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彼と魔族とお嬢様  作者: 秋雨サメアキ
第5章 彼と彼女の物語
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鮮血の開幕

「"オラクル"は何処から来るかわからない。各員、配置につき警戒せよ」

「了解!」


"オラクル"の襲撃予告時間まであと2時間。

今フィレンツェにいるキニジとマキナを含む秩序の守護者ギルド・ガーディアンは6名。

それの指揮に入ったギルドメンバーは200人。


エリーたちは形式上キニジとマキナの指揮下ということになっている。






「そもそも疑問があるんだけどさ、時間を巻き戻すなんて魔術で出来るのかよ?」


ギュンターの疑問は最もだ。デイヴァの話は疑わないが、実際に時を巻き戻す魔術があると言われても信じられない。


「出来るわ。そもそも魔術は"世界を書き換えるすべ"だし」


それに即答したのはマキナだ。


「不思議に思わない?あたしやウェンが何もないところから氷だの岩だの出現させてるの見てきたでしょ?」

「不思議には思ってたけど…もっと理屈が通ってるものだと思っていたわ」


シルヴィアの言う通り、エリーも魔力で自然に干渉しそれらから岩だの水だのを造り出していると考えていた。


「例えばあたしが魔術で火を出したとする。それは魔力で自然発火させてるわけじゃなくて、"そこに火があった"という事実を作り出すってこと。だから世界の書き換えとも言えるのよ」


それは最早人間が扱っていい代物ではないのだろうか、そうとすら思えるほどだ。

だが魔術が"世界の書き換え"ならばそれの説明はつくかもしれない。




「つまり、"時間の流れが逆になった"という事実を作り出したということです。もちろん、それにはそれ相応の魔力が必要になります。そう考えると魔力というのは、"世界を書き換える力"ですね」


"世界の書き換え"。振り切った話をすれば世界を自分の思い通りにすることすら可能ということだろう。

無論、そんなことが出来るのは人間はもちろんのこと魔族ですら不可能だ。


デイヴァですら時の巻き戻しに数百年を費やしたと言っていた。たったひとつの事象の書き換えにそれだけの魔力が必要ならば、全てを書き換えるだけの魔力など用意できるわけがない。



マキナは今まで真剣な面持ちで話していた表情を解き、


「ま、仮説だけどね」


茶化したように笑った。




「は?仮説?」


間の抜けた声で反応したギュンターにウェンとマキナは揃ってしてやったりといった顔をする。


「当たり前じゃない。そんなぶっ飛んだ説が本当に信じられてるわけじゃないわよ。でも、そう考えたら色々と辻馬が合うのも真実よ」


本気になって真面目に考えていた自分が馬鹿らしくなった。

"オラクル"との決戦前にエリーたちの緊張を和らげてくれたのだろう。そう思いたい。








―――正午。


ギルド本部周辺は静寂に包まれていた。



「時間だ。全員備えろ」


キニジの言葉で、気合いを入れ直す。


これが"エリー・バウチャー"にとって最期の戦いだ。

自分とデイヴァ、どちらかが死ぬにせよ、エリー・バウチャーという人物が死ぬことには変わらない。


もちろん、殺されるわけにはいかない。…あれが自分の末路、もっと言えば亡霊とでも言おう。

デイヴァが過去を、後ろを見続けた果ての自分の姿ならば、自分は前を見続けてやろう。それが手向けだ。



「…来ないな。俺たちの方からは襲撃しないってことか?」

「わかりません。相手が相手です、どんな手を」


その言葉は背後にあるギルド本部で起きた爆発で塗り潰された。



「本部で爆発!?転移魔術ですか…!失念していました、そういえば彼は転移魔術を使えましたね…!」

「魔族の魔力量なら正確な位置に落とすことも可能ってことね。失策だわ、すぐに本部に向かうわよ!」




慌ててギルド本部へと足を急ぐが、同時に背後から魔物のうなり声が響く。



「魔物は俺らに任せて、あんたらは本部に急いでくれ!」

「…了解した。頼んだぞ」


付近にいたギルドメンバーが魔物を引き付け、ギルドから距離を遠ざける。


「あの人たちの奮闘を無駄にはできないわ、行きましょう」

「魔物ごときに遅れをとるような奴らじゃねぇだろ、大丈夫だ」


シルヴィアとギュンターの言う通りだ。ここで立ち止まっては後ろで戦っている人たちの負担が大きくなるだけだ。


「急ごう!」







ギルド本部のエントランスに入ると、血の匂いが鼻を通る。


「な、なにこれ…」

「皆殺し…?いや、ちょっとそこのあなた!」


散乱する斬死体の山に目を背けながらも、カウンターの隅で震えている女性職員の元に駆け寄る。


「大丈夫ですか!?」

「わ、私は大丈夫です…。何もないところから"オラクル"の男2人が表れて、迎撃に向かった人が全員…!」


見渡すとこの職員以外にも、非戦闘員と思わしき人物は生き残っているようだ。

どうやら向かってきた相手だけを倒しているようだ。


「2人でこの数を殺ったとなると間違いなくエヴァンジェとテラだろう。敵ながら流石、というところか。ここで死んだヤツのためにも"オラクル"は倒さなくてはな」


唇を噛みしめ、死体を見つめる。

志半ばで途絶えた命を無下にはしない。彼らの仇討ちも含めて"オラクル"は必ず倒す。




「ちょっと、"オラクル"の2人はどこ行ったの!?」


マキナが職員に聞いたところ、エヴァンジェとテラはさらに奥に進んだようだ。


ギルドの奥にはギルドマスターと重役がいる。ギルドへの復讐が目的なら間違いなくそこへ行くだろう。




「間に合うといいが…!急ぐぞ」


どうにかして最悪の事態だけは避けなければならない。

ここでギルドマスターが殺されれば"オラクル"の復讐は半分達成されてしまう。

まだ魔術研究所へは襲撃していないようだが、それも時間の問題だろう。







エントランスを抜け、少し広めの場所に出ると真横から炎弾がエリーたち目掛け飛んできた。


「なんだッ!?」


すぐさまギュンターとキニジが切り払う。


「あら…防ぎましたわね。流石ですわ」

「で、デイヴァちゃん?なんでそこにいるんですか…?」

「落ち着けメディア。あれは違う、髪の長さだって違うだろうに」


どこか顔が似ている女性3人がそこで待ち伏せていた。



「"オラクル"、カルディア・ロンバルディア。簡単に言えばあんたたちの敵ってことさ。こっちは最初から殺り合う準備はできてる、来な」


カルディアはそう言うと短剣を抜き、臨戦体勢をとる。


「カルディア・ロンバルディア。…鴉が"オラクル"に味方したのか?どういうことだ」

「アタシはもう"レイヴン"の一員じゃない。アタシはアタシの意志でここに立ってギルドに刃を向けている」


元第7研究室"オラクル"職員以外にも、今の"オラクル"に与する者がいるとは聞いていたが、まさかギルドの一員だったとは知らなかった。


「あっ、見たことあるかと思ったらメディアでしょアンタ!"ケミスト"の魔術師が"タスク"と戦う気なんてね」


珍しく好戦的な態度をとるマキナ。研究室でも戦力差がある、ということだろうか。





「いやマキナさん。彼女は僕らと同レベルの魔術師ですよ、油断はできません。…魔術師には魔術師を、仕方ありません。僕はここで彼女たちの足止めをします。シルヴィアさんたちは奥へ」


杖を構えるウェン。その背中はどこか頼もしかった。


ギュンターはそのウェンを見てニヤリと笑い


「1人でカッコつけてんじゃねぇぞウェン。前で殴るヤツがいなくてどうするんだ。シルヴィア、お前らは行け。それぞれの因縁に決着をつけてこい」


ウェンの隣に立ち、大剣を抜く。


「はぁー。わかったわ、あたしも残る。数的不利にさせるわけにはいかないし。…その代わり絶対に生きて帰ってきなさいよ」


マキナもまた残ると決め、エリーたちに背を見せる。





◆◆◆




ギュンターたちを信じ、ギルドの奥へと走っていったエリーたちを見送るとカルディアは少し苛立ったようにギュンターを睨んだ。


「6人で一斉にかかれば間違いなく勝てるのに…馬鹿なのかい?」

自分たちが勝てる可能性ができたというのに、毒づくのが妙に可笑しかった。


「一々全員で対応するほど時間は余ってねぇんだよ。それに数的不利だからって理由付けされたくねぇしな。さて、これで互角イーブンだ。全力でいかせもらうぜ"オラクル"…!」


後ろにはウェンとマキナという頼もしい仲間がいる。背中の心配はない。ならば自分は眼前の敵と刃を交えるのみ。




「随分と勝った気でいらっしゃいますが、甘いですわよ。このリディア・ロンバルディア、貴方たちがお姉さまたちに仇なすというのなら…躊躇いなく、容赦なく、心なく、斬り裂かせていただきますわ」


レイピアを手に前に出たリディアは、ギュンターをそのレイピアで突き刺すように狙いを定めた。


「あ、あまり戦うのは得意じゃないけど…その、覚悟してください」


メディアは弱々しくも意志の通った目でギュンターたちを見据える。





「頼むぜ、2人とも。俺の背中は――お前らに託したッ!」


"オラクル"の3人を相手に、ギュンターたちの戦いが始まろうとしていた。








「…………」



――それを傍観している第三者の存在に気づくことなく。

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