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彼と魔族とお嬢様  作者: 秋雨サメアキ
第5章 彼と彼女の物語
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狂人の剣、貫いて

ギュンターの大剣とリディアのレイピアが火花を散らす。



頬にできた切り傷から流れた血を舐め、リディアに賛辞を贈る。


「流石。ここまでのレイピアの名手はなかなかいたもんじゃねぇ」

「お褒めにあずかり光栄ですわ。そういう貴方も、中々の腕前で」


同じ剣の道に殉ずる者として、どこか理解しあえるところがあるのかもしれない。





一進一退の攻防が何分間と続いていた。


「ギュンター!左に避けてください!」

「あいよ!」


丁度ギュンターに斬りかかんとしていたカルディア目掛け"ディザスター・ブレード"を振り降ろす。


「ちっ…!」


カルディアはそれを避けるが、その先には既にマキナが待ち構えていた。


「捉えたッ!…"ヒート・ウェーブ"!」


点で狙ってもメディアに防がれるだけだ。ならば一面を凪ぎ払えばいいと熱波を放つ。




「くっ…!」


避けきれず、熱波をまともに食らったカルディアは壁まで吹き飛ばされそのまま地に倒れる。死んではいないはずだ。

そもそも殺すつもりはない。




「お姉さま!」


堪らずといった風に、リディアはカルディアの方を向く。

狙い通りだ。


「貰った――!」


ギュンター個人の考えではこれほどのレイピアの名手をここで殺すのは忍びない。

俗っぽいことを言えば、ギュンターだって男だ。美人は斬りたくない。


だから狙うはそのレイピア。

カルディアは戦闘不能。ここでリディアの武器も奪ってしまえば、残るはメディアだけだ。

メディアが優秀な魔術師であろうと、それと同等以上の魔術師がこちらには2人いる。

不利をわからぬ相手ではあるまい。投降してくれるはずだ。




「甘いですわッ!」


レイピアを狙った一閃は、リディアに読まれていた。

受けきるのではなく、受け流す。

まともに打ち合えばレイピアが折れるのは明白だ。だからこそ受け流している、言葉にするのは容易いが実際にするとなると難しいものだ。



「そう簡単にいかないってことか」


そうでなくては面白くない。

ウェンとマキナには悪いが、ギュンターは面白くって仕方がない。



――だが。


「悪いが時間はかけらんねぇ。次で決めてやるよ!リディア・ロンバルディア!」


まだこの戦いは終わっていない。

まだギュンターたちには倒すべき敵がいる。時間をかけている場合ではない。


ウェンとマキナの魔力も有限だ。まだ魔術を不自由なく使えているが、それもいつまでかわからない。




「そうですか。ならば此方もこの一撃に、全力を出させていただきますわ」


リディアのレイピアが魔力を帯びていくのがわかる。

文字通り、全力の一撃ということだろう。

それに応えるのが戦士の礼だ。


「悪いが俺はそこまで魔力がないんでな。派手なことはできねぇが…負けるつもりはないッ!」


今まで出し渋っていた魔力を剣に込める。だがそれでは剣が負荷に耐えきれないだろう。





ならばどうするか。


「いきますわよ。お覚悟はよろしくて?」

「ハッ…!上等だッ!」


ギュンターとリディアはともに同時に足を踏み出した。


(そうだッ!これを待っていたッ!)


大剣に溜め込めない余剰魔力を噴出、圧倒的な加速を得てリディアに肉薄する。


当たり前だが、大剣に振り回されてもおかしくない。

だが愚直に鍛え続けた――自分の手の内をわかりきった上でそれで何ができるかを模索し続けたギュンターに、それを制御できないわけがない。


非才ならば非才なりの、周りが才能の塊だらけだったギュンターだからこそ見つけた答え。


それがこの一閃だ。自分の力を出しきったこの一撃は、何人たりとも防ぎきれはしないッ!







その一閃の結末は、打ち上がったレイピアが物語っていた。


「なっ…!」


驚きの声を漏らすリディア。

だがそれでもレイピアが折れなかったのはひとえに彼女の力量だろう。



打ち上がったレイピアを掴む。


「俺の勝ちだ、リディア・ロンバルディア」


互いに背を向けた状態で互いの顔は見えない。

だが両者がどのような顔をしているか、それは2人には理解し得たのだ。


「ええ。わたくしの敗北ですわ。レイピアが無くては戦えませんし。憑依術式リチュアが使えれば話は違うのでしょうけど」


観念したように、両手を挙げるリディア。カルディアは既にウェンが制圧している。





「アンタも投降しなさいメディア。そもそもやる気なかったでしょうに」

「わ、わたしは」

「メディア、あたしたちは負けたんだ」


カルディアに諭されたのもあるのだろう、メディアは大人しく武器を手放しマキナに近寄る。

これで終わりだ。この3姉妹のことはウェンとマキナに任せ、自分はシルヴィアたちの援護に向かおう。







「いえいエ、まだ、負けテはいマせんよォ!?」

「誰だ…くっ!」


ウェンがいたところを大振りの、それこそギュンターのより巨大な剣が凪ぎ払った。


「くクク、避けマしたかァ」

「マルコ・ザナルディ!?なぜここに…!」


カルディアの呼んだ名にウェンとマキナが反応した。


「マルコ・ザナルディ!?もしや」

「"代償ペナルティ"を作り出し、そしてギルドに責任を負わされ姿を消したっていう…!」


ギュンターは魔術そっちの話しは疎いため知らなかったが、エリーの時が止まった原因の原因となれば話はわかる。




「だから何をしにきたと言っているッ!」

「いやいヤ、ちょっとお手伝いをねェ」


確かにマルコは武器を持ってはいるが、普段から大剣を振るっているギュンターやキニジでさえ扱うのに少々手こずるようなものを、痩せこけた男が扱えるはずがない。



「何を馬鹿なことを…。あたしたちは負けた、大人しくあんたも下がれ」


マルコに背を向け、ギュンターたちへ歩みを進めるカルディア。






マルコはそれを見て狂ったように笑い


「わざわざ背中を差し出すとは殊勝な羊でスねェ!」


そのカルディアを大剣で背中から貫いた。



「お姉さま!」

「お姉ちゃん!」


リディアとメディアが同時に叫ぶ。


「マルコ…貴様…ッ!」

「戦うのは私ではアりまセんよォ!この剣は、禁術を分析し応用した『貫いたものを強制的に魔物化させる剣』ィ!ククク、私からノちょっトしたプレゼントォ!気に入りマしたかなァ!」


人の魔物化、つまりは魔族化だ。

それを禁術なしで任意で可能など、そんなものがあれば…それは…。




「強制的に魔物化!?そんなことが…!」

「落ち着いてウェン!そんな馬鹿げた話…」


動揺するウェンとあり得ないと否定したマキナの声を遮ったのは、カルディアの絶叫だった。



「――――――ッ!メ…ディア、リディ…ア、逃げ」


カルディアの体がみるみる変化していく。

これは間違いなく魔族化そのものだ。


(魔族化は本人の精神力、ぶっちゃければ根性論でなんとかなるはずじゃねぇのかよ…!)


カルディアの精神力が弱いとは思えない。となればこれは本当に『強制的に魔物化させる剣』ということなのだろうか。




「アヒャハハハハ!愉快でスねェ!散々私を見くびってきたカラこうなるンですよォ!」


高笑いするマルコを見て、自然と体が動く。



「ギャハハハハハ!傑作とはこのことアヒャ」

「黙れよ、腐れ外道がッ!」


気がつけば、マルコの体を両断していた。


この男だけは許せなかった。命を弄び、その上侮辱する外道は絶対に、この手でぶち殺すッ!


敵とはいえ人命は等しくあるものだ。それをこの男は――!





「落ち着いてください!ギュンター!もう死んでいますッ!」


ウェンの声で、我を取り戻す。

気がつけばマルコの体を斬り刻んでいた。


――これではどちらが外道かわかったものではない。





「…すまねぇ。どうかしてた」


とりあえず気持ちを落ち着かせる。

人命と同じように、人としての尊厳も守られるべきものだ。

マルコに尊厳など認めたくないが、カルディアは別だ。



「――――――ッ!」


最早カルディアは人としての面影は消え失せ、ただの魔族と化してしまった。

だからこそ、倒さねばならない。

魔族化して妹たちを襲うなどカルディアの本望ではないだろう。




「嘘でしょ…お姉ちゃん…」


だがメディアは覚束無い足取りで魔族カルディア近づいていく。


「――ッ!」

「クソッ!危ねぇ!」


腕が刃となったカルディアの一撃から、なんとかメディアを助ける。


「えっ…」

「次、助けられる保証はねぇ。もう、お前の知ってる姉じゃないんだ…」

「…はい」


これ以上マルコのせいで人が死ぬのは見たくない。

それがオラクルであってもだ。






「あぁもう!ウェン、やるわよ!」

「わかってますよマキナさん!」


ウェンとマルコはあくまで戦うつもりだ。もちろんギュンターもその気だが、ひとつやることがある。



まずはリディアに先程奪ったレイピアを投げて返す。


「なんのおつもりですか?」

「俺たちはこれからあの"魔族"を討つ。ここから去るか、一緒に戦うかはお前たちの自由だ。どっちにしてもレイピアは返すさ」


姉を殺すのは苦しいだろう。だから強制はしない。できれば逃げてほしい。






だがこの姉妹は

「リディアちゃん。私…戦うよ」

「メディアお姉さま!…そうですわね。"姉"の不始末は"妹"がします。わたくしたちも戦いますわ」


戦うと言った。並々ならぬ覚悟の上の選択だろう。肉親を殺すのだ。

その覚悟に、選択に、心からの賛辞を贈りたかった。




「…そうか。じゃあ一時休戦だな。…魔族を倒すぞッ!」


必ず、全員生きて帰してみせる。

その覚悟とともに、ギュンターは手足に力を込めた。

少し本文に修正です。

シルヴィアが視点になったときの一人称を、他のキャラと同様に三人称に変更しました。


ただ2章の最後の方の死神、4章の崩壊への前奏曲、幾星霜を越えて、はエリーもしくはデイヴァ視点のままです。

後は閑話などの本筋とは関係のない話もそのままです。

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