その先を掴むために
魔族は胸に刺さった大剣を誇示するように大きく絶叫した。
耳が切り裂かれそうな声だが、剣を止めるわけにはいかない。
「もう、私の知るお姉さまではありませんのね…」
魔族に斬りかかりながらそう小さく呟いたリディアの目は悲壮に染まっている。
メディアも言葉こそ発しないが、魔術を使うペースが遅い。
気丈に振る舞ってはいたが本音は戦いたくないのだろう。
当のギュンターだが。
先程のリディアと打ち合った際に魔力は全て使ってしまった。
こうなることは予想できていなかったとはいえ、もう少し後先考えて行動すべきだったと反省する。
幸いにも、魔族化して時間が経過していないため刃は通りやすい。
とりあえず狙うはその腕。魔族は人間ベースだからか、基本的に脅威となり得るのは腕だ。
実際に魔族も、腕だった場所が刃と化している。
また背中ならは翼のようなものすら生えている。恐らくは彼女が"レイヴン"だった頃の象徴、ということだろうか。
それで飛ばれたらやってられないが、あの図体で飛ぶことはないだろう。
「とりあえず腕だ!腕を狙うぞッ!」
「了解です」
「任せなさい!」
ウェンは昔からの付き合い、マキナはここ数ヶ月一緒に戦っているためこの2人の動きはわかる。
問題はメディアとリディアだが、馬鹿みたいに突っ込むことはしないだろう。危険になったら自分がフォローすればいい、 一時的に仲間になっただけとはいえ見捨てることだけはしない。
「…で、ギュンターは結局どうするんですか?」
そんなの決まっている。
「残念なことに、俺は真正面から叩くことしか能がなくてな。いつだって俺は…全力で…あぁそうだな、行かせてもらうぜッ!」
少々ナーバスになってはいたが、何時までも凹んでいる場合ではない。
自分にできることを、全力で尽くす。
それがギュンターの戦士としての誇りだと信じている。
「だああああッ!」
魔族の左足に近寄り、足を斬り上げる。
だが浅い。大した傷にもなっていない。
「――!」
腕を振り上げ、ギュンターを狙う魔族。
その腕にマキナの魔術が炸裂する。
「無視すんなっての!敵はそこの脳筋だけじゃないわ!」
「僕ら魔術師を甘く見て貰っては困りますよ。…"ディザスター・レイン"!」
"ディザスター・ブレード"を小型化した剣が魔族に降り注ぐ。
堪らずと魔族は虫を払うように手を振り回す。
それもまた脅威ではあるのだが。
「あっぶねぇな!不規則にぶん回すから読みきれねぇだろうが!」
直撃すればただではすまない腕が闇雲に振り回されているのだ。多少の文句も許されなければならない。
「それくらい無傷で切り抜けてください」
そんなのどこ吹く風と涼しい顔をするウェン。
冗談ではない。少しは前に出て殴る人間のことを気遣って欲しいものだ。
「じゃあ支援のひとつくらいしてみろよこの野郎…」
この口喧嘩も信頼の裏返しというものだ。何も本気でやってはいない。
「わ、わかりました」
「え?」
ギュンターの支援しろ、に反応したのは意外な人物だった。
メディアはギュンターとリディアの側に駆け寄ると、その肩を掴み詠唱を始めた。
「…風の如く駆け、跳ぶ力の加護を!"クロック・バースト"!」
するとギュンターとリディアが光が包む。心なしか体が軽い。
「わ、私はこういうのが得意だから、だから…!」
言わんとしていることは理解できた
。彼女も自分なりにできることをしようということだろう。その気持ちだけで十分だ
「なるほどね。道理で彼女が"ケミスト"だったわけね。支援魔術が得意なら"タスク"より"ケミスト"のが向いてるし」
正直こっちは何を言っているかわからない。だが助かった。今は理由よりも結果の方が重要だ、速く動けるのならそれを生かすのみ。
「リディア!合わせられるか!?」
「構いませんわ。貴方こそ、遅れないでくださいな」
上等だ。
メディアのお陰で全体的に動きは速くなっている。今なら魔族が闇雲に腕を振り回しても避けきれるだろう。
「せいッ!」
先程斬り込んだ左足の傷にもう1度斬りつける。
できた傷に大剣を捩じ込み、内側から破るように大剣を斬り上げた。
「――――!?」
堪らずと魔族は左足を上げ、ギュンターのいた位置を腕で凪ぎ払う。
普段ならそれを受けて注意を引き、他に任せるが今回はあえて躱す。
そして躱した上でその腕の真上に跳び、腕に大剣を突き立てる。
「ァァァァアアアアッ!」
これは確実に苦悶の叫びだ。間違いなく効いている。それだけで戦う糧となる。
「今だリディアッ!」
隙は作った。ここで止めを刺すべきは自分ではなくこの姉妹だ。
「わかっていますわッ!」
跳び上がり、さらにギュンターの背中を踏み台にして魔族の顔に肉薄する。
「カルディアお姉さま、お覚悟を…!」
魔力が込められ光を纏ったレイピアを握り締め、魔族の顔に突きを放つ。
「――――ッ!」
「え――きゃあっ!」
それを意に介せずと魔族は右腕でリディアを殴り付ける。
偶然か、人だったころ記憶からか、刃ではなく拳だったのが救いだろう。
命に別状はないだろうが魔族の力で殴られたのだ、無傷ではない。
「大丈夫ですか!?マキナさん!」
「わかってる!"アスクレピオス"!」
マキナの杖が輝き、応急処置ではあるがリディアの体から痛みが引いていく。
リディアが無事で安心はしたが、状況は辛くなるばかりだ。
すぐ立ち上がるだろうが、リディアとマキナは動けない。今はギュンター、ウェン、メディアの3人で対処している。
「メディア!もう1度アレを頼むッ!」
気がつけばあの支援魔術の効果は切れている。再び使われたのなら1人でも食い下がれるはずだ。
「で、でもアレは体への負担が…!」
「構うかッ!目下の危険に囚われてその先を喪うよりはマシだッ!」
やはり、と言うべきか。"クロック・バースト"は危険性はあったようだ。
治癒魔術もそうだが、身体に直接働きかける魔術はそれなりの代価があるということだろう。
だが今はそれを気にかける場合ではない。死ななければ後はどうとでもなる。
「…わかりました。…加護を!"クロック・バースト"ッ!」
先程と同様に体が軽くなる感覚と、全身に痛みが走るのがわかる。身体が負荷に耐えきれないということだろう。
だがここで弱音は吐かない。こんなもの、気合いでどうとでもなるからだ。
「よし、じゃあ…終わらせてやるよッ!」
体の節々が痛む、だがそれは覚悟の上。狙うは左腕だ。とりあえずこの腕を斬り落とす。それである程度は楽になるだろう。
「――!」
魔族の右腕がゆっくりと上がっていく。今ならそれがはっきりとわかる。
「遅いんだよッ!」
それを僅かに体制を反らすことで躱し、すれ違いざまに一撃を叩き込む。
だがそれだけでは終わらせない。
「こいつも…持っていけぇ!」
ついさっき作った傷痕にもう一度大剣を捩じ込む。
「うおおおおおおおッ!」
間違いなく腕を貫いた感覚が伝わる。とはいえ自分だけでは切り落とせない。ならば…
「今だやれッ!」
「もう準備はできてますよ…!"ディザスター・ブレード"ッ!」
「了解しました…"アウロラ・ブレード"!」
禍々しい光を纏った剣と極光を放つ剣が魔族の左腕を捉える。
メディアが"アウロラ・ブレード"を使えるのには驚いたが、今はそれどころではない。
そしてそれは――ギュンターの見間違いでなければ、魔族の左腕を斬り飛ばしていた。
「よし!」
まだ倒せてはいないが、多少安堵はできる。
「ァア――――!」
腕を斬り飛ばされた怒りだろう、耳を覆いたくなるほどの絶叫を上げる。
同時にギュンターの強化も切れた。だが問題はない。左腕は半分ほどの長さになり驚異とは呼べないだろう。
左側から攻めればかなりやりやすくなるはずだ。
だが、そう甘くはいかない。
「ァァァ――!」
今までの動きが嘘だったかのように魔族は俊敏な動きを見せた。
狙いは――マキナとリディアだ。
今のギュンターの位置では間に合わない。このままではマキナとリディアが八つ裂きにされてしまいかねない。
「う、そ…」
迫る刃に絶望するマキナの顔が見えた。
そしてその顔は――驚きへと変貌した。
「――――"ディザスター・ブレイヴ"…ッ!」
「ウェン…アンタ!」
ウェンが両手に剣の形をした魔力を持ち、魔族の刃を受け止めていた。
確か継承戦争の際にウェンが行使したという魔術だ。ギュンターは見たことなかったが、この後ウェンは倒れたという話だ。
「ば、ばっかじゃないの!?それを使ったらアンタ倒れるじゃない!」
「そんなこと知ってますよ…!ですけどね、さっきギュンターも言ったでしょう?目先の危険に囚われて、その先を喪ったら意味がないと。全員で生きて帰るんですッ!ここにいる全員でッ!」
ウェンはそう言うと魔族の刃を弾く。予想外のことに驚いたのか、魔族は後ろに跳び距離をとった。
確か"ディザスター・ブレイヴ"は魔力を流して身体を無理矢理強化させるという魔術だったはずだ。
つまりウェンの体にも相当の負担がかかっている。
だかそんなのは関係ないと、ウェンはギュンターの隣に立つ。
「まさか、ギュンターととも剣を掲げる日が来るとは思いもしませんでしたよ」
「確かにな。ま、立ち位置が2人とも前に来ただけだ」
剣の道を行くギュンターと魔術の道を行くウェンでは本来ありえないことだ。
だからこそ、だ。ありえないからこそ妙にしっくりくる。
「ま、最後はお前たちで決めてくれ」
「わたしたちで…?」
「はい。あくまで僕らはそのサポート。…マキナさん」
「わかってるわよ。裏方に徹するわ。自分の因縁には自分で決着をつけたいだろうしね」
しばらく横になっていたリディアも起き上がる。
「…そういうことなら、わたくしもいつまでも寝ているわけにはいきませんわね」
「リディア…大丈夫なの?」
無理はして欲しくないのだろう。
「大丈夫ですわお姉さま。露払いは任せましたわ。カルディアお姉さま…お覚悟を」
まだどこか痛むはずだ。それでも立ち上がる。
この姉妹は思った以上に強かだ。だが肉親を斬るという事実はきっと悩むこともあるだろう。
それを支えてやるのもまた、ギュンターたちの役割だ。
「じゃあさっくり決めるぜ。ウェン、合わせろよッ!」
「わかってますよ!」
ウェンと同時に駆け出す。
「――ッ!」
魔族は右腕を、今度こそ刃を向けて振り降ろす。
狙いはギュンターだ、だがそれはこちらの読み通り。
「ぜぇああああッ!」
魔力はもうない。全身の筋肉のみで魔族の刃を弾く。
「貰った!」
身体能力が強化されたからか、普段のウェンならまずできないであろう動きで魔族との距離を詰めていく。
そしてその両手に持った魔力を右腕の肘に叩きつける。
「マキナさん!」
「わかってる!"アウロラ・ブレード"!」
同時に魔力の塊の剣に斬られたからか、肘から先の右腕は切断された。
「ァァアアッ!」
魔族はまだ肘から先が残っている左腕をウェンに振りかざすが
「極光とともに天の理を示せ!"アウロラ・ストリーム"!」
メディアが唱えた極光を放つ魔力の奔流に左肩こど消し飛ばされる。
ウェン、マキナ、メディアの魔術師3人はここで一気に決める気だろう。魔力の出し惜しみはなしということだ。
裏を返せば、ここで決めきれなければ倒せない。
「リディアッ!」
「わかってます!」
このチャンスを逃したら次はない。
「また失礼しますわ!」
再びギュンターの背中を踏み台に魔族の胸の高さまで跳ぶ。
「魔力を限界まで…!これで――終わりですわッ!」
涙とともに放った一撃は、カルディアの体を刺さった大剣ごと吹き飛ばした。
「――アリ…ガ…ト…ウ」
◆◆◆
光となって消えたカルディアを見送ると、ギュンターとウェンは2人して倒れこんだ。
「はぁー疲れた。流石に負荷がヤバイわ」
「全くですよ。しかしまぁ立てないとは…」
「情けない…」
マキナが呆れる気持ちもわかるが、ギュンターもウェンも限界などとうに越えている。
それはここにいる全員そうであるが。
「えっと…その…ありがとうございました」
「わたくしからも礼を。…姉を、苦しみから解放して頂いてくださり、誠にありがとうございました」
「あー気にすんな。それと堅苦しくならなくてもいいぜ。もう肩を並べて戦った"仲間"なんだからよ。…ま、しばらくギルドに囚われていると思うけど秩序の守護者様がなんとかしてくれるだろ。な、マキナ」
まだメディアとリディアはギルドの人間を殺していない。だったらまだそこまで罪に問われることはないだろう。
「…2人の聴取とかはあたしが担当するように上に打診するわ。しばらくはここを出る用事もないし」
そういうことなら安心だ。
「では、罪人は大人しく捕まるとしましょう。…そうですわ、その前に」
思い出した、とでも言うべきかリディアはギュンターのことをいきなり睨み付けると
「私が貴方のことを踏み台にした時、見ていらっしゃいましたよね…下着」
何を言っているか理解するのに数秒を要した。
「…は?」
確かに見えなくもなさそうだったが、自分は見てない。絶対に絶対だ。
それを主張する前に別の声がそれを続ける。
「うわぁ…。ギュンターって前から思ってたけどうわぁ…」
「最低です…」
「…流石に見損ないましたよギュンター」
それは誤解だと弁解する前に、メディアとリディアはマキナに連れられ行ってしまった。
残ったのは動けずに寝転がっている男2人のみ。
本当はシルヴィアたちの援護に行きたいが、これでは無理だ。
「違うんだ…誤解なんだって…」
その言葉は誰の耳に入ることもなく、薄らいでいった。




