宿敵《とも》との決着
広い空間に、剣裁の音だけが響く。
語るべきことはすでに語った。それでもなお語りたいのならば、剣で語ればいい。
言葉にしなくとも、剣を交えればわかることもある。それだけの月日はお互いに過ごしてきた。
「…手厳しいですね、キニジ」
唐突に、エヴァンジェが口を開いた。
「やはり、私は復讐でも、悪道に身を染めたとしても、結局はこの闘いこそが望んでいたものだったようで」
あえて、それに返事はしない。
だが、キニジ自身も満たされているのは確かだ。自分と同等の戦士との死闘、嬉しくないはずがない。
間違いなく自分はおかしい人間だ。死闘に歓びを感じる人間など、普通の人間であってはならない。
長らく戦いに身を投じてきたからこそ、わかるものがある。
それは自分もエヴァンジェも同じものだ。
そのまま進展しない戦闘が数分続いた。
途中、魔族の叫び声ととれる音が耳に入る。方向からして3人の所からだろう。
無事だろうが心配にはなる。しかし今自分が集中すべきは目の前のエヴァンジェだ。何年も本気で闘いたくて仕方なかった相手。
一瞬の隙が死を生む、こんな闘いを切望していたのだ。
「…このまま、進まない闘いを続けても構わないんだがな。…"30秒"だ、それで決着をつけるとしよう」
「"30秒"、ですか…。フッ、乗りました。お互い、全力で、殺しあいましょう」
30秒。
それはキニジの"完全解放"が維持できる時間だ。
それはお互いわかっている。
だからこそ、ここで決めるという意思が伝わる。
腐れ縁、というものだろう。
お互いわかりきっているからこそ、言葉は不要となる。
「「全ロック解除、形成完了――"憑依術式・完全解放"ッ!」」
キニジとエヴァンジェ。2人の身体が光り輝き、魔力で形成された鎧を纏っていく。
これこそが憑依術式の真髄、魔族化ギリギリで留めることにより得られる力だ。
「行くぞ…」
鎧の様々な箇所から余剰魔力が噴出しているが、これはギュンターの魔力強化とはまた違ったものだ。
"完全解放"により体内には必要以上の魔力が取り込まれる。
当たり前だがそれを放置していては魔族化するのは明白だ。そしてその魔力を噴出させることで、音速を越えた速度での戦闘を可能となる。
あくまでギュンターのそれが"手段としての噴出"ならば、キニジとエヴァンジェのそれは"そうしなければいけない故の噴出"というものだ。
魔族化寸前の状況を維持し、なおかつ身を蝕む魔力を推進力に転する。
身を包む鎧は超高速戦闘に耐えるためと、魔力の噴出を調整するためのものでしかない。
「ッ!」
「――!」
キニジとエヴァンジェは一筋の光となって目にも止まらぬ速さで斬りあっていく。
魔力の噴出のお陰で空を飛ぶには困らない。言わばこの空間全てが闘いの場であり、どちらか――もしくは両者の墓場となる場所だ。
――残り20秒。
魔族化寸前の長所、とでも言うべきだろう。お互いが音速を越えて動いているが、相手の動きは見えている。
それはエヴァンジェも同じだ。
音速を越えた時に発生する衝撃波と、剣裁で巻き起こる突風で辺りは半壊状態と言っていい。
――残り15秒。
勝負に出るべきだと確信し、一度左腕の大剣を手放す。そのまま剣を作り出し壁に投げつける。
すぐさま手放した大剣を握り、エヴァンジェに斬りかかる。
「甘い…!」
当然ながら防がれる。だがこの攻撃はあくまでフェイントだ。
真の狙いは先程投げた剣。キニジの予想通りならば――、
「くっ!後ろ!?」
剣はエヴァンジェのちょうど後ろに跳ね返る。
「こんなもの…」
そしてそれをエヴァンジェは弾く。そうだ、この一瞬、この隙こそが最大の狙いッ!
「それこそ、私の狙いですよキニジッ!」
読まれていた。
エヴァンジェはキニジの剣をいなし、自由にさせている左手に剣を作り出して心臓を狙い突きを放つ。
「グッ――!?」
辛うじて直撃は避けたものの、右肩が貫かれる。だが斬られっぱなしは自分自身が許せない。
反撃にと無事な左腕の大剣でエヴァンジェ右腕を斬り上げた。
「なっ…」
エヴァンジェの右腕が飛ぶ。お互い右腕はもう使えないだけだ、まだ闘える。
――残り10秒。
キニジは右肩を貫かれ、エヴァンジェは右腕を失った。
それに加え出血が酷い。右腕だけでなく、斬り結んだ際に様々な箇所が斬られている。
それはエヴァンジェも同じことだが。
「やってくれますねキニジ…!」
「それは貴様もだろうエヴァンジェ…!」
空中戦はこれ以上は無理だと判断し、地上に降りる。これで残りは9秒だ。
床は既に衝撃波やら何やらでボロボロになっている。
その床を踏みしめ、魔力の噴出口を一ヶ所――背中に集中させる。
「ッ!」
今まで以上の加速。広めの空間とはいえ、音速を越えた速さで動いているため体感的にはかなり狭い。
残り7秒。
魔力的にも、身体への負荷的にも、限界は近づいている。
それでもなお剣をぶつけ合い続ける。お互い満身創痍だ、出血も馬鹿にはできない。
残り6秒。5秒、4、3…2――――。
後1秒、これ以上の完全解放の維持は魔族化を招くだろう。
自分は魔族化するつもりはない。この戦いに身を投じた全ての戦士の1人として、人間であることを捨てるつもりはない。
そしてそれは誰よりも『人間』だったエリーへの、誓いでもある。
仮に自分が知っている"エリー・バウチャー"とは違っても、同じ存在であることには変わらない。
だからこそ救ってやりたかった…しかし、今の自分ではそれも叶わないだろう。
この残り1秒。あえて魔力を放出させず溜め込んだ。
そしてこの魔力は――!
「パージッ!鎧ごと魔力の爆発に巻き込まれろッ!」
鎧とともに溜め込んだ魔力を爆発させ辺り一帯を凪ぎ払う。
「放出!?こんな規模の爆発は人間の魔力量では…!くっ!」
本来ならば、キニジよりも長く完全解放を維持できるはずのエヴァンジェも爆発により鎧が消滅し、お互いに残すべきは自分の体だけになった。
「やりますねキニジ…!そんな使い方私には思い付きませんよ…ッ!」
「お前は少し考え方が固い。だから裏をかかれる」
「はっ…。策に溺れるのが得意なくせによく言えたもの」
「………」
反論したいが、実際そうなったことがあったので言い返せない。
しかし――ここは戦場だ。無駄な言葉は慎むべきだろう。だからこそ、これが最期の会話になり得る。
「では、これで終わりにしよう。来るがいいキニジ・パール」
エヴァンジェは片腕を失い、それでもなお闘うことを止めようとしない。
それでこそ…好敵手だ。
「そうだな。俺も…そろそろ決着をつけたかったところだ」
右腕の感覚は既にない。どうやら出血多量に加え、割と重要な部分もやられてしまったらしい。キニジ自身はこと医学に関して詳しくないため、それ以上のことはわからないが。
「――行くぞ」
自分に残っているのは左手に握っている"魔剣クラウソラス"のみ。エヴァンジェはあの無銘の剣だけだ。
条件はほぼ同じ。ここで勝敗を分かつのはそれこそ、想いだ。
友であり、宿敵。そんな両者は同時に駆け出し――、
「うおおおおおおッ!」
「はああああああッ!」
勝敗は、一撃でついた。
「――なるほど。やはり届きませんか」
エヴァンジェの剣はキニジの右腕を斬り飛ばすだけに留まり、
「――相討ちみたいなものだろう。こんなもの」
キニジの大剣はエヴァンジェの心臓を貫いていた。
2人は同時に倒れる。
「――後悔はありませんよ。復讐に生き、悪道に身を染め、最期は死ぬ。これもまた好きに生きた結果でしょう。もし願いがあるとするならば、"オラクル"の仲間たちが生きてこの戦いを終えてほしいくらいですね」
どんな道を辿ろうとも、全力で過ごしたのなら後悔はない。
それが誰にも理解されなくとも。
「…死ぬも生きるも自由、か。ここから俺が生きて帰ることができる保証はないが…秩序に、正義に、一振りの剣とひとつの想いで挑んだお前のことを、忘れはしないだろう」
もしこの時代のルールが違ったならば、もしかしたら"オラクル"は正義だったかもしれない。
"正義"を決めるのは時代でしかない。表裏一体、どちらにでもなれる。
だからこそ、"オラクル"を非道とは一概には責められない。そもそも原因はギルドにある。
「まぁ、そんなものよりも。…いい戦いだったな"ジャック"」
「懐かしい名を。それはもう捨てたはずですがね」
エヴァンジェがこの『エヴァンジェ』という偽名を使い始めたのは、ギルドと魔術研究所によって第7研究室"オラクル"が壊滅する寸前の話だ。
その当時は既にデイヴァに会っている。
本名、ジャック・バウチャー。
12年前、バウチャー一家はこの町を観光目的で訪れる…はずだった。
その途中、エリーの両親は魔族によって殺され、当時7歳であったエリーも死んだかと思われていた。
年の離れた兄に、ぜひ訪れて欲しいと誘ったのはエヴァンジェ自身だ。
しかし兄と義姉は死におそらくその息子も死んだとあって、町に招待したエヴァンジェは激しく後悔しただろう。
それから数年、エヴァンジェはデイヴァと出会った。
奇跡のようなものだ。正確には違うとはいえ、エリー・バウチャーであるとこには変わらない。
だからこそ、その名を捨てた。必要以上の感情を抱かないように。
しかし情は捨てきれなかった。結局はなんだかんだで手を焼いてしまった。
"オラクル"の面々から保護者と呼ばれていたのもそれに起因するだろう。
要はエヴァンジェもまた、ただのお人好しだったということだ。
「それももう私には関係のない話ですけどね。デイヴァも――救われればそれでいいです」
「フッ。流石は保護者、だな」
もうエヴァンジェは喋るのも辛いはずだ。その証拠にエヴァンジェ咳き込むと同時に吐血していた。
「…私は、ここまで、みたいですね。心残りはありますが、概ね満足、しました。先に地獄で、待っていますよ、キニジ・パール」
「あぁ。安心して逝くがいい」
そうしてエヴァンジェは、ジャック・バウチャーはその生涯を終えた。
残されたのは右腕を失い、もう戦えないであろうキニジのみ。
だが自分もダメなようだ。
死んだとあってはマリーに何と言われるか怖いが…それも仕方ないだろう。
(まぁ…これも、いいさ)
――――――。
「…マキナさん。貴女、もしかしなくても道を間違えましたわよね」
「うっさい!あたしは他の面子のことが気になって来ただけだって!」
「最初はここから出ようとしてたよね、マキナちゃん」
「ちゃん付け!?あたしよりも低いくせに…」
「多分メディアお姉さまは貴女より歳上ですわよ?」
「…20よ。アンタはどうなのよ」
「わたくしは21。お姉さまは22ですわ」
「えへへ、わたしが一番お姉ちゃんだね」
「そんな馬鹿な…」
…姦しい。ゆっくり逝くことさえできないのだろうか。
「なにこのボロボロの部屋。あっキニジ!え…ちょ、ちょっと、右腕が…すぐに治療するわ!それまで耐えるのよ!」
すぐに気付いたマキナが、キニジに治癒魔術を施す。
「エヴァンジェさん…満足そうな顔をしていらっしゃいますわ」
確かこの姉妹は"オラクル"の人間だったはずだ。マキナと行動しているということは、投降したのだろうか。
だがこの場にいないギュンターとウェンが気になる。マキナの様子からして、無事ではあるようだが…。
「傷口の縫合は完了したわ。とりあえず救護が来るまでそこで待ってなさい」
「そうか…礼を言う」
無様にも生き残ってしまった。マリーを悲しませなくて済んだのなら、それはそれでいい。
「まだ奥にも人がいるだろうし、さっさとすす」
マキナの言葉は突如発生した、揺れに遮られた。
「これは――!」




