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彼と魔族とお嬢様  作者: 秋雨サメアキ
《第二部》 ツルギヲウガツモノ
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始動②

あれから1週間が過ぎた。


"オラクル"との決戦は、こちらの敗北と言えるだろう。

確かに"オラクル"は壊滅した。メディアとリディア以外の"オラクル"戦闘員は死亡し、非戦闘員も最終的には捕らえられた。

しかしギルドマスターらが殺されている以上、軍配は"オラクル"に上がる。

最終的には"オラクル"の思惑通りに事が運んだということだ。


ギルドマスターの唐突な死。ギルドは次のギルドマスターたる後継者ディアドコイを選出しようとしているが、それも上手くいってない、



次にメディアとリディアの処遇だが、元々"オラクル"の人間ではない上に、この2人は特に何もやってないことに加えてマキナの口添えもあったのか、しばらくの間ギルドに監禁されるだけとなった。

そもそもこの2人が"オラクル"だったことは本人たちの主張でしかない。

若しくは、メディアが"ケミスト"の職員だったからかもしれないが。


他の"オラクル"の面々はそれよりも厳重な処罰となったそうだが、ギュンターとしては興味がない。


また、半壊したギルド本部からはギルドマスターを含む死体が発見された。

幸い、そこにエリーの死体はなかったというのがつい先程わかったことだ。





では、ギュンターたちだが。



ギュンターは支援魔術の過剰行使で、数日の間まともに動けずにいた。

同じく身体に負担がかかっていたはずのウェンは、半日もせずに元に戻っている。

慣れもあるのだろうが、少し理不尽だと思ってしまう。



その間、マキナにメディアとリディアの尋問――とは名ばかりのただの雑談に付き合わされていた。

"オラクル"に関することはさっさと言ってしまったため、他に話すことがないとも言える。

マキナは自分ではなくウェンを連れていけばいいと思ったが、ウェンはウェンでやることがあるらしい。


しかもその話の内容が、主にギュンター弄りであることが何より気に食わない。

そもそも井戸端会議をするのなら、男の自分ではなくシルヴィアを連れていけと言いたい。


しかしシルヴィアはとてもそれができる状況ではないのは誰もが知っている。



次にキニジだが。

エヴァンジェとの決着の際右腕を失った彼はもはや戦えはしない。

キニジ自身はそれに後悔はなく、「生きているだけで十分だ。マリーを悲しませずに済んだからな」と言っていた。

今はただ休暇をとって、それから何をするかをゆっくり決めたいと言っていた。


ただ、キニジの戦士としての武勲は広範囲に知れ渡っている。

今回の戦争終結の立役者として、キニジとマキナは大々的に表彰されてしまったからだ。

ギュンターたちはあくまでその手伝いをした、という名目だ。


ちなみにキニジの右腕に関わることを、ウェンやマキナは進めているらしい。



今回の戦争に参加した秩序の守護者ギルド・ガーディアンの内半数が殉職、それにキニジを含めると4名の戦力をギルドは失ったことになる。

それに加えてギルド幹部の死亡と重なり、現在ギルド自体が大分危うい状況になっている。


――つまりそれは、ギルドの敵対する勢力にとっては今は絶好のチャンスということだ。


まだそれらの勢力が襲撃を行ってはいないが、それがいつ来てもおかしくない緊張状態が今も続いている。

ギュンターもそれに備えていろとギルドから指示がきている。




――そしてシルヴィアだが。



シルヴィアは崩壊寸前のギルドにて、エリーを助けられなかったと深く後悔している。

エリーが生きているかもしれないという情報も今さっき知ったものだ。

つまりシルヴィアはまだ自分がエリーを死なせてしまったと思い詰めていて、食事ろくに摂っていない。


今は無事だった孤児院の彼女に宛がわれた部屋に閉じ籠っている。

まさか自分の幼馴染みかつ公爵令嬢が引きこもり寸前になるとは考えていなかった。


ギュンターたちはどうなのかだが、もちろんエリーの心配はしている。しかしシルヴィアのように死んだと決めつけることはしていない。

そう簡単にエリーが死ぬようなことはない。何かしらの手段をもって脱出したとシルヴィア以外の全員が信じていた。


そしてつい先程。エリーの死体は発見されなかったとマキナを通じて言われ、安心もしたが何よりも「当たり前だろ」という感情が先に出てきた。


シルヴィアもエリーを信じていないわけではない。

しかしあの場でシルヴィアにとっては嫌だった別れ方をしたこと、もう1人のエリーであるデイヴァが死んだこと、そして何より彼女がエリーを愛していること。

シルヴィアとしてはあそこで死んだとしても、最期まで手を握っていたかったのだろう。

しかしエリーはそれを拒み、マキナにシルヴィアを託した。

それは恨んではいないはずだ。しかし彼女からすれば、一緒に死ねるのなら本望だったのだ。






――シルヴィアの部屋の前に立つ。


そろそろこの引きこもりお嬢様を部屋から出さねばならない。

2人は否定しているが、なんだかんだでギュンターとウェンが一番心配している。



まだ作られて日が浅いドアを軽くノックする。


「おいシルヴィア。いるんだろ?」


返事がない。同じくシルヴィアが心配で様子を見ていたレベッカから、彼女がこの部屋を出たとは聞いていない。


少し待つと、部屋から力のないシルヴィアの声が聞こえた。その後、少しだけドアを開けて顔を見せる。


「…なによ」

「部屋を出るときだぜお嬢様」


ここは軽く声をかけてみる。しかしそれは逆効果だったようだ。




「それだけ言いに来たのかしら?…そういうギュンターこそ、なんて平気でいられるのよ。見損なったわ。子どものころからの付き合いたし、あなたのことをそれなりにわかってたつもりだったけど…冷たい人だったのね」


今まで聞いたことのない辛辣な言葉に動揺する。シルヴィアこそこんなこと言うヤツだったのかと、ギュンターの方こそ見限りかけたが、シルヴィアは自分で自分の言ったことに驚いていた。



「…ごめんなさい、ギュンター。私は…」


なんてことを言ってしまったのだろう。言葉にしなくても、体全体がそういう雰囲気を出している。

ギュンター自身も少し大人げなかったかと反省する。



「いや、俺こそ悪かった。せめて明るくいこうと思ったが、空気をもうちょい読むべきだったわ」


明るいニュースだしな、と付け加える。


「…どういうことかしら」


シルヴィアの顔に少しだけ光が戻る。考えているのは間違いなくエリーのことだろう。



元気を取り戻しそうなシルヴィアを喜ばしく思いながら続ける。


「予想通りエリーのことだぜお嬢様。…エリーは死んでねぇよ、少なくともギルド本部ではな」

「ほ、本当なの…?」

「この場で嘘ついてどうするよ。あの場所はこの町の近くを流れる川に直接繋がっているって話だ。多分エリーはそこから脱出したはずだぜ」


ただ問題があるとすれば、その繋がっている川は枝分かれしていることだ。

どこに繋がっているかはわからない。

総当たりで調べればいいかもしれないが、もう1週間が経っている。

生きているのなら目を覚まし、この町へ向かっているだろう。




シルヴィアはこの話を聞き終えるとこの上なく嬉しそうな顔をして


「いつまでも引きこもっている場合じゃないわ!私、エリーを探してくる!」


すぐに付近の荷物を整理し、今にも飛び出しそうな勢いで準備を進める。




「落ち着けシルヴィア、もう1週間だぞ。生きてるならぼちぼちここに来ようとするはずだ。ここは動かない方がいいんじゃねぇの?それにお前ろくに食ってないだろ…体力とか戻せ」


シルヴィア自身、かなり参っていたようでやつれている。



「むぅ。安心したらお腹空いてきてしまったわ、でもシャワーも浴びたいし…。先にシャワーを浴びましょうか」


何やらシルヴィアが睨んできている。その意味を理解すると大きなため息が自然と出た。


「あぁ。探すかどうかはその後に決めろ。他のやつらとも話し合わなきゃいけねぇし」

「ええ。感謝してるわギュンター」

「おう」


幼馴染みに元気が戻ってよかったと安堵する。






孤児院から出て、空を見上げる。気持ちいいくらいの青空だ。


「まぁ何にせよ、シルヴィアが元通りになってよかったかな」


確かに大勢の命が散り、失ったものも多いだろう。

討ち漏らした魔物がまだ町中に潜んでいる、という話もある。



しかしいつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。乗り越え前に進むことも重要だ。


「さてと、手伝いでもするかな」


しばらくは町の復興に専念することになりそうだ。孤児院を建て直した際にかじった程度ではあるが、経験はある。少しくらいは手伝えるだろう。


とりあえずは近くから取りかかろうかと、ギュンターは歩き出した。






そして"オラクル"事変から1ヶ月が経過した。



エリーは――戻ってこなかった。





◆◆◆





――オルクスの執務室。



「クローヴィス君。休暇をとったらどうだね?」


話があるとオルクスに呼び出され、彼の執務室に入った途端掛けられた言葉がこれだ。



「どういうことですかオルクスさん」

「言葉通りだよ。最近考えてね。クローヴィス君はよくやってくれているなぁ。あれ、よく考えれば休んでないじゃないか!じゃあ休んで貰おう!…というわけで休みたまえ、雇い主からの命令だと思ってくれていい」


よくやってくれている、と言うがクローヴィス自身はそこまで仕事をしたつもりはない。

そもそもオルクスは王位を継承してからというもの、多忙の日々が続いている。以前のようにクローヴィスや大臣の目を盗んで町で遊ぶようなこともしなくなった。…それが時間がないのか、王としての自覚の表れなのかは知らないが。


今のクローヴィスの仕事と言えば護衛と称して、オルクスの執務室の前や執務室の中で椅子に座って本の山を築いているくらいだ。職務怠慢と言われれば反論できない。それでも剣の鍛練だけは欠かさなかったが。


元々自分がギルドメンバーになったのはエリーがなったから、という適当極まりないものだった。今はこうやってやりたいことをやっている。つまりはオルクスの護衛としてこの国の一員として生きていくことだ。

その際にギルドからは脱退し、今は護衛として給料まで貰っている身である。




「ほら、クローヴィス君はもうこの国の一員だろう?雇っている側からしたら休暇与えないと、うるさいんだよ」


議会と裁判所に怯えるその姿に、国王としての威厳はない。

オルクスの政治の方針としては民主化を進めたいらしく、王権を増長させたい一部の貴族と対立している。

それもあって護衛としては離れるわけにはいかないのだが…。



「そもそも君がいた孤児院に1年ほど帰っていないのだろう?そろそろ顔くらい見せたらどうだい」


確かにそれもそうだ。マリーやレベッカも心配しているだろう。エリーが再びフィレンツェに戻ったので、自分が元気だということは2人とも知っているはずだ。



「そうっすね。じゃあお言葉に甘えて、里帰りするかな」


オルクスは妙なところで強情なところがあり、1度言い出せば曲げないことも多々ある。たまに仕事休みたいと駄々をこねるのは止めてほしいが。

そのオルクスが休めというのだから、休むしかないのだろう。




その時、執務室のドアか荒々しく叩かれる。


「どうした?」

「失礼します陛下。実はですね…」


大臣の1人の話を聞いて、驚かないわけがなかった。



「は?フィレンツェが!?詳しく教えてくれ!」

「落ち着いてくだされクローヴィス殿。住民は全員無事だが、ギルドメンバーには相当数の犠牲者が出ている、との報告が今さっききました。3日前の話だそうです」


こうしてはいられない。マリーやレベッカが無事なのは良かったが、あそこにはエリーたちがいるはずだ。

まさか死ぬとは思っていないが、心配は尽きない。




「オルクスさ…陛下、言われた通り休暇とります!」

「うむ、存分に休みたまえ」


執務室を出て、風のように準備を済ませるとすぐさま城を出た。







――それから2週間後。


「急いでも2週間かよ…」

2週間もすれば、町もかつての賑わいを取り戻しつつある。

避難していた住民も大多数は戻ったと聞いている、マリーやレベッカも戻ってきているだろう。


「問題は…エリーたち、だな」


全員無事で欲しいと願い、クローヴィスは町の中へと足を進めた。

プロローグはこれで終了です。

第二部1章は、アリシアとエリー視点となります。

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