再起
それまでの魔物討伐が功を奏したのか、道中は魔物に絡まれることなく無事に町まで到着した。
町へ入ったときに周囲の人間は驚いたのか目を見開き、さらにその中の数人はタオルも貰ってしまった。
そのことを感謝しつつも自体は一刻を争う。1秒でも遅れたらエリーが死んでしまうのではないか、そんな恐怖に駆られ町中を駆け抜ける。
今シルヴィアたちが滞在している町――このフィレンツェという町の一角にとある医者が自身の治療所を構えている。
名をメディチといい、シルヴィアたちも世話になっている人物だ。
彼の腕なら信用できる。きっとエリーを救ってくれる。
そう信じ、メディチの治療所の扉をやや乱暴に叩いた。
数秒後にはそこで働いている女性が扉を開け、中へ通される。
女性はエリーを見ると顔を青ざめさせ、すぐにでも治療が必要だと慌てた様子で説明してくれた。
メディチのいる診察室に通されると、50代の眼鏡をかけた男性が既に準備を始めていた。
彼がこの治療所の医師を勤めている、ケディモ・デ・メディチだ。
「シルヴィア嬢、話は聞いています」
メディチはエリーの状態を聞いても動揺せずに冷静に対応している。流石は医師というところか。
彼を見てシルヴィアも少しだけ冷静さを取り戻す。
「メディチさん、いくらでも払うわ!だからエリーを助けて…!」
「わかっています。それに貴方のお父様には借りがある。その子女の頼みとあらば、今回は特別にタダにしておきましょう」
「で、でも。それに私はお父様の力を借りるつもりでは」
シルヴィアの顔が暗くなる。その手段だけは使いたくなかった。自分の力でエリーを救いたかったというのに。
「ではこうしましょう」
メディチは人差し指を立て、ひとつ提案をした。
「私の単なる気分で治療を施した、ということにしましょう。失礼しましたシルヴィア嬢。この治療は…えぇ、普段貴方たちにお世話になっている礼です」
頬を熱いものが伝わった。メディチの人柄とその高貴な行動に、胸打たれるものがあった。
「――ありがとう、メディチさん。この礼は…必ずします」
「貴方たちはこれからも私たちを贔屓してくれれば、それで十分です。それに――困っているレディに手を差しのべるのが紳士の役目ですからね」
最後に満面の笑みで微笑む紳士メディチ。しわが目立とうとも、眼鏡の奥に秘めた情熱は変わらないのだろう。
「本当に、何度礼をしても足りないくらい…。彼をお願いします、メディチさん」
何度も頭を下げ、メディチにエリーを託す。彼ならエリーを救ってくれる。
後は祈るだけだ。
◆◆◆
治療が始まり数十分が経ったころだろうか、ギュンターとウェンもここにやってきた。
「あー疲れたぜ。中々逃がしてくれねぇの」
「あれだけ魔術を撃ち込んでも倒せないのは始めてです。少し対策を練らないと」
余裕な態度をとってはいるが、隠しきれないほど消耗している。
2人とも大した怪我なく無事に帰ってきたのを心の底から安心する。
普段口にこそしないが、彼らもまたシルヴィアにとっては大事な親友たちだ。死ぬのはもちろん、傷ついてもほしくない。
「それでエリーはどうだ?」
「治療中よ、メディチさんになら任せられるわ。大丈夫、きっとエリーは目覚めてくれる」
後半の言葉は自分に言い聞かせたものだ。きっと大丈夫だとわかっているが、恐怖が不安を駆り立てる。
「今は無事終わるのを待つだけです。恐らく"薬草"による治療だと思います。あの怪我でもまだ間に合うはず、待ちましょう」
ウェンの言葉に無言で頷く。
今は待つことしかシルヴィアたちにはできない。
――"薬草"とは、治癒効果の高い植物の葉を魔物化させた物のことだ。魔物化させたとはいえ、葉であるが故に動けるわけでもない。
だが魔物化されたことでその治癒効果は飛躍的に上昇し、"薬草"を傷口に当てることでその部分の細胞を活性化、緩やかにだが傷を塞いでいく。
人類の敵たる魔物・魔族だが、それをただ倒すだけではなく利用することも必要になっている。
また、その"薬草"の製造はギルドの組織のひとつである魔術研究所が行っている。
今はただ祈るだけだ。エリーが無事であるのならそれでいい。
――そして例の魔族との戦闘から、5日が経過した。
◆◆◆
「ん、ここは…」
目を開くと、見慣れない天井が視界に写る。
魔族との戦いで自爆紛いの攻撃を行い、そのまま気を失ったのは覚えている。恐らく、そのあとシルヴィアたちが運んでくれたのだろう。
それに長い、夢を見ていた。
ほとんど内容は覚えていないが、唯一覚えているのは自分がシルヴィアを殺したこと。そんなことありえるはずがないのに、それだけは鮮明に記憶している。
(夢なんだ、気にすることじゃない…)
「エリー起きたの!?」
「シル…ヴィア…さん?」
天井を見ていた目を左に寄せると、そこにはシルヴィアの姿があった。
シルヴィアは瞳から涙を溢しながらエリーに抱きついた。
「よかった…本当によかった…!」
こんなにも心配をさせたいたのかと驚く。シルヴィアたちには自分を囮にして逃げるという選択肢もあったはずだ。
会って日の浅い人間なら、見捨てたことの罪悪感も少ない。人によっては容赦なく見捨てるだろう。
なのにシルヴィアたちはそれをしなかった。
自分の体を見渡せば包帯やら何やら治療された後が見てとれる。
こんな自分にさえ精一杯手を尽くしてくれている。そのことがこの上なく嬉しかった。
軽めにシルヴィアの背中に包帯が巻かれた自分の腕を持っていく。少しだけ、この温もりを感じていたい。
「ありがとう…シルヴィアさん…」
それしか言葉が見つからない。だが何度だって感謝の言葉は綴ることができる。
「いいのよ…エリーが生きててくれれば。あ、そうだエリー」
「んっ…なんですか?」
抱きついたままだったシルヴィアは一端エリーから体を離すと、自分の背中に回っていたエリーの腕を見て嬉しそうに微笑む。
エリーは背中に手を回していたのを知らんぷりするように咳払い。…なんであれバレたことは確かなのだが。
「"シルヴィアさん"はやめて、シルヴィアって呼んでくれると嬉しいわ」
「…いいの?」
なんとなくではあるが、シルヴィアを気軽に呼んではいけないのではと考えていた。
ウェンは例外だが、ギュンターはシルヴィアと呼んでいたためダメではないとは思っていたものの、その一歩が踏み出せずにいた。
「いいも悪いもそう呼ばれたほうが私は嬉しいもの。もちろん、エリーが良ければだけど」
「うぅん、僕こそ嬉しいかな。これからはシルヴィアって呼ぶよ」
「ありがとうエリー」
シルヴィアが自分と対等だと言ってくれたこと、そのお陰で自分は一歩踏み出せた。
思えば彼女にリードされっぱなしだ。少しは自分から行動したい。
「よし、2人にエリーが起きたって伝えてくるわ。私が戻るまでに寝ないでね?」
「大丈夫寝ないよ」
エリーのいる部屋から出ていくシルヴィア。その顔は嬉しさで溢れていた。
数分後、2人を連れてシルヴィアが戻ってきた。
「ようエリー。大事にならなくてなによりだ」
「本当にそうですね。無茶されては困りますよ。少なくとも今ここにいる僕らは何かあったら悲しみますから」
「ありがとう、ギュンター、ウェン」
自分が倒れた後のことは知らないが、彼らも奮闘したはずだ。シルヴィア含め、全員目立った傷がないのは良かったと安心する。
「それでね、エリー。聞きたいことがあるんだけど」
重々しい雰囲気でシルヴィアが口を開いた。何を訪ねたいかはわかっている。
「なんであの時に、僕があんなことをしたか。…だよね?」
「ええ」
それしかないだろう。端から見れば周囲の止まれという声を聞かず勝手に倒れただけだ。理由を気にならないはずかない。
だが、話してもいいのかと一瞬躊躇う。
「…話したくないなら話さなくて構わないわ。無理に聞こうとはしない」
「いや話すよ。そこまで長くないから安心して」
決心はついた。ここまでして貰って話さないのも失礼であり、それに――彼女たちを信用してもいいも思えたからだ。
「11年前、僕は家族とともにこの町――フィレンツェに訪れようとしてたんだ」
父親の弟がエリーたちとその家族をフィレンツェに招いたのが始まりだ。
なんでもギルドの職につき、それを見せたかったらしい。
きっとその父親の弟も、後悔しているだろう。
「だけどあと少しでこの町に到着するってときに、魔族が現れた」
ギルドに護衛を頼まなかったため、道中は細心の注意を払って進んできたはずだ。魔物と魔族の出没状況を見て、安全だとわかると進んでいた。
だがそうではなかった。バウチャー一家の前に現れた魔族はエリーの父親と母親をその場で殺害したのだ。
「あまり覚えてないけど、たぶんその時にお父さんかお母さんのどっちかが必死で僕を逃がしたんだと思う。それでなんとかこの町に辿り着いて…それからある孤児院で保護されたんだ」
町に辿り着いたエリーは宛もなくさ迷っていたところをある孤児院で保護される。
それからは魔族に復讐するため、努力を積み重ねてきた。とある人物に剣の師を頼んだこともあった。身を切る覚悟で代償も払った。
あの状況では勝てないのもわかっていた。だがある程度は食らいつける、そう信じていた。
「やれることは全てやってきた。なのに、この様。…僕じゃダメってことなのかな」
項垂れるエリー。表情は暗く、今にも泣き出しそうだ。
それを聞いていたシルヴィアたちの顔も、決して楽しげなものではない。
「そう、だったのね…。ごめんなさい、辛いこと話させてしまって」
あれほどまでのエリーの豹変ぶりからして、並大抵のことではないとは思っていたが、実際はシルヴィアの想像を遥か上にいくものだった。
「いいんだ。ここまでお世話になって、何も話さないのもどうかと思ったから」
別に治療をしたから話してほしいというわけではないのだろう。
エリーとしても同情を誘ったわけではない。ただ淡々と事実を述べたつもりだ。だが、それでもこのことを話すのは辛いものがある。
流れる沈黙。シルヴィアたちは顔を下げ各々何かを考えているようだ。
そして、まず最初に顔を上げたのはシルヴィアだ。
「よし! エリー。あの魔族、私たちで倒しましょう!」
「シルヴィア…?」
ギュンターとウェンも続く。
「…別に義理立てする必要はねぇんだがな。まぁ、なんだ、話してくれてありがとうなエリー。お陰でやつを倒すやる気がわいてきたわ」
「元々取り逃がしたので倒しにいくつもりでしたけど。なんにせよ、例の魔族は僕らの手で倒します。魔術は魔を倒すためのもの――その真髄、例の魔族に見せてやりますよ」
「ギュンター…ウェン…!」
なんて…暖かい人たちなのだろう。今までの自分の世界がセピア色のようなものだとしたのなら、彼女たちはそれに色彩を与えてくれるような、そんな気がした。
「大丈夫よエリー、今のあなたは1人じゃない。私たちがついてるわ。1人でダメなら4人で倒せばいいのよ。この4人なら勝てるわ、必ずね」
他の人間なら信じられない言葉もシルヴィアたちの言葉なら、シルヴィアの言葉なら信じられる。
彼女たちとなら、倒せるかもしれない。いや…倒せる、絶対にだ。
じゃあ色々と準備するわよ! と部屋から出ようとするシルヴィア。
その時ギュンターが突然言いはなった。
「あ、そうだ。エリーが寝てる間、シルヴィアは暇さえあればずっと横にいたんだぜ」
「そうなの?シルヴィアは優しいね」
確かに起きた時にシルヴィアが横にいた。まさか暇さえあれば側にいてくれたとは思ってもいなかった。
今度シルヴィアが倒れたなら自分が側にいようと心に決める。
…が、シルヴィアは何故かそれにキレた。
「ちょっとギュンター!何言ってるのよ!」
「別に言ってもいいじゃねぇか」
「違うの! 私はエリーに歳上らしく大人の余裕を見せたいのよ!」
「はぁ?お前に大人の余裕も何もあるわけねぇだろ!」
「言ったわねギュンター!」
今にも取っ組み合いを始めそうな2人を怪我人がいるんだから暴れないでくださいと押さえるウェン。
怪我人がいなかったら暴れてもいいのかとつっこみたくなったが、ここは堪える。
それを見て少し笑ってしまった。
「…ありがとう、みんな」
自然とその言葉が溢れた。




