告白
テラとの戦いは、意外にもすぐに方が付いた。
「…ここまで、強くなっていたか」
テラは決して弱い戦士ではない。エリー1人では勝てない可能性のが高いだろう。
だからこそ、疑問が尽きない。
膝をつきはしたが、それでも倒れないテラを見るとひとつの答えが浮かんだ。
「もしかして…」
テラの後ろに回り込む。エリーとシルヴィアと戦っている時にテラは決して背中を見せようとはしていなかった。
「…!」
やはり、と言うべきか。
テラの背中には大きな斬り傷があった。傷の大きさからして、致命傷になりかねないほどだ。それでも生きているのは彼が魔族化しているからだろう。
この傷はエリーとシルヴィアが与えた傷ではない。
他にこのような傷ができるとすればそれは
「ギルドを襲撃した時に、ですか?」
それしかない。直接見たわけではないが、乱戦となったのは容易に想像できる。
その最中に背中に一撃食らったということだ。
ということはここに来る前に続いていた血痕は彼のものだと考えられる。
「…この傷のせいにするつもりはない。万全の状態を維持することもまた、戦いだ」
執拗に背中を隠していたのもそういうことだろう。
妙な感情を抱かれたくない。その戦士としての誇りとその強さに、感服し、そして戦慄した。
恐らくテラが万全の状態であったならば、死んでいたかもしれない。
手負いの状態で、凄まじい速度の一閃と身のこなしの素早さ。
強い、間違いなく。それだけに悔しくもある。
「あなたは…」
何か言おうとしたシルヴィアをテラが遮る。
「何も言うな。これ以上言葉を交わしても空しくなるだけだ。…さぁ行け、エリー・バウチャー。もう1人のお前が待っている」
まだ聞きたいことはある。しかし、それはテラのことを侮辱する行為だ。
「わかりました。…シルヴィア」
「エリー…。わかったわ、行きましょう」
◆◆◆
エリーとシルヴィアが去るのを見送るとテラは唐突に笑いだした。
「面白いものだ。まだ若いというのにあそこまでやれるのだからな」
テラの体が光となって消えていく。
魔物や魔族の体を構成しているのは魔力だ。そのため、死ねば魔力は霧散し、光となって消滅する。
「面白いが故に、口惜しくもある。あの若者たちがどのようなことを成し遂げるか…見てみたかったものだ」
もうそれは叶わぬ夢だ。しかし夢だからこそ見られるのかもしれない。
――彼らの先には無限の可能性があるのだから。
「ジャック、俺はここまでだ。地獄で待っているぞ」
自分が行く旅先は、地獄こそ相応しい。
一瞬だけ、頬を緩ませる。
そして、テラはある一種の安堵を抱きながら――――光と消えていった。
◆◆◆
――ギルドの中枢、ギルドの幹部たちが集う講堂。
講堂ではあるが、白を基調とした部屋の隅には水が流れ、風は緩やかに吹き、天井からは光が射している。
この水は近くの川に直接繋がっているとマキナから聞いたことがある。
そんな講堂の光が射しているところにデイヴァはいた。
その顔には喜びも怒りも、そして悲しみも感じられない無表情が広がっている。
「…存外早かったな。大方テラが加減したか、深傷を負っていたか…いや、もうそれも僕には関係のないことだ」
手にはエリーの持つものと酷似した、正確には色だけが反転した剣が握られていた。
「…ひとつ聞いていいかしら」
デイヴァを真っ直ぐ見据えてシルヴィアは口を開いた。
「構わないよシルヴィア」
「こう言ってしまってはなんだけど、あなたの魔力なら町ごと凪ぎ払えたわよね。どうしてしなかったのかしら?」
魔族であるデイヴァの魔力量はウェンさえも凌ぐほどだ。
その気になれば魔術ひとつでギルドは崩壊させることができただろう。
「しないんじゃなくてできないんだよ。"オラクル"と魔物ををギルド本部と町に転移させる時に魔力の大半は使った。それにそれは"オラクル"の頼みでもある、ギルドは自分たちで斬りたいと。そしてそれは、僕自身の願いだ」
エリーに剣を向ける。
「エリー・バウチャー、お前だけはッ!僕の手で、僕自身の手で自分を殺すッ!――シルヴィアのために、世界のためになッ!」
いずれシルヴィアを殺し、"人類の敵"となる自分。
正直、まだ実感はない。未来のことを急に言われて、信じろというのは些か無理がある。
しかしあの場で嘘は言わない。それが自分であるなら尚更だ。
「聞いていいかな」
「何だ」
「君は、恨まなかったの?自分を利用するだけして、勝手に敵にした人々や世界を」
「………」
もし自分が同じ立場なら、全てを恨み怨んで、人類と世界を相手にしたかもしれない。
それだけの理由がありながら、自分はそれをしなかった。
その理由はわかっている。――それは、
「世界のこともまた、好きなんでしょ?」
「……!」
「シルヴィアと出会う前は、こんな世界嫌いだった。理不尽で、身勝手で。うん…憎んでたよ、世界を」
しかしシルヴィアや仲間たちと出会って変わった。
憎むだけの世界を違った目で見られるようになった。
「シルヴィアと出会って、一緒に旅して、一緒に戦って、一緒に笑って、そうしたら世界が好きになってたんだ」
これが自分の素直な想いだ。
好きだからこそ、戦いたくなかった。そこに生きる人々を、世界を好きになってしまった。
もしかしたら自分がシルヴィアを好きになったあの日、世界のことも好きになっていたのかもしれない。
「…そうだ。全く同じ理由だよ。こんな世界でも好きになってしまったんだ。ここまで同じなんて…」
デイヴァは剣を降ろすと俯いた。
しかしすぐに顔を上げると深紅の目に涙を貯めて吠えた。
「だからこそだッ!だからこそ自分を殺すッ!僕が愛した全てを守るためになッ!」
再び手にした剣をエリーに向けた。
戦いは避けられないということだろう。
元から戦闘を避けての問答ではなかった。自分の中にある答えを見つけるためのものだ。
デイヴァという自分の末路に、決着をつける時だ。
「僕は…まだ他人に何かを言える人間じゃない。だからこれは、願いだ」
シルヴィアを見る。
「僕はこの世界が、仲間が、そして何よりもシルヴィアのことが好きだ。まだこの世界で生きていたい。美しい景色も見たいし、行っていない場所にも訪れたい。シルヴィアの隣でだッ!――だから僕はここで死ねない、死ぬわけにはいかないんだッ!」
これが自分なりの答えだ。
剣とナイフを抜く。剣は中段に構え、ナイフは逆手で持つ。
いつも通りだ。
"エリー"を静かに見つめていたシルヴィアは、赤面すると叫んだ。
「エリー。私は…その…えっと、もう!私を好きでいてくれてありがとう!私も大好きよ!」
2人のエリー、どちらにも宛てた言葉だろう。エリーのまっすぐな告白に対しての、これまたまっすぐな返答だ。
「――ありがとう、シルヴィア…!」
「シルヴィア、手は出さないで欲しい」
これはあくまで、エリー・バウチャーという存在の戦いだ。
「ええ、わかってるわ。エリーの戦いを…ちゃんと逃げずに見届ける」
1人でデイヴァの下へと歩いていくエリーを静かに見守る。
エリー・バウチャーは、互いを目を反らすことなく見つめる。
「君は間違いなく僕だ。それを認めた上で倒す」
「あぁ、間違いなくお前は僕だ。だからこそ殺す」
自分はただ死にたくないから戦う。デイヴァのそれとは理由が利己的だろう。
利己的だからこそ、死ぬわけにはいかない。例えその先が血塗られた道であったとしても、ただ前を向いて生きてみせる。
デイヴァという存在は寸分の違いなく、自分と同じだ。ただ、前に進んだか後ろ見続けたかの違いだけだ。
もしシルヴィアが傷つくならば、自分もそうなってもおかしくない。
そしてその原因が自分になるというのならその時は、
――僕が死ぬだけだ。
「こい、エリー・バウチャー!どちらの想いが上を行くか、剣で示してみろッ!」
エリー・バウチャーは互いの想いを胸に同時に駆け出した。
第一部はあと1話か2話で終わりです。
今週末までには投稿したいと思います。




