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彼と魔族とお嬢様  作者: 秋雨サメアキ
第1章 染められし心、狂いだした運命
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綻び

海沿いの町から出発して数時間。日も傾き、今日の宿を考える頃合いだ。

そして、エリーとアリシアはいきなりピンチに陥っていた。



「バウチャー。私たちが今危機に陥っていることがある」

「うん。そういえば忘れてたね…」


金、である。


エリーは財布を川に流され、アリシアはそもそも所持金は尽きてしまっている。

このままでは今日の宿すらない。最悪野宿でもいいのだが、2人では交代で見張る時間が長くなってしまう。

正直な話、今日はベッドでゆっくりと眠りたい。



「なんとか隣町についたはいいが、宿代を忘れるとはなんたる不覚…!」

「ギルドの支部を探して、魔物討伐とかの依頼を受ければ…」


幸いにも、この町にはギルドの支部があったようだ。なんでもいい、とりあえず宿代を稼げそうな依頼があればいいのだが。





とりあえずギルド支部に入る。


「ようこそ、依頼をお探しですか?」


小さい支部だ。ギルドの職員は受付嬢しかいないのではないか、というほど狭い。


「No.18、アリシア・アリーヤだ。…すまない、何か魔物討伐の依頼を紹介してほしい」

「まぁ、アリシア様でしたか。でもなぜ魔物討伐などを?」


チラリとエリーの方を見るアリシア。助けを求めているようだが、残念ながらエリーにこの状況の解決は望めない。



「その…フィレンツェに向かおうと思うのだが、宿代が無くなってしまって…。だから、うん、そういうことだ」

「あら…そうですか。では少々手強い魔物ですが、こちらはいかがでしょう?」


そう言うと受付嬢は1枚の紙を渡した。何てことはない、普通の魔物討伐の依頼だ。このくらいならエリー1人でも問題ないだろう。




「それでは、何人で依頼を?」


アリシアの「1人で」という言葉を遮る。


「2人でお願いします」

「なんだバウチャー。戦えたのか?」

「やろうと思えば」


我ながら適当な答えだと思う。しかし、今は愛剣もなくあるのはこの体だけ。憑依術式リチュアを使えば剣は造れるが、アリシアに説明する術がわからない。




「では2人での依頼として処理します。報酬はきっちり等分、よろしいですね?」


シルヴィアたちと旅をしていた時は、エリーとシルヴィア、ギュンター、ウェンとで分けていた。

エリーもどうせなら一緒にしてくれていいと言ったのだが、金銭を管理しているギュンターからは最悪の事態に備えてエリーはエリーで持っていてくれと言われていた。

…実際にそうしといて正解だった場面があったので、それ以降は分けるようにしている。



「ああ。私とバウチャー、きっちり等分だ」

「頼りにさせてもらうね、アリシア」


秩序の守護者ギルド・ガーディアンの力を見せてもらう時だ。






街道から少し外れたところに魔物はいるという。

生憎エリーには武器がない。前はアリシアに任せて、魔術で援護がいいだろう。


しかしそのアリシアは、魔物の姿を見るとすぐに背中を向けた。


「アリシア?」


何故だかわからないが震えている。相手は蜘蛛が魔物化の影響で巨大になったものだ。苦戦する相手ではない。



「…バウチャー。虫は嫌いか?」


好きか?ではなく、嫌いか?で問いかけるということはつまり、


「…アリシア、虫が嫌いなの?」

「そ、そんなわけがないだろう!ほら、バウチャーが戦えるかどうか気になっただけだッ!」


男勝りな性格かと思っていたが、実はそうでもないらしい。




「じゃあ僕が1人で倒してくるよ…」


魔物の数は4。エリーの魔力量では同時に倒せるのは厳しいだろう。

ならば仕方ない。


「我が身を喰らいて剣となれ、憑依術式リチュア――解放!」


以前は長い詠唱をしても安全に使えなかったこの魔術も、今では短い詠唱で安全に使えるようになった。

こういうところで成長を感じて嬉しくなる自分がいる。




「バウチャー、それは…!」

「質問は後。とりあえず倒してくる」


魔力で構成された剣を握り、蜘蛛に向かう。近くで見れば気持ち悪い。これが人以上の大きさだったならば、エリーも戦いたくない。





「――ッ!」


まずは踏み込み、手前の一体に狙いをつける。大きさとしてはちょうど腰辺りの大きさだ。

ここは上から叩きつけるように斬るべきだろう。


後ろから斬りかかったため、蜘蛛の魔物は何も出来ずに息絶える。



「まずは、1体…!」


奇襲に成功し、1体は安全に処理できた。


「キシャアアアア!」


むしろここからが本番だ。魔物といえど、その爪や牙は脅威そのものだ。油断すればこちらが切り裂かれて死ぬ。




蜘蛛の魔物は鋭利な爪が発達した足を掲げて、エリー目掛けて振り降ろす。

当然それに当たるほど甘くはない。


「った…せいッ!」


一度それを受けとめ、その爪を弾くと返す刃でそのまま叩き斬る。

「…ァァ」


魔物は掠れた声を出してそのまま地に伏せる。





残りは2体。

魔物と距離をとり、剣を投げつけて牽制する。魔物は目の前に剣が突き立てられ怯んだ。それがエリーの狙いだ。


「――吹き荒れろ炎、燃え上がれ嵐!"フレイム・テンペスト"ッ!」


直後、魔物の足元から炎を纏った嵐が巻き起こり剣もろとも魔物焼き付くした。





「…よし」


魔力が霧散し消えていく魔物を見つめながら、小さくガッツポーズをとる。

病み上がりでここまで動ければ上出来だ。


「器用な戦い方をするなバウチャー。私も負けていられないな」


アリシアは純粋な称賛の声を掛けながら、エリーの隣に立った。



「それと、わかっていると思うが"アレ"をバウチャーは使っていいのか?」


禁術。その魔術を使うことによって魔族化する、もしくはする可能性があるものに名付けられる禁忌の魔術。


エリーが使っている憑依術式リチュアも、それのひとつとして数えられている。

周囲の魔力を取り込み制御、制御された魔力を武器や鎧として結晶化させ扱う魔術だ。

この"周囲の魔力を取り込む"という過程が問題で、上手く制御できなければその魔力の影響を受け魔族化する危険がある。

事実、そうなった人間は少なくない。


また、本来の魔族化――体外の何らかの魔力の影響を受けて魔族化するものとは違い、直接体内に取り込んでしまっているため一度失敗すれば確実に化物となる。

人間としての形を残したまま魔族化することすら叶わないのだ。


一応、第一研究室"アリーヤ"のルカ副室長からは仮とはいえ許可は貰っている。

まだ半人前だと師匠キニジやルカからは言われているため、あまり誇れることではないのだが。




「まぁ一応許可はあるよ」

「そうか、なら良かった。万が一にでも魔族化してくれるなよ、辛いのは私なんだからな」

「…そうだね、気をつけるよ」


とはいえ、エリーが魔族化することはない。人と魔族の混血――聞いた話によると半魔半人ネフィリムと呼ばれているらしい――の場合、元より魔族化しているようなものなので魔族化する危険はない。

だかこのことは敢えて言わない。魔族の血が入っているだけで忌み嫌われる可能性がある。最悪の場合殺されかねないからだ。



それだけは避けなければならない。


「バウチャー?どうした、もう疲れたのか?」


アリシアが心配したようにこちらを見る。整った顔立ちに燃え上がるような朱色の髪はサイドテールとして束ねられ、風で揺られている。少し見とれてしまったのは未来永劫シルヴィアには黙っておこう。



「いや大丈夫。アリシアこそ、虫が無理なら僕がやるよ」

「なっ…!うん、もう任せる…」


虫が嫌いだと認めたのか、そっぽを向いて返事をするアリシア。

嫌いなら嫌いと言えばいいのだが、頑なに認めなかったのはなぜだろう…。




それからは蜘蛛の魔物はエリーが処理し、それ以外はアリシアが倒すという分担となった。

アリシアの腕前だが、本人は謙遜していたもののかなりのものだろう。秩序の守護者ギルド・ガーディアンの名は伊達ではない。

ただ、魔術はあまり得意ではないのか使うことはなかった。その分エリーが援護すればいいので問題はない。

実は魔術のみで戦うのは始めてだ。1人で旅をしていたころは先程のように剣術と魔術を組み合わせて戦っていた。シルヴィアたちと旅をするようになってからは自分よりも遥かに優れた魔術師がいたため、魔術オンリーで戦うことはなかった。

こういう経験もありかもしれない。






それから数時間は魔物討伐に精を出し、宿代を確保するとすっかり暗くなり満天の星空が伺える。


「疲れたねアリシア…」


雪崩れ込むように部屋に入ると、ベッドにそのまま倒れ込む。

ちなみに、アリシアと部屋は同じだ。分けてほしいとの旨を伝える前にアリシアが決めてしまった。こうなれば仕方ないと腹をくくる。……シルヴィアに言えないことがまた増えてしまった。



「疲れたのはいいが、シャワーくらい浴びたらどうだ?」


もう少し安くもできたのだが、話し合った末シャワー付きの部屋にした。

フィレンツェでは水が豊富なこととギルドのインフラ整備もあってか、無料で水は使えた。

だがここは乏しいわけではないが、そこまで多くもない。そのため魔水結晶を使うのだろうが、それは今はどうでもいい。




「じゃあどうする?アリシア先に浴びる?」

「ではそうさせて貰おう」


するとアリシアはエリーの目の前で服を脱ぎ始めると、下着だけになった。


「え、ちょっとアリシア!?」

「何も驚くことはないだろう? …確かに起伏に乏しいかもしれないが、それはバウチャーだって同じだ。気にするな…!」


まるで自分に言い聞かせるように言っているが、そういうことではない。

このままではシルヴィアにバレた際に言い逃れができなくなる。エリー自身に邪な感情はないが、その話の受け手はそうは思わないことが大半だ。




布団の中で丸まり、早く終わるように祈る。


「じゃあ終わったら教えてね!」


男だと切り出すことも考えたが、そうした場合、今度はアリシアに首を飛ばされかねない。

いわゆる"詰み"というやつだ。そういえばギュンターはボードゲームが強かったなとどうでもいいことを考え現実逃避をするくらいには追い込まれている。




しばらくすると、浴び終えたのかアリシアが部屋まで戻ってきた。

どのタイミングで出ればいいかわからない。せっかくシャワー付きの宿にしたのだ、使わなければ損だろう。


「………」


僅かな隙間を作り、辺りを見渡す。

幸い、アリシアは普通に服を着ていた。良かったと心の底から安心する。



その後、無事にシャワーを浴び眠りについた。

気疲れが酷いが、その内慣れると自分に言い聞かせる。シルヴィアとは違ってアリシアはエリーのこともよくわかっていないがための行動だ。

わかってやっている分、シルヴィアの方はたちが悪いとも言える。








――翌日、ギルド支部。


ギルドにこの支部を離れる報告と、シルヴィアたちに自分の無事を伝えるように頼むためエリーはアリシアとともにギルド支部に訪れていた。



「No.18、アリシア・アリシア宛に、ギルドからひとつ任務が届いています」

「私に?」

「はい。『まだ任命式は行っていないが、今はギルドはそれどころではない。そのため任命式は後日やるとして、一先ず正式な秩序の守護者ギルド・ガーディアンとしての任務を与える』…とのことです」


任務。キニジやマキナの話によると、秩序の守護者ギルド・ガーディアンはギルド内での地位や権限を得る代わりにギルドから任務が与えられるとの話だ。




「…ギルドの名の下に秩序の騎士、アリシア・アリーヤに命ずる。"魔剣"――"魔槍トリシューラ"を回収せよ」


――それは、新たな戦いの予感を感じさせるには十分すぎるものだった。

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