないはずだ。

ならなぜここまで金に不自由していないのか。考えがないわけではない。

一般人と比べて優雅な立ち振舞い、余裕のある言葉使い、あとは微妙にずれている感性。

考えられる可能性があれとすればこれだろう。





「…シルヴィアって、どこかのお嬢様なの?」


それしかない。


「なんでそう思ったの?」


当然の疑問だ。


「えっと…」



シルヴィアのことをお嬢様だと思った理由を説明した。流石に感性が微妙にずれているとは言えなかったが。


まずそれに最初に反応したのはギュンターだ。


「シルヴィアが優雅?…そうかぁ?」

「何よ!」


シルヴィアの顔を見て「ないな」と断言するギュンター。

それにむきになって反論しかけたシルヴィアだったが、話の途中だったことを思い出したのかグッと堪えた。




「エリーの予想通りよ。…シルヴィア=クロムウェル。スチュアート王国、クロムウェル公爵家の長女、それが私よ」

「公爵家…!?」


公爵とは爵位の中でも頂点に立ち、国王の次に権威を持っている貴族のことだ。

間違っても剣を手に魔物や魔族と戦うような身分ではない。世界を巡りたいのならそもそもギルドメンバーになる必要もない。



「シルヴィアって…そんなにすごい人だったの…?」

「自慢にはならないわよ」

「いやでも…。あれ、じゃあギュンターとウェンの2人は?」

「護衛兼幼馴染みってとこだな。俺なんかシルヴィアとの付き合いはもう20年か。お互い目が見えねぇころから顔を向き合わせてたんだぜ? 腐れ縁もいいとこだ」


めんどくさそうな言い方とは裏腹に、ギュンターはどこか楽しそうだった。

ともかく、エリーにはそんな高貴な血など流れていない普通の『人間』だ。

まさかこんな近くでやんごとなき身分の人間に出会えるとは考えてもいなかった。



「なんであれ、驚くのも当然だわ。でもね、エリー。私はシルヴィア=クロムウェルではなく、ただのシルヴィアとして旅をしてきた。だからエリーも私が何であろうと普通に接してくれると嬉しいな」

「でも僕の怪我や剣は…」

「怪我は…メディチさんが私たちへの善意だと言ってくれたけど、お父様への義理立てでタダで治療してくれたわ。お父様は若い頃は大陸を回って無茶してたって話だし各地に知り合いはいるのは知っていたけど…。でも、子どもっぽいのはわかっているけど…少し悔しかった。自分の力だけで…」


メディチはエリーが目覚めてからも傷の具合を気にかけてくれていたりしていた。

あれがシルヴィアの父親への義理立てかもしれないが、本当にシルヴィアたちへの善意であるとも信じたい。



「ただ剣に関してはシルヴィアが本当に払ったもんだ。エリーがどんなものが好きか、シルヴィアなりに考えていたんだぜ」

「ギュンター…」


少し重くなった空気に助け船を出すようにギュンターが明るめの話題を切り出した。


何にせよ、シルヴィアが貴族であろうとなかろうとエリーにとっては大したことではない。シルヴィアはシルヴィアだ。


「剣はシルヴィアが選んでくれたの?ありがとう、大切にするよ」

「エリーが嬉しいのなら、私も嬉しいわ。…はぁ、お父様がどうのこうのよりも私がエリーに接する自信がなかっただけね。嫌われたくなかったもの」

「き、嫌いになんてならないよ!シルヴィアのお父さんが誰でもシルヴィアはシルヴィアだよ」


自分のためにここまでしてくれる人間を嫌いになんてなれない。

他人のために真摯になれる彼女たちがエリーには眩しく思えた。

惹かれているのかもしれない。



「…ありがとう。そうね、私は縛られすぎてたのかもしれない。あ、別にお父様は嫌いじゃないわよ?むしろ尊敬してるわ」

「ならよかった。肉親は大切にしないとね」


父親と母親を失い、それを不憫に思ったことがないと言えば嘘になる。

しかし孤児院で世話を見てくれた先生はまるで本当の親のように接してくれた。

今はまだその孤児院に帰るわけにはいかないが、いつか"里帰り"をしてみたい。





「そうね、エリーにもお父様にも感謝しないと。…さて、話が逸れたわね。じゃあ剣の名前を決めましょうか」

「剣の?」

「量産された剣ならともかく、オーダーメイド品は剣に名を付けるのが職人に対する礼儀みたいなもんなんだぜ、エリー」


初耳だ。

そもそも量産された剣しか使っていなかったのだから知らないのも当然だとも言える。



「私は"エクセルシオール"。ギュンターは"カベナンター"。…別に深く考えずに直感で閃いたものでいいのよ」

「うーん…」


急に名前をつけろと言われてもすぐには思い付かない。


「自分が何をしたいのか、何を目指したいのか、何を志しているのか。そういうのでもいいんじゃねぇかな」


自分が何をしたいのか。今は仇の魔族を倒すことが一番したいことだ。

はやく魔族を倒し、この復讐の人生から解放されたい。



「解放されたい…か。うん、決めた」

「どんな名前にするの?」

「"解放の剣リベレイター"。魔族との因縁から解放されたいなーって…」


随分と自己中な命名だとは思う。しかし切に願うことでもある。

シルヴィアが自分のために贈った剣で、シルヴィアたちとともに因縁の魔族を討ち、復讐に生きた人生から解放される。

その願いを込めた剣だ。



「いい名前だと思うぜエリー」

「ええ、全くその通り。"リベレイター"、かっこいいじゃない」

「そうかな…」


シルヴィアやギュンターがそう言うのなら、そう信じよう。

恐らくはウェンも同じことを言うのではないだろうか。






剣の名も決まり、鍛冶屋を後にした。

エリー自身は意識していなったが、エリーがあまりにも大事そうに剣を抱えていたため、シルヴィアが本当に使ってくれるのか不安になったりもしていたとのことだ。


ギュンターが奢るとのことで、そのまま酒場に入り夕飯をご馳走になってしまった。

基本的にシルヴィア、ギュンター、ウェンの3人で食べることが多いためエリーがいると新鮮で楽しいとのことだ。もちろん、エリーとしてもシルヴィアたちと食事の場を共にするのは楽しくて仕方ない。

ウェンは夜遅くまで魔術研究所にいたらしく、その日は会えなかった。


やはりシルヴィアたちとともにいるのは楽しい。こんなにいて楽しい人というのは中々いない。

だが、踏み込みすぎないように気を付けなければと自戒する。







小さな願いを胸に、魔族との対決へと準備を進めていく。


――そして、魔族との決戦の日となった。

シルヴィアたちとなら勝てる。そう確信できる。



だがこの戦いが終われば…自分はシルヴィアたちと別れよう。

そう決めていた。

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