"魔剣"回収任務
「すまないな。私の任務を手伝ってくれて」
「いやいいんだ。僕はこの辺りに詳しくないし、アリシアに案内して貰う立場だからね」
はやくフィレンツェに戻りたいのは山々だが、そのための道を知らない。
そうでなくても、恩人であるアリシアに多少は恩返しをしたいのだ。
エリーとアリシアはギルドから任務として与えられた"魔剣"回収のため、昨日泊まった宿のある町の付近にあるというとある遺跡にやってきていた。
「そういえば、"魔槍トリシューラ"…だったよね。なんで"魔剣"って言われてるの?」
当然の疑問だろう。"魔剣"ではなく"魔槍"ではないのかと質問したが、"魔剣"で正しいとギルドの受付嬢に一蹴されてしまった。
何か意味があっての名前だと思うが、気になって仕方がない。
「ああそれか。"魔剣"というのは、"何時何処で誰が作ったかわからない、魔力を込められた武器"の総称だ。だから杖だろうと槍だろうと斧だろうと"魔剣"というカテゴリに入る」
しかもただ魔力が込められただけではダメとのことだ。
ただ剣に魔力を込めるだけなら、エリーでもできる。ただそれではただの魔力強化であり、"魔剣"とは呼べない。
「その込められた魔力が逃げずにその武器と融合したものこそ"魔剣"と呼ばれる。簡単に言えば武器が魔物化したものだと思ってくれていい」
武器そのものの構成材質が魔力に限りなく近付いたもの、それが"魔剣"だ。
憑依術式で造る武器は魔力のみで構成されているため、"魔剣"とは似て非なるものらしい。
「でも、ただ"魔物化した武器"という話だけならギルドが必死に回収するものでもないように思えるけど」
「もちろん、それだけじゃないさ。モノによってはその剣を抜いた者の精神を蝕む"魔剣"さえある…らしい。他にも危険な物もあるとのことだ」
精神を蝕む"魔剣"。デイヴァが言っていた、"魔剣センチュリオン"がまさにそれだろう。
「ねぇアリシア。"魔剣センチュリオン"って知ってる?」
「いや知らない。一応ギルドが保管している"魔剣"は全て頭に入れている。そのような名前は聞いたことがない」
「そう…ごめん、変なこと聞いて」
「私こそ期待に答えられなくて悪い」
心の底から申し訳なさそうな顔をするアリシア。こちらが悪いことをしたのではないかとさえ思えてくる。
「では、行こうかバウチャー。話によると魔物の巣窟となっているそうだ。油断していたら後ろからバッサリだ、注意しろよバウチャー」
「もちろん。アリシアこそ、油断しないでよ?」
軽口を交わしあい、遺跡の内部へと足を進めた。
遺跡の内部は湿気が多く、髪がうねってしまう。特に髪型に拘ることはないが、気になって仕方がない。
そんな中、アリシアは続々と魔物を討伐していく。気にしていないのか、割り切っているのか、どちらにせよ頼もしい。
「アリシア!右に2体!左の3体は僕が迎撃するッ!」
「了解したッ!」
後ろに引いて戦っているからか、戦いの流れというものが読みやすい。
どこにどう魔術を撃てば魔物がどう動くのか手に取るようにわかる。
「災厄を巻き上げ、穿て…!"ディザスター・ストライク"ッ!」
魔力で槍を型どり、それを投げつける。
「ピィィイイ!」
鳥が巨大化した魔物の脳天を貫き、残るは2体。
「シャアアアァァッ!」
昨日戦ったのと同じ、蜘蛛の魔物だ。今日だけで何度見たかわからないほど遭遇している。
「遅い!」
蜘蛛の魔物の動きは単純だ。近付き、爪で切り裂こうとするだけ。何故か糸は出さないが魔物化した際に失ったのだろうか。
魔物の爪を飛んで避け、ちょうど真上をとる。
そのまま魔物を踏みつけ
「雷よ、閃光とともに魔を貫け!"ライトニング・スピア"!」
真上から魔術で雷を纏う槍を造りだし、魔物の体を貫通させる。残るは1体。
「ァァ…!」
今度は狼が魔物化したものだ。牙だけでなく、爪も驚異と言える。
「これでも食らえ!」
足下に転がる蜘蛛の魔物の死体を蹴り飛ばし、狼の魔物にぶつけて視界を奪う。
とはいえ一瞬だけだ。しかしその一瞬さえあれば魔物を倒すには十分すぎる。
蹴り飛ばした魔物隠れるように身を屈めて狼の魔物に接近する。
今、無詠唱で憑依術式を維持できる時間は20秒。
――これならいける。
「――ッ!」
「ガ…ァァ…」
無詠唱で剣を造り出すと蹴り飛ばした魔物ごと貫いた。実際に見たわけではないが、手応えは確かにある。
確認すると狼の魔物は間違いなく死んでいた。
アリシアを見ると既に片付けたのか、エリーの方を見ていた。
大丈夫だと伝えるために笑いかける。
「…ふぅ。こう連戦が続くと辛いね」
「そう深い遺跡ではないらしい。すぐに終わるさ」
そうであってほしい。誰にでも言えることだが、エリーの魔力は無尽蔵ではない。いずれ限界というものが訪れる。
これで何体目になるかわからない魔物を倒すと、少し休憩することにした。
「ここまで数が多いとは思わなかったよ」
「同感だ。それよりもバウチャー、魔力は大丈夫か?」
遺跡に入ってから、エリーはほとんど魔術のみで戦っている。エリーの魔力量はそこまで多いわけではない。それを心配してのことだろう。
「大丈夫。まだ余裕はある」
と言っても、先程の戦闘のように1体1体を魔術で丁寧に倒すほどの余裕はない。だが、それは悟られたくない。
少し話題を逸らそうと考える。
「そういえばアリシアの背負ってる槍もまた、"魔剣"なの?」
アリシアの得物からは魔力が感じられた。今までエリーが出会ってきた全ての"魔剣"は隠しきれないような魔力を持っていた。アリシアのもまたそうなのだろう。
「これか?これは"魔槍ブリューナク"。代々我がアリーヤ家に伝わる由緒正しき"魔剣"だ。初代ギルドマスターことソーマ・アリーヤが相棒として携えていたとの逸話が残っている。本来であれば私の兄が…いやなんでもない」
初代ギルドマスターが生きていた時代は今から300年ほど昔の話だ。
普通の剣では、その長い期間を斬れ味を残したままでは現存できない。
「その"ブリューナク"には、危ないこととかないの?」
"センチュリオン"のように、精神を蝕まれるようなことがないかと不安になる。
「それについては問題ない。我々に渡される"魔剣"は安全だとギルドが保証しているからな。…だが、ありがとうバウチャー。心から心配されたのなんて久しぶりだ」
どうやら心配なのか顔に出てしまっていたようだ。エリーとしてはそれとなく聞いたつもりだったのだが。
「アリシアは僕の命の恩人だからね。少しは心配にもなるよ」
一緒に戦う仲間でもあるからね、と付け加える。
「仲間…か」
アリシアは感慨深そうにエリーの言葉を噛み締めているように見えた。
「悪くない響きだ。…うん、私とバウチャーは仲間だ。背中くらいは守ってくれるか?」
「もちろん」
当然だ。お互いに背中を預けられる間柄が仲間というものだと、エリーは考えている。
シルヴィアたちがそうであるように、アリシアもまた仲間だ。
「よし、休憩は終わりだ」
アリシアは座っていた石から立ち上がると力強く床を踏みしめた。
「了解。じゃあさっさと終わらせよう!」
体感に過ぎないが、遺跡の内部へとかなり進んだだろう。後は"トリシューラ"を回収し、遺跡から出るのみ。
エリーも同じく立ち上がると、遺跡の内部へとさらに足を進めた。
周りとは気配が異なるような大部屋らしきものがある。
確認するまでもないだろう。間違いなく"魔槍トリシューラ"が奉られている場所に違いない。
「この遺跡は――古代人が神に"トリシューラ"を奉るために建造したもの、らしい」
「神様、ね…」
「なんだバウチャー。神という存在が嫌いなのか?」
正直な話、好きではない。
もし仮に神とでも呼べる存在がいるのなら、言いたいことが山ほどある。
「好きではないかな」
「…そうか。だけど、私はその存在を信じている。まぁそこは人それぞれだ。私は私、バウチャーはバウチャーだ」
「そうだね。ごめん、変な空気にさせちゃって」
「気にしなくていい」
仲間と言えど他人であることは変わらない。それぞれに考え方がある。
疲れもあるのだろうが、少しナーバスになっていた。いつまでも落ち込んでいる場合ではないと自分を戒める。
「じゃあこの大部屋の扉開けるよ?」
「…恐らくここに"トリシューラ"があるはずだ。気を抜くなよ」
石で造られた扉を体全体を使って開ける。エリーの数倍はあろうかというぼの大きさだ。開けるのにすら体力がいる。
途中からはアリシアも加わり、2人でなんとか開けると、祭壇に祭られた"トリシューラ"の姿が見える。
「凄い…あれが…」
「"魔槍トリシューラ"…!」
三叉に別れた矛先を持つその槍は遠くから見てもその存在感を遺憾なく発揮していた。
「後はあれを回収するだけ、はやく取ろうバウチャー!」
頬を紅潮させ、嬉しそうな顔をするアリシア。初任務を無事に達成できて嬉しいのだろう。
「やった!宿代確保だ!」
アリシア曰く秩序の守護者の任務の報酬金額は莫大であることが多いらしい。特にこのような重要な任務であればあるほど、その桁も上がっていく。
この任務を完了すれば、今日だけでなくしばらくの間は宿に困ることはない。
"魔槍トリシューラ"の前に立つ。
「そういえば、これどうやって持って帰るの?」
「普通に持って帰る。幸いにも"トリシューラ"には危険な要素はないとギルドは言っていた」
なら良かったと胸を撫で下ろす。
「じゃあ手ぶらだし僕が持ってくね」
アリシアは既に"魔槍ブリューナク"を背負っている。彼女の荷物をこれ以上増やすわけにはいかない。
「ありがとうバウチャー。ここは甘えることにする」
とはいえエリーは槍を使った経験がない。本当に"ただ背負っているだけ"である。
"トリシューラ"に手を伸ばす。はやく帰ってふかふかのベッドで寝たい。
「――おっと、先客がいたのか」
突如後ろから聞こえた声に振り替える。
「誰だお前は!?」
アリシアはすぐに槍を構えると、エリーの前に立つ。
「おうおう、そう慌てんなって。…へぇ、雇い主は秩序の守護者がいる可能性があるって言ってたが、お嬢さん2人か」
その人物――無精髭の飄々とした男はエリーとアリシアを見ると笑った。
腰には刀を携え、その言葉とは裏腹に隙が全くない。しかし殺気がないことから、この隙の無さは自然とできているものだ。
(――強い、間違いなく)
「その"魔剣"、渡してくれ…と言っても無理だわな」
めんどくさそうに頭を掻きながら、気だるそうに言った。
「当然だ。私たちはギルドの任務でここに来ている。そういう貴殿こそ何者だ?」
「俺はギルドの人間ではねぇよ。ただのしがない傭兵だ。だがまぁ、雇い主の言葉は絶対なんでな。――その"魔剣"、奪わせて貰おう。雇い主からは邪魔者は殺せと言われてないから、命の保証はしといてやるよ、お嬢さん」
男は抜刀し、中段で構えると挑発としかとれない発言をした。
アリシアも手に"魔槍ブリューナク"を構え、臨戦態勢を取る。
「バウチャー。まだ魔力には余裕があるな?」
「なんとか。…悪いけど、あなたの好きにはさせない。殺す気がないのなら僕は殺さない。ただ、この"魔剣"は渡さない!」
後半は男に対しての言葉だ。
「――上等。せいぜい楽しまさせてくれよ、お嬢さん方ッ!」
男の言葉が合図であるように、3人は同時に足に力を入れた。




