戦える歓びを
金属音と爆発音を背中で聞きながら、ただひたすらに急ぐ。
道中、剣についた血なのか、血痕がぽつぽつと存在していた。そのお陰でエヴァンジェたちの追跡がしやすい。
エヴァンジェとテラの狙いは間違いなくギルドマスターの命だ。
彼らの野望を成就させてはいけない、何としてでも食い止める必要がある。
唐突にキニジは口を開いた。
「2人とも。頼みがある」
「エヴァンジェと1対1で戦わせてくれ、ですよね?」
わかっていたことだ。エヴァンジェというキニジの最大の敵に、邪魔者などという存在はいてほしくないだろう。
それはエリーでいうデイヴァであるし、それなりに理解はしている。
自分がそうであるのだ、師匠のキニジがそうでないはずがない。
「あぁ、ありがとう。エリー、お前も…決着をつけてこい。自分自身にな」
もちろん、そのつもりだ。
走ること1、2分。前方に見えた人影にエリーたちは足を止めた。
「エヴァンジェ…!」
「遅かったですね…。目的なら既に果たしましたよ、私がね」
エヴァンジェの足下に人が倒れている。
「ギルドマスター…!?」
「えぇ。既に我々の目的は果たしました。後は…」
ギルドマスターを蹴り飛ばし、血塗られている騎士剣を鞘から抜く。
「キニジ・パールとの決着だけだ」
「そうか…。エリー、シルヴィア。お前たちは先に行け。まだテラがいるはずだ」
「…わかりました。シルヴィア、行こう」
心配はある。だがキニジなら勝てると信じるしかない。
シルヴィアと共に再び仲間に背を向け走り出した。
◆◆◆
「……さて。これて邪魔は入りませんね」
「ギルドマスターが殺された時点でこちらの負けも同じだ。それでも戦うか?」
"オラクル"の目的はギルドと魔術研究所への復讐。
その片方のいずれかが達せられたならば、それはもうギルドの敗北と言っていい。
とはいえこのまま"オラクル"を逃がすことはしない。
キニジ自身はギルドによって作られる秩序などあまり興味はない。だが、それでも"オラクル"のやったことは戦争だ。
「つれないこと言わないでくださいよ。我々がやったことは言わば"悪"。罪があるのなら罰を与えられるべき存在です。そしてあなた方は"悪"の対照たる"正義"。ならばその"悪"に鉄槌を下すべきでしょう」
口ではエヴァンジェはこう言っているが本心では違うのだろう。
でなければ――こうも笑っていられるはずがない。
「随分とわかりやすい建前だなエヴァンジェ。結局のところ貴様は――俺と戦いたいだけだろう?」
そうだ、このエヴァンジェの笑みは歓びだ。"戦える歓び"、それをわからないほど自分は鈍ってなどいない。
エヴァンジェは"オラクル"である以前に、ただの戦士なのだ。
生き死にと同じだ。それは他人に決められることなどない、戦士に刻まれた本能。
強敵と剣を交えること。
エヴァンジェは今、自分の前にひとりの戦士として立っている。
それ以上でも、それ以下でもない。
「わかっちゃいますか。これは私闘です。"オラクル"の人間でもない、悪を背負った人間が、キニジ・パールという巨峰に挑むッ!それだけのことッ!」
「それでこそ、貴様らしいッ!…こうして本気で戦うのは最初で最期だな、エヴァンジェ」
第7研究室の頃からエヴァンジェと戦うことはあった。
だがそれはあくまで訓練のようなもので、本気で戦うことはなかった。
数ヶ月前にも戦ったが、あれはお互いに本気で戦ったとはいえないだろう。
だからこれが――正真正銘本気の殺し合い。
キニジ・パールという人間が、友として、強敵として、心の底から剣を交えたいと切望していた、死闘だ。
「来るがいい、キニジ・パール。私を、"秩序"と"正義"を以て斬り伏せてみせろッ!」
「少し違うなエヴァンジェ。ギルドなど関係ない、ひとりの戦士として貴様を倒すッ!」
覚悟はとうの昔にしてある。
後は剣を振りかざすだけのこと。
「今この瞬間は――ッ!」
「――力こそが全てだッ!!」
◆◆◆
「あのときの娘とエリー・バウチャーか。…エヴァンジェとキニジは既に戦っているのだろう?ならば我らも戦うだけだ」
足を進めた先には魔族化した男、テラがいた。
手の一部が刃のように変化いるその様は、『身剣一体』という言葉が相応しい。
「深い事情は問わないわ。私たちはあなたここでを倒す。この戦争で倒れた同志のためにもね」
「そうしてくれると助かる。所詮俺は成就させるべき願いはないからな」
だとすればこのテラという男は何のために戦っているのだろうか。ギルドへの復讐が目的ではないのなら、何が彼を掻き立てるのか。
「どういうこと…?」
「聞きたいか、エリー。俺にはただ――通すべき情があっただけだ。保身より大事な、友という情がな」
この男はいずれ滅ぶ道だろうとも、それを行く覚悟を備えていた。
それだけの情がある人間を、ただの倒すべき敵とは認識できない。
尊敬し、それでも乗り越える壁。
だから倒す。故に倒す。
テラが友情をとったように、自分もまた仲間たちへの想いをとる
ギルドのためではない。大好きな仲間たちと、またこの町で笑えるように。
――答えなど、最初から決まっているのだ。
「悪いですけど…ここで死ぬわけにはいかない。自分と決着が残ってる。だから倒します、あなたを」
「ええ、あなたには――ここで果ててもらうわ」
隣にシルヴィアがいる。それだけで心強い。
この武人ともいえる『人間』を、打ち倒す。
覚悟を携え、剣を抜く。
「――行きます」
「…フッ、その気迫、変わらんな。――こい、若者よ!このテラを乗り越え、新たなる時代の風を吹かせてみろッ!」
エリーとシルヴィア、それに相対したテラはお互いに向かって大きく一歩を踏み出した。




